71歳でオリンピック!馬術・法華津寛選手は超エリート男だった

写真拡大

ロンドンオリンピックの最年長選手は、日本の馬術個人に出場した法華津寛(ほけつひろし)選手(71歳)。各国のマスコミも大注目の選手です。非常に珍しい名字も印象的ですよね。
そんな法華津選手、実は華麗なる経歴を持つ、超エリート男だったのです。

法華津選手の超エリート伝説

法華津選手は、1941年東京都生まれの71歳。太平洋戦争が始まった年に誕生しました。そんな彼の華麗すぎる半生をご紹介します。


●エリート伝説1:馬術の大会で勝ちまくり

中学校のとき、林間学校で経験した乗馬に興味をもち、12歳のときに馬術を始めたそうです。学生時代から多くの大会に出場し、1964年の東京オリンピックでは、個人40位、団体12位という成績を残しました。1988年からは全日本選手権を5連覇するなどその技術はたしかです。


●エリート伝説2:社長になるなど仕事もデキる

慶應義塾大学を卒業後、日本石油(現・新日本石油ENEOS)に入社します。そして東京オリンピックの後に、日本石油を退職。アメリカの名門大学デューク大学大学院に留学し、卒業後に外資系の製薬会社に勤務しました。そしてジョンソン・エンド・ジョンソン社のグループ企業の社長を務めるなど実業家としても活躍。なんと社長の間も、オリンピックに出場していたそうです。


●エリート伝説3:定年後はドイツで馬術の特訓

定年退職後、オリンピックへの再挑戦を決意。家族を日本に残して、馬術が盛んなドイツへ渡り、特訓を重ねてきました。
そして法華津選手にとっては44年ぶりのオリンピック出場となった2008年北京オリンピックに、愛馬ウィスパーとともに出場。個人で34位、団体9位の成績を残しました。


●エリート伝説4:お家柄も優雅

「法華津(ほけつ)」という名字は、戦国時代に活躍した海賊に由来するのだとか。法華津選手がその直系の子孫なのかは不明ですが、縁があるようです。さらに、
お父様は外務省の調査局長で、鳥類研究所の専務理事を歴任。奥様の元子さんは執権・北条時宗の子孫だとか。まさに華麗なる一族です。

「じじの星になる」!

「じじの星になる」がモットーだという法華津選手は、「この年で、ある程度国際大会で活躍できていることがじいさんたちの励ましになるなら、こんなに嬉しいことはない」とオリンピックへの意気込みを語りました。

8月2日、法華津選手が出場した馬場馬術個人1次予選1日目は、68.739点で25人中17位につけました。法華津選手の馬場馬術個人1次予選2日目は、本日8月3日の19:00から始まります。

愛馬ウィスパーとともに、頑張れ法華津選手!


◆金メダリストの意外な一面…
偏食家で運動オンチ!?体操・内村航平はちょっとめんどくさい男

Written by 溝野こねこ
Photo by 日本オリンピック委員会(JOC)