乃木坂46の制約と成長。制約があるからこそ、誰も見たことのないビジュアルが生まれるのだ
アイドルグループ・乃木坂46から秋元真夏・生田絵梨花・橋本奈々未が主演し、昨年末に公開された映画「超能力研究部の3人」は、ドラマとそのメイキングの映像をないまぜにした凝った構成になっている。その作中にはこんなシーンがあった。主演の3人がヤンキーにからまれるという場面の撮影中、相手につっかかっていく秋元の演技がなかなか決まらない。監督の山下敦弘は何度もダメを出すうち、秋元に乱暴なセリフを新たに与えた。そこへマネージャーが慌てて駆け寄って来て、急遽付け加えられたそのセリフが彼女のイメージを損なわないか事務所に確認すると言い出す――。
その様子を私は、アイドルの映画撮影ではこういうこともあるのかと思いながら見ていたのだが、やがてメイキングのパートがどうも不自然なことに気づき始める。タネ明かしをするならじつはこの映画は、ドキュメンタリーのなかに多分にフェイクな要素を含んだものだったのだ。ただし、どこまでが真実で、どこからがウソなのか、観終わってからも判別のつかないところが残った。
乃木坂46には、ほかのどのグループにも増して、アイドルの虚像と実像とをクリエイターが引き出したくなるようなところがあるのだろうか。3月18日にリリースされた同グループの11thシングル「命は美しい」のカップリング曲の一つ、西野七瀬のソロ曲「ごめんね ずっと」のミュージックビデオも、左右に二分割した画面にそれぞれアイドルにならなかった虚構の西野と、アイドルとして活躍する現実の西野の姿が映し出されるというものだった。
なお、西野のMVを手がけた山戸結希は、昨年商業映画デビューしたばかりの新進気鋭の映画監督だ。「超能力研究部の3人」の山下敦弘にしてもそうだが、乃木坂46はMVをはじめCDジャケットや衣装などの制作にいまを時めくクリエイターたちを数多く起用していることでも注目される。シングルには毎回、各メンバーとクリエイターがコラボした「個人PV」が収録され、認知度を上げたりいままでにない印象を与えたりするメンバーも少なくない。デザインとグラフィックの総合情報誌『MdN』4月号では、これら乃木坂46のビジュアルをめぐる各種表現を総力特集「乃木坂46 歌と魂を視覚化する物語」で一挙に紹介している。そこでクリエイターやメンバーによって明かされる制作秘話は、ファンならずとも面白く読めると思う。
誌面に収載されたなかには、CDジャケットの検討段階でのラフスケッチや最終的に採用されなかったデザインラフもあって貴重だ。3rdシングル「走れ!Bicycle」ではジャケット用にメンバーが青空をバックに飛び上がったり、浴衣を着て紙風船を投げたりといった写真を撮影するも、総合プロデューサーの秋元康から「こういう絵はみんな見飽きたのでは」と言われ、急遽再撮影になったとか。このエピソードなど、誰もまだ見たことのないものをという乃木坂46のビジュアルの信条をよく示している。
6thシングルで2013年の夏ソングとなった「ガールズルール」のジャケットでは、アートディレクターの川本拓三の提案で、メンバーを水中で撮影することになった。カメラマンに起用されたのは、生と死をテーマに水中写真をライフワークとする池谷友秀だ。しかし、もう一人のアートディレクターである本田宏一に言わせると、その撮影は自分たちが経験しなかでも3本の指に入るくらい大変なものになったという。そもそも水中撮影はいいカットが撮れる確率が低いうえ、モデルが潜っていられる時間に限りがあるので、あと2、3枚と粘ることができない。おかげで構図としてはすごくよく撮れたものの、顔がかわいく写っていなくて、あとからスタッフに泣きついてくるメンバーもいたらしい。本田も撮影中、「もう2度とやらねーぞ!」と発案者の川本を責め続けたとか。それでも川本は、インタビューで《こんな無茶な撮影はあとにも先にもあまりないので、やってよかったと思います》と振り返っている。
夏ソングが年間の推し曲であることは、乃木坂46が“公式ライバル”とするAKB48と変わらない。だがAKBと違い乃木坂では水着NGのメンバーがほとんどだ。それゆえ「ガールズルール」では、水中でメンバーにどんな格好をさせるかも相当気を遣わなければならなかった。だが、逆に言えば制約があるからこそ、いままでに誰も見たことのないビジュアルが生まれる余地があるのではないか。
スタイリストの米村弘光はインタビューで、乃木坂46には「私立学校のお嬢様」という明確なセオリーがあると語っている。これも一種の制約だろう。しかしリアルな制服をそのまま着せても、テレビや舞台では映えない。しかしあまり現実離れしてもコスプレになってしまう。その真ん中を取るのが、乃木坂46の衣装づくりのうえで一番難しいところらしい。
このほか乃木坂46の制作現場には、スケジュールなどさまざまな制約がつきまとうとはいえ、クリエイティブな自由度はかなり高いようだ。映像ディレクターの柳沢翔によれば、これまでのMVでも、「シャキイズム」の制服をきゃりーぱみゅぱみゅの衣装を手がけている飯島久美子に、「私、起きる。」に出てくるアイドルのロゴデザインをでんぱ組.incなどのデザインを手がける杉山峻輔に依頼するなど、制作側の望むクリエイターを運営から一切阻まれることなく自由に起用してきたという。さらに乃木坂46のMVはYouTubeでの再生回数も多いことから、クリエイターにとって格好のアピールの場になっているようだ。事実、柳沢も乃木坂46の仕事を通して映画制作の依頼を受けたとか。
メンバーがたびたびスタッフに示唆を与えているというのも興味深い。前出の米村によれば、衣装の話し合いの場にはメンバーの若月佑美がちょいちょい現れるという。8thシングルの「気づいたら片想い」では、決まりかけていた衣装案が却下となったところへ、若月が「こういうのどうですか?」と自分で考えたデザインの画像を見せてきて、結果的にそれが採用されたのだとか。若月といえばデザイン画で二科展に昨年まで3年連続で入賞しているが、その才能は現場でも発揮されていたのだ。『MdN』の特集ではほかにも、「何度目の青空か?」の衣装の色をめぐり運営側から否定的な意見が出たとき、メンバーの白石麻衣が制作スタッフに助け舟を出したという話も出てきて面白い。白石はファッション誌で専属モデルを務めるだけに、その言葉には説得力があるというわけだ。
特集の終わりで、乃木坂46のプロジェクトを統括する今野義雄(乃木坂46運営委員会委員長)が話しているように、同グループを擁するソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)の前身のCBS・ソニーには、70年代に山口百恵を、80年代に松田聖子という各時代のトップアイドルを生んだ実績がある。山口百恵には、酒井政利という敏腕プロデューサーがつき、山口本人の希望からミュージシャンの宇崎竜童と作詞家の阿木燿子夫妻が起用され数々のヒットを生んだ。また彼女のビジュアルイメージの確立に写真家の篠山紀信が果たした役割も見逃せない。松田聖子のときもまた、作詞家の松本隆を中心に大瀧詠一・細野晴臣・松任谷由実などのミュージシャンが結集してクオリティの高い楽曲を提供した。今野の言葉を借りるなら《70年代、80年代のトップスターというのは、その当時の最高のクリエイティブをやっていた。アイドルというのは昔から、総合芸術としてクオリティの高いものをやっていたんですよね》。彼としては乃木坂46をプロデュースするにあたり、そうした「CBS・ソニーのDNA」を意識しているところがあるという。
もっともクリエイターや運営スタッフだけではアイデアを出すにも限界がある。それでもメンバー自身がアイデアの源になっているかぎり、ネタに枯れることはないと今野は言う。
《メンバー自身がアイデアの源になっていれば、実はネタに枯れることはないんですよ。そのかわり、彼女たちをずっと見てなきゃいけない。(中略)毎日毎日、彼女たちのちょっとした変化も見逃さないようにウォッチし続けてる中で生まれるクリエイティブのはずなんで》
この言葉からは、スタッフやクリエイターがメンバーに押しつけるのではうまくいかないし、何も生まれないという意味も読み取れる。メンバーの側からも、先の若月や白石の例ばかりでなく、新内眞衣が期間限定で開設される乃木坂46カフェのマネージャーを任されたりと、グループの制作・運営に関して大きな役割を果たすケースが増えている。
アイドルというととかく“育てる”側面ばかりが注目されがちだが、クリエイターが若手の場合、“アイドルとともに育つ”あるいは“アイドルから育てられる”面もあるようだ。前出のアートディレクターの川本拓三は、20代後半から乃木坂46の仕事に携わるなかで《いろいろ勉強させてもらいましたし、たぶん僕も一緒にちょっとずつ成長してきたんだと思います》と語っている。
育て、育てられる。乃木坂46というアイドルグループのビジュアルが常に新鮮な印象を与えるのは、クリエイターとアイドルがそんな関係にあるからこそなのだろう。
(近藤正高)
乃木坂46には、ほかのどのグループにも増して、アイドルの虚像と実像とをクリエイターが引き出したくなるようなところがあるのだろうか。3月18日にリリースされた同グループの11thシングル「命は美しい」のカップリング曲の一つ、西野七瀬のソロ曲「ごめんね ずっと」のミュージックビデオも、左右に二分割した画面にそれぞれアイドルにならなかった虚構の西野と、アイドルとして活躍する現実の西野の姿が映し出されるというものだった。
なお、西野のMVを手がけた山戸結希は、昨年商業映画デビューしたばかりの新進気鋭の映画監督だ。「超能力研究部の3人」の山下敦弘にしてもそうだが、乃木坂46はMVをはじめCDジャケットや衣装などの制作にいまを時めくクリエイターたちを数多く起用していることでも注目される。シングルには毎回、各メンバーとクリエイターがコラボした「個人PV」が収録され、認知度を上げたりいままでにない印象を与えたりするメンバーも少なくない。デザインとグラフィックの総合情報誌『MdN』4月号では、これら乃木坂46のビジュアルをめぐる各種表現を総力特集「乃木坂46 歌と魂を視覚化する物語」で一挙に紹介している。そこでクリエイターやメンバーによって明かされる制作秘話は、ファンならずとも面白く読めると思う。
誌面に収載されたなかには、CDジャケットの検討段階でのラフスケッチや最終的に採用されなかったデザインラフもあって貴重だ。3rdシングル「走れ!Bicycle」ではジャケット用にメンバーが青空をバックに飛び上がったり、浴衣を着て紙風船を投げたりといった写真を撮影するも、総合プロデューサーの秋元康から「こういう絵はみんな見飽きたのでは」と言われ、急遽再撮影になったとか。このエピソードなど、誰もまだ見たことのないものをという乃木坂46のビジュアルの信条をよく示している。
6thシングルで2013年の夏ソングとなった「ガールズルール」のジャケットでは、アートディレクターの川本拓三の提案で、メンバーを水中で撮影することになった。カメラマンに起用されたのは、生と死をテーマに水中写真をライフワークとする池谷友秀だ。しかし、もう一人のアートディレクターである本田宏一に言わせると、その撮影は自分たちが経験しなかでも3本の指に入るくらい大変なものになったという。そもそも水中撮影はいいカットが撮れる確率が低いうえ、モデルが潜っていられる時間に限りがあるので、あと2、3枚と粘ることができない。おかげで構図としてはすごくよく撮れたものの、顔がかわいく写っていなくて、あとからスタッフに泣きついてくるメンバーもいたらしい。本田も撮影中、「もう2度とやらねーぞ!」と発案者の川本を責め続けたとか。それでも川本は、インタビューで《こんな無茶な撮影はあとにも先にもあまりないので、やってよかったと思います》と振り返っている。
夏ソングが年間の推し曲であることは、乃木坂46が“公式ライバル”とするAKB48と変わらない。だがAKBと違い乃木坂では水着NGのメンバーがほとんどだ。それゆえ「ガールズルール」では、水中でメンバーにどんな格好をさせるかも相当気を遣わなければならなかった。だが、逆に言えば制約があるからこそ、いままでに誰も見たことのないビジュアルが生まれる余地があるのではないか。
スタイリストの米村弘光はインタビューで、乃木坂46には「私立学校のお嬢様」という明確なセオリーがあると語っている。これも一種の制約だろう。しかしリアルな制服をそのまま着せても、テレビや舞台では映えない。しかしあまり現実離れしてもコスプレになってしまう。その真ん中を取るのが、乃木坂46の衣装づくりのうえで一番難しいところらしい。
このほか乃木坂46の制作現場には、スケジュールなどさまざまな制約がつきまとうとはいえ、クリエイティブな自由度はかなり高いようだ。映像ディレクターの柳沢翔によれば、これまでのMVでも、「シャキイズム」の制服をきゃりーぱみゅぱみゅの衣装を手がけている飯島久美子に、「私、起きる。」に出てくるアイドルのロゴデザインをでんぱ組.incなどのデザインを手がける杉山峻輔に依頼するなど、制作側の望むクリエイターを運営から一切阻まれることなく自由に起用してきたという。さらに乃木坂46のMVはYouTubeでの再生回数も多いことから、クリエイターにとって格好のアピールの場になっているようだ。事実、柳沢も乃木坂46の仕事を通して映画制作の依頼を受けたとか。
メンバーがたびたびスタッフに示唆を与えているというのも興味深い。前出の米村によれば、衣装の話し合いの場にはメンバーの若月佑美がちょいちょい現れるという。8thシングルの「気づいたら片想い」では、決まりかけていた衣装案が却下となったところへ、若月が「こういうのどうですか?」と自分で考えたデザインの画像を見せてきて、結果的にそれが採用されたのだとか。若月といえばデザイン画で二科展に昨年まで3年連続で入賞しているが、その才能は現場でも発揮されていたのだ。『MdN』の特集ではほかにも、「何度目の青空か?」の衣装の色をめぐり運営側から否定的な意見が出たとき、メンバーの白石麻衣が制作スタッフに助け舟を出したという話も出てきて面白い。白石はファッション誌で専属モデルを務めるだけに、その言葉には説得力があるというわけだ。
特集の終わりで、乃木坂46のプロジェクトを統括する今野義雄(乃木坂46運営委員会委員長)が話しているように、同グループを擁するソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)の前身のCBS・ソニーには、70年代に山口百恵を、80年代に松田聖子という各時代のトップアイドルを生んだ実績がある。山口百恵には、酒井政利という敏腕プロデューサーがつき、山口本人の希望からミュージシャンの宇崎竜童と作詞家の阿木燿子夫妻が起用され数々のヒットを生んだ。また彼女のビジュアルイメージの確立に写真家の篠山紀信が果たした役割も見逃せない。松田聖子のときもまた、作詞家の松本隆を中心に大瀧詠一・細野晴臣・松任谷由実などのミュージシャンが結集してクオリティの高い楽曲を提供した。今野の言葉を借りるなら《70年代、80年代のトップスターというのは、その当時の最高のクリエイティブをやっていた。アイドルというのは昔から、総合芸術としてクオリティの高いものをやっていたんですよね》。彼としては乃木坂46をプロデュースするにあたり、そうした「CBS・ソニーのDNA」を意識しているところがあるという。
もっともクリエイターや運営スタッフだけではアイデアを出すにも限界がある。それでもメンバー自身がアイデアの源になっているかぎり、ネタに枯れることはないと今野は言う。
《メンバー自身がアイデアの源になっていれば、実はネタに枯れることはないんですよ。そのかわり、彼女たちをずっと見てなきゃいけない。(中略)毎日毎日、彼女たちのちょっとした変化も見逃さないようにウォッチし続けてる中で生まれるクリエイティブのはずなんで》
この言葉からは、スタッフやクリエイターがメンバーに押しつけるのではうまくいかないし、何も生まれないという意味も読み取れる。メンバーの側からも、先の若月や白石の例ばかりでなく、新内眞衣が期間限定で開設される乃木坂46カフェのマネージャーを任されたりと、グループの制作・運営に関して大きな役割を果たすケースが増えている。
アイドルというととかく“育てる”側面ばかりが注目されがちだが、クリエイターが若手の場合、“アイドルとともに育つ”あるいは“アイドルから育てられる”面もあるようだ。前出のアートディレクターの川本拓三は、20代後半から乃木坂46の仕事に携わるなかで《いろいろ勉強させてもらいましたし、たぶん僕も一緒にちょっとずつ成長してきたんだと思います》と語っている。
育て、育てられる。乃木坂46というアイドルグループのビジュアルが常に新鮮な印象を与えるのは、クリエイターとアイドルがそんな関係にあるからこそなのだろう。
(近藤正高)