『はじめてのレコード これ1冊でわかる 聴きかた、探しかた、楽しみかた』レコードはじめて委員会著/DU BOOKS。はじめてアナログレコードに触れる世代に特化した、世界でいちばんかんたんな「レコード」の本。

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僕は高校生のときに初めてレコードプレーヤーを買って以来、約20年にわたって音楽はだいたいアナログレコードで聴いてきた。

で、本書『はじめてのレコード』は、書名が示すとおり初めてレコードに触れる世代、より具体的には、音楽はもっぱらiPodやスマホで聴いてきた、CDプレーヤーさえ持っていないかもしれない20代〜30代前半の若者(もっといえば女子)をターゲットにした、ゆるふわなレコード指南書だ。

ってことは、レコード歴20年の、30代後半のおっさんはコンセプト的にお呼びじゃないし、正直、僕自身も書店でこの本を見かけたときは「なにが『ゆっくり、ていねいな音楽生活。』(帯文)ですか。松浦弥太郎ですか」と歯牙にもかけなかった。

でも、そういう偏屈な、「女子供はすっこんでろ」的な態度はよろしくない。そんなんだから、「レコードはおしゃれ」とかよくいわれるわりに、実際レコード屋に行っても若い女の子なんて滅多にいないし、まれにいたとしてもそれは彼氏の買い物にしょうがなく付き合っている感じの、あからさまに退屈しているような子なのだ。

であれば、こうやって若い人(もっといえば女子)をレコード屋に誘導する本は歓迎すべきだし、僕自身もここはひとつ初心に帰ってみようと本書を手に取った次第。

さて、そんな本書の構成は、

1章 レコードを買いに行こう
2章 レコードを聴こう
3章 収納とお手入れ
4章 レコードをもっと楽しもう

の4章立てで、合間にレコードに関するコラムや「そぼくな疑問」などが挿入され、巻末には番外編としてオススメのレコードショップリストと用語集が収められている。

各章の中身は、「世界でいちばんかんたんなレコードの本。」を標榜しているだけあって、

「レコードはどこで買えるの?」「盤はどうやって持つの?」「A面/B面ってなに?」「回転数ってなに?」「どこから針を落とすの?」「曲の途中で針を上げてもいいの?」「っていうかなんで音が鳴るの?」

みたいな、一般的なオーディオ雑誌などでは「知ってて当たり前のこと」としてスルーされるであろうごく初歩的な疑問にも、ちゃんと付き合ってくれている。しかも、その語り口も、たとえば洋式トイレの使い方(大きいほう)に置き換えれば、

「焦らずに、便器のフタだけを開け(※便座まで一緒に上げてしまうと陶器部分が丸出しになり、座ったときにお尻が便器にハマってしまいます)、便器に背を向けてズボンとパンツをひざ下までおろし、便座に腰をかけてからリラックスして用を足してください」

くらいの「ていねい」さ。日常的にレコードに触れている人間であれば無意識下でおこなっているようなことを、写真付きで、噛み砕きに噛み砕いて説明している。かと思えば、

「LPより12インチEPのほうが音が良いと聞いたことがありますが、本当ですか?」

といったような、「おまえDJだろ」と突っ込みたくなるようなコアなネタもしれっと紛れ込ませており、「あ、この本をつくってる人たちは、けっこうガチだな」と気づかされる。

事実、本書を出版しているDU BOOKSは、首都圏に約40店舗/フロアを展開する国内最大のレコード店「ディスクユニオン」の出版部門で、著者は「レコードはじめて委員会」という謎の団体名義になっているが、アドバイザーを務めているのは『音楽マンガガイドブック』などの著書を持つ音楽ライターの松永良平だ。

つまり、餅は餅屋というか、本書を企画したであろう担当編集者も含め、レコード大好きで知識も十分な人たちが全力で、誰でもキャッチできる超スローボールを放ってきている感じがビンビン伝わってくる。

なかでも個人的にグッときたのは、レコードを買う際に知っておきたい店内マナーとして、「トントン」しないことを真っ先に挙げている点だ。

一般的なレコード屋では、客は通称「エサ箱」と呼ばれる陳列棚からレコードを1枚ずつ引き抜いては戻し、また引き抜いては戻ししながらお目当のブツを探す。このとき、見たレコードを「ストン」と音をたてて落とす人がわりといる。そうすると、レコードジャケットというのは紙でできているから、盤の重みでジャケットの底が抜けてしまうことがある。

たとえば書店で、いちど手に取った本を、カバーや帯が折れたり裂けたりするのもお構いなしに乱暴に棚に戻す人がいたら、誰だっていい気はしないだろう。

と、偉そうなことをいっている僕も、高校時代にとあるレコード屋で調子に乗って「トントン」していたら、怖そうなドレッドの店員さんから超ウザそうに「あの、トントン落とすのやめてもらえます?」と注意された苦い経験がある。当時は恥ずかしくてその場から逃げ出したくなったものだが、あのとき諌められなかったらいまも「トントン」する迷惑な客のままだったかもしれない。

そんなわけで、「はじめて」の人に向けた本で、こういうちょっとしたマナーに触れておくという気遣いは、大いに支持したい。

ところで、音楽のデータ配信が主流となったいま、このような若者向けのレコード本に需要はあるのか。もちろん、それは厳密には本書の実売部数などで判定されるわけだが、少なくともここ数年で世界的にレコードの売上が伸びているのは事実だ。

先ごろ国際レコード産業連盟(IFPI)が発表したデータによれば、2014年の全世界でのアナログレコードの売上は、前年比54.7%増。日本にいたっては前年比81.4%増と、とりわけ高い伸び率を示している。

この売上アップに貢献しているとよくいわれるのが、2008年にアメリカで始まった「レコード・ストア・デイ」。コンセプトはずばり「レコード屋でレコードを買おう!」というもので、その趣旨に賛同したアーティストがインストアライブをしたり限定レコードを発売したりする、1日限り(毎年4月の第3土曜日)のイベントだ。2012年からは日本でも開催されるようになり、年々その規模を拡大している。

また、2014年にHMVが渋谷に中古レコード・CD専門店を出店したことも、レコード好きのあいでは大きな話題になった。2000年代後半に町のレコード屋がバタバタ潰れていくのを目の当たりにしてきた身としては「正気か!?」と驚いたが、こうした大手の試みは素直に応援したい。うまくいけば、渋谷周辺のレコード屋との相乗効果も期待できるからだ。

あるいは、ももいろクローバーZやPerfume、BABYMETALといったアイドル勢、さらにはアニソン歌手のKalafinaまでもがアナログ盤をリリースするなど(J-POPにおけるアナログ盤のリリース自体はCD全盛の90年代からあるにはあるが)、業界的にもレコードブームに沸いている感がある。

この点にかんしては、穿った見方をすれば、音源をコレクターズアイテム化してドルヲタ/アニヲタを釣っているともとれる。でも、よくよく考えれば、でかいジャケットに象徴される、モノとしての存在感もレコードの魅力のひとつ(だから僕はBABYMETALのアナログ盤はたぶん買う。CDで持ってるけど)。

加えて、これからレコードを聴こうというときにネックになりがちなプレーヤーにしても、本書中でも紹介されているが、最近はオールインワンのレコードプレーヤー(ターンテーブル、アンプ、スピーカー、フォノイコライザーがまるっと搭載されたお手軽なプレーヤー)がいろいろ出ている。なかには1万円以下で買えるものもあるし、ほとんどの機種はUSB端子から音源をパソコンに取り込めたりもする。

要するに、仮にそれが一過性のブームであったとしても(もちろんそうなってほしくはないが)、いまは一昔前に比べれば、レコードはずいぶん手の届きやすい場所にあることは確かだ。

そして本書は、「ちょっと手を出してみようかな」という人たちの背中を押すには過不足ない入門書であるといえる。
(須藤輝)