倹約家も浪費家も「老後破算」の恐れあり
サブタイトルからもわかるとおり、『隠れ貧困――中流以上でも破綻する危ない家計』(荻原博子著、朝日新書)において焦点が当てられているのは、「子どもの貧困」でも「ワーキングプア」でもなく(少なくとも現時点においては)"さほど生活に困っているようには見えない人"の貧困問題だ。
「隠れ貧困」とは、一見すると普通の生活ができているのですが、このままだと将来、貧困に陥る可能性のある「貧困予備軍」のことです。高血圧を放置していると重篤な病気にかかる恐れがあるように、隠れ貧困とは、放置していると「下流老人」に転落しかねない危険なお金の生活習慣病なのです。(3ページ「はじめに 老後破産につながる怖いお金の習慣病」より)
つまり悲惨さに焦点を当てたドキュメンタリーなどとは違い、経済ジャーナリストとしての立場から冷静に現実を見据えている点が特徴だといえる。
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貧困には「絶対的貧困」と「相対的貧困」があるのだという。前者は、1日1.25米ドル未満で生活しなくてはならず、食べるのにも事欠く貧しさのこと(世界銀行の定義)。片や「相対的貧困」とは、国民の所得分布の中央値の半分に満たない世帯。つまり、その国の「平均的収入の半分以下の人」だ。
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日本で後者の率が年々上昇していることは知られているが、その一方で注目しておかなければならない問題がある。貧困の広がりとともに、なかなか数字には表れてこない「貧困予備軍」が増えつつあるということだ。
その根拠は、日本の家庭の約3割が貯蓄できない状況にあるという事実。しかもそれは、「収入が少ないから貯金ができない」ということではない。驚くべきことに年収1000万円以上の家庭の7軒に1軒、1200万円以上でさえ1割以上の家庭が貯蓄できていないのである。
その一例として紹介されているのは、中堅銀行の係長をしている42歳男性のケースだ。妻と娘、息子との4人家族で年収は800万円。堅実な暮らしをしているにもかかわらず、子どもの教育費と住宅ローンが足を引っぱり、実際に年間で貯金できる額は、下手するとゼロ、多くてせいぜい50万円程度だという。
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大きな要因はふたつあり、まずひとつ目は、給料の手取り額が減っていること。ふたつ目は、経費削減のため会社で使える経費が年々減っていること。決して浪費家ではなく、バブルも知らず、質素な暮らしが当たり前だと考える世代も、そのような現実に直面しているのだ。
実は、2000年代に入って、家計は毎年のように、増税や社会保険料アップの嵐にさらされ続けています。(中略)年金保険料ひとつ見ても、毎年約1万円ずつ値上がりしていて、この10年で10万円以上値上がりしています。2011年から16歳未満の子どもの扶養控除が廃止になったので、年収800万円の長谷川さんのご家庭の場合、これだけで年間約22万円の負担増になっています。(25〜28ページより)
年金保険料のアップと扶養控除の廃止だけでも、この10年で年間約22万円以上の負担が増えることに。さらに消費税のアップや復興増税まで加えると、年間50万円以上の負担増となる。しかも2016年夏の参議院選の選挙対策で配偶者控除の廃止は先送りになったものの、選挙後に廃止の方向へ進むのは必至。そうなると、さらに10万円の負担増ということになる。
それに加えて会社の経費が削減されるとなると、たしかに負担の大きさは火を見るより明らかである。そんななか、「住宅ローン」「教育費」「老後費用」という3つのお金のハードルを飛び越えていくことが先決だと著者は提言する。
さて、以後もこのように現実的な話が展開されていくのであれば、それはそれで納得もできる。しかし読み進めていくと、問題がそれほど単純ではないこともわかってくる。ここから先の記述においては、「隠れ貧困」にこびりついている面倒な問題が明らかにされているからである。
印南敦史(書評家、ライター)