行政指導の甘さが目立った(写真は川崎市役所)

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 川崎市のドヤ街で発生した火災事件は、5月24日までに搜索が終了、9名の遺体が発見され3名の身元が判明した。

 火災原因の確認や身元調査はこれから本格化するが、ハッキリしているのは今回の火事が、生活保護制度の数々の歪みを浮き彫りにしたことだ。

「ドヤ」を居住地とする生活保護受給者は川崎市で1300人

 今回の火災で行政の責任は大きい。

 簡易宿泊所を「宿」を逆さまにした「ドヤ」と呼ぶのは、それだけ劣悪な環境だからで、三畳ひと間のまさに寝るだけの場所。かつては、労働力調整機能を果たした日雇い労務者が、体を休める宿だったが、今は、住人の大半が高齢の生活保護受給者で、ドヤに受給者を送り込んでいたのは行政だった。

 生活保護を受けるには住所が必要だが、ホームレス状態の人が多いので、行政は住居を斡旋しなければならない。その際、保証人の必要がなく多くを詮索しないドヤ街は最適だった。ここを居住地とする川崎市の生活保護受給者は1300名にのぼる。

 また、川崎市はドヤを利用しているという“負い目”からか、行政指導が甘かった。

 全焼したのは、「吉田屋」と「よしの」の2棟だが、いずれも「木造3階建て吹き抜け構造」という川崎のドヤの典型的作りで、建築基準法に違反する可能性が高い。

 しかも川崎市消防局は、こうした違法状態の構造であることを知りながら、市と情報を共有していなかった。市がドヤを生活保護に利用しているがゆえに、市と消防の双方が、“黙認”したのではないか。

既に始まっている「漂流老人社会」

 さらに、そちらに追いやった反社会的勢力系NPO法人の責任もある。

 ドヤ街以外で生活保護受給者を受け入れているのは、無料低額宿泊所という社会福祉法上の一時宿泊施設である。こちらも一時とはいえ、恒久的な施設となる可能性が高い。

 ドヤ同様、三畳ひと間が一般的だが、NPO法人のなかには約13万円の生活保護費のなかから2〜3万円をピンハネするような組織も少なくない。彼らは、「囲い屋」と呼ばれる勧誘屋を使い、ホームレスなど生活困窮者を見つけてきては役所に掛け合い、受給者にして自分たちの無料低額宿泊所に取り込む。

 生活保護法上、受給者は、無資産、無預金、(世話してくれる人がいない)無親族でなければならない。だから簡易宿泊所も無料低額宿泊所も、「宿泊所」として機能したが、防火対策も含めて環境は悪かった。

 それが、9名もの犠牲者を出した原因であり、歪んだ法制度を放置している国、環境を改善することなく受給者を迎え入れたドヤと無料低額宿泊所の経営者、そこに受給者をぶち込むだけで、劣悪な環境を放置し続けた行政と消防のそれぞれに責任はある。

 定住地を持つことができない「漂流老人社会」は既に始まっている。今回の火災で浮き彫りにされたのは、そんな老人を「宿泊所」に押し込むだけの生活保護の歪み。制度を修正する時期に来ている。

伊藤博敏ジャーナリスト。1955年福岡県生まれ。東洋大学文学部哲学科卒業。編集プロダクション勤務を経て、1984年よりフリーに。経済事件などの圧倒的な取材力では定評がある。近著に『黒幕 巨大企業とマスコミがすがった「裏社会の案内人」』(小学館)がある