『聞き出す力』吉田豪/日本文芸社

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「あのな、セールスに一番大事なテクニックは何だと思う」
かつて営業部門の会社員として働いていたとき、上司にそう聞かれたことがある。
なんだろう、と考えているとこう言われた。
「一番大事なのはね、相手に話させることだよ」
どんな人間でも自尊心というものがある。それを満足させてやるには、相手に話させることだ。自分の知っていることを教えて「やる」のは気持ちいいものだ。好きなことを話し続けていれば当然上機嫌にもなる。
「そこを狙って懐に飛び込むわけ。だから、いい営業になりたかったら、話し上手じゃなくて聞き上手にならないといけないよ」
結局私はいい営業にはならずにライターになってしまったのだけど、このときの会話はよくおぼえている。

そう、「話させられてしまう」のは怖いものだ。そこで思い出すのがプロ・インタビュアーを名乗るライター・吉田豪である。

「吉田にニラまれたら生きてる心地がしない」(リリー・フランキー)

『聞き出す力』は、その吉田豪が自身のインタビューについて語った抜群におもしろいエッセイである。これをサブカル棚に置いている書店も多いと思うが、ビジネス書として読んでも非常に有益であるはずだ。今からでも遅くないので全国の研修担当者は、この本をまとめ買いして新入社員に配る準備をしたほうがいいんじゃないかな。

雑誌「BREAK MAX」(休刊)を元にしたインタビュー集『人間コク宝』の帯に「本人よりもその人に詳しい芸能本史上最強のインタビュアー」と書かれたことから、吉田豪といえば取材対象の人生をそれこそ秘密警察のような執拗さで調べ上げ、本人さえも忘れているエピソードを発掘してくる異能の人、というイメージがある。
しかし極論してしまえば、それはインタビュアーとしてはかなり当たり前のことなのである。かなり丁寧にその作業をしているというだけで、下調べだけが吉田の武器ではない。
『聞き出す力』を読めば、そういった調査は本当に準備段階の技術に過ぎず、インタビューという現場に足を踏み入れたときにどういう手を繰り出してくるかわからない相手とどう渡り合うか、というアドリブ力のほうが物を言うのだ、ということがよくわかる。
先方の社長が釣りバカだと知っていても、いつもいつもその話題になるとは限らないのである。こっちのミスで頭を下げているときに「そういえば、そろそろキスの季節ですね」なんて言い出したらまとまる話もまとまらなくなろうというものですよハマちゃん。

『聞き出す力』の吉田は、インタビューという戦場においていかに生き残り、相手の首級を挙げてくるかという技術を「基本テクニック」「心構え」「危機回避」「応用自在」という4つの章に分けて解説してくれるのである。
とはいえ、ライターならではの突飛な方法論が述べられているわけではない。「ボクがインタビューするときのモットーは「嘘をつかない」ことだ」「とにかくインタビューで重要なのは「つかみ」なのだ」「もし同じレベルの文章が書ける人間がいた場合、編集者がどちらを選ぶかと言ったら、一般常識がちゃんとあったり、見た目がちゃんとしてたりするほうになって当然」といった具合に、個々の文章では他の業界でも同じことを言われるであろう、ごく真っ当なことが書かれているのである。だからこそビジネス書としての汎用性も高い。

その中でやはりおもしろいのはインタビュアーとしていかに危機を回避していくかを各論として述べた第3章で、あ、これは駆け出しのライターだったら簡単に心を折られていただろうな、というエピソードがバンバン出てくる。

たとえば、某大物俳優に「あなたは本人よりもその人に詳しいそうだから楽しみにしてます。私が知らない話が出てくるのを」といきなり宣戦布告される話であったり。

あるいは取材対象がやって来ないばかりか、待機していた事務所の社長と電話で大喧嘩を始めたのを横で聞いていなければいけなくなった現場であったり。

または相手が突然「おい、インタビューの前に今日のギャラはどうなってるんだ?(中略)いいか、ギャラを受け取るまで俺は何も喋らないぞ!」と言い出したり。

これに比べるとインタビュー相手がたまたまものすごく虫の居所が悪かったのか、何を聞いても「うん」か「いいや」しか話してくれず、終了後に編集者が泣きそうな顔で腕にすがりついてきて「なんとかなりますよね、ね!」と言ってきたという私の経験など、初心者用ゲレンデでそりに乗って遊んでいる程度の危機に過ぎなかったのだ、と思えてくるほどである。

吉田は、そういう修羅場をいくつもくぐり抜けてきたわけだ。某アナウンサーが自分の番組で一切ゲストの下調べをしないと公言しているのを疑問視した「下調べをキッチリしてこそ「予定外の展開」が生み出される」の項でも言及されているように、まさかのときの備えがあるからこそ、非常事態になっても落ち着いた対応ができるのだろう。その姿は宇宙要塞が前途に立ち塞がろうと、突如デスラー艦の襲撃を受けようと必ず「こんなこともあろうかと」対策を準備しており、一切動じることがなかった『宇宙戦艦ヤマト』の工作班長こと真田志郎のようだ。何かあると死地に自ら乗り込んでいって自分の手で片を付けてくるところも一緒である。頼れる男だぜ、吉田豪。

そんなわけで一般企業に勤める人が読んでも十分に役立つ本なのだが、もちろんライター志望者のための教本としても優れている。特にライターが無駄に自己顕示欲を解放することを戒めた「自分語りは話を引き出すための道具、記事では裏方に徹すべし」の項(「読者が知りたいのはお前のプチ情報とかじゃなくて、そのアルバムやミュージシャンの情報なんだよ!」という叫びには深く首肯する。商業誌のレビューなどでも、導入の意味をなさない自分の近況を書く人、いますね)、インタビュー後の記事のまとめ方について書いた「取材対象と会って終わりではなく始まりに過ぎないと心得るべし」の項など、文章の心構えや技術に教わることは多いはずだ。インタビュー中の話術という点でいえば、取材相手がマニアなら誰でも知っているようなことを得々と話し始めたときにどうするかを書いた「全く知らないエピソードを引き出すための「受け身」術」の項がたいへん興味深かった。なるほど、そうやっているのね。

もちろん、吉田がこれまで行ってきたインタビューの裏話集にもなっており、そういう意味では変化球の芸能人本として読むことも可能だ。『芸能界本日モ反省ノ色ナシ』(ダン池田)的な暴露を期待してもらっては困るが、前田敦子や小林旭などの「ちょっといい話」も満載なので、吉田本人に関心がない人も目を通して損はないはずである。

ちょっとだけ個人的なことを書くと、その昔吉田が籍を置いていた「紙のプロレス RADICAL」の誌面で「プロレスラーの橋本真也(故人)が、吉田豪が下半身の淋しい病気になったと言いふらしている」という情報がいきなり書かれていて、何があったのかと気になったことがあった。その裏事情も本書には明かされている。それによると、吉田が新日本プロレスの地方興行の取材に行った際、橋本がどう見てもラブホテルとしか思えないところに泊まっており、そこで取材になったためなのだという。万が一の事態を想定した吉田豪が自衛のためにちょっとイヤな病気に罹っていることを匂わせた結果、取材は無事に済んだのだが、破壊王によってさんざん噂を広められてしまったのである。
10年越しの疑問が解けた。読んでよかったよ『聞き出す力』!

なお吉田豪の近刊は、杉作J太郎とのトークライブの模様を抜粋収録した『Jさん豪さんの世相を斬る!@ロフトプラスワン[青春愛欲編]』も出ている。こちらではトークにおいていかに共演者をキャラ化し、話をおもしろく転がすか、という技術も学べるので、併読をお薦めする。
(杉江松恋)