人肉事件も誘発…金正恩式「イベント政治」の大問題
北朝鮮のガールズグループ「「牡丹峰(モランボン)楽団」と朝鮮人民軍の「功勲国家合唱団」が、中国・北京での公演を「ドタキャン帰国」してから一夜。その理由については、諸説入り乱れている。
「金正恩氏の水爆保有発言が問題になった」「中国が公演を観覧する要人の『格』を引き下げた」「訪中団にいた正恩氏の元恋人に関する報道が北朝鮮を刺激した」……。
どれもありそうな話だが、ここでひとつ言えるのは、「イベント」に頼る金正恩氏の政治手法が大きな問題点を露呈したということだ。
今回、両楽団は中国共産党対外連絡部の招請で訪中したが、対中関係改善に賭ける金正恩氏の意欲の表れであったことも間違いない。
正恩氏は長らく、中国との関係改善のきっかけをつかめずにいた。ようやく機会が訪れたのは、今年の10月10日。朝鮮労働党創建70周年記念式典に、中国共産党序列5位の劉雲山政治局常務委員が参加したのだ。今後はモランボン楽団の公演成功を足がかりに、自ら中国を訪問。そして来年5月に開かれる朝鮮労働党第7回大会に、中国共産党の要人、とりわけ習近平国家主席を招請するつもりだったと見られる。
見れば分かるとおり、大型イベントでの行き来がポイントになっている。ズバリ言うなら、若年で経験が乏しく、粛清のし過ぎでブレーンにも事欠く正恩氏には、イベント抜きで政治を動かす知恵も人脈もないのである。
国内でも同様だ。正恩氏は大型イベントに間に合うようにレジャー施設や空港などを整備する「ハコモノ行政」を推し進め、国の発展をアピール。一部の国民に配給の大盤振る舞いを行い、歓心を買ってきた。
その陰で、長期にわたりパレードなどの練習に動員され、あるいは大盤振る舞いの財源を絞り取られる大多数の国民はへきえきしている。最近では来年の党大会に向け、当局による食糧徴発が始まった可能性がある。
だが、「へきえき」して済むくらいならまだ良い。
2012年には、金正恩氏の最高指導者「即位イベント」でのドンチャン騒ぎが引き金になり、凄惨な事件が多発した。同年4月10日、まずデイリーNKが「餓死者急増」の第一報を打つ。続いてアジアプレスが現地の状況を詳細に伝えるに及び、阿鼻叫喚の実態が伝わってきた。耳を疑うような「人肉事件」の証言さえ、多数含まれていた。
もっとも、こうした「イベント」依存の統治は、正恩氏に始まったことではない。
1989年には故金日成主席の誕生日イベント(4月15日)に間に合わせようと強引なペースで高速道路の建設を進めたために、橋梁が大量の労働者を乗せたまま崩落。後に韓国へ逃れた目撃者たちの証言によれば、現場は原形をとどめない死体が散乱し、救助の看護師たちが気を失うほどの地獄絵図と化したという。
つまり、北朝鮮の指導者たちが好んできた「イベント政治」は、国家の勢いをアピールしているように見えても、その裏側では体制の矛盾を増大させてきたというわけだ。
金正恩氏が、そんな「不都合な真実」に気付く日は来るのだろうか。