音楽が漫画のネタになるとは思っていなかった。映画「マエストロ!」原作者・さそうあきらに聞く1
1月31日(土曜日)から全国ロードショーが始まる小林聖太郎監督『マエストロ!』。原作漫画『マエストロ』(双葉社)の作者である、さそうあきら氏にインタビューしました。
前後編に分けて、お届けします。
*
──はじめまして。さそうあきらさんはジャングル生まれだっていう噂をきいたことがありまして。
さそう そんな(笑)、それは単なる噂ですね。
──映画評論家の町山智浩さんが早稲田大学の漫画研究会で、さそうさんの後輩で。私が初めてライターとして連載コラムを書かせていただいたのが宝島社の雑誌「宝島30」の漫画レビューだったんですが、その欄の担当者だったころの町山さんに、伺った気がします。
さそう いいかげんなことを(笑)。
──すみません、町山さんのせいではなくて、私の記憶ちがいかもしれません(笑)。
さそう 小学校のころインドに住んでた、っていうのが、そういう噂になったんだと思うんですけれど。
──初期長編の『愛がいそがしい』(小学館)が大好きなんですが、『マエストロ』にも父と子の確執が描かれているし、お父様との関係が特殊だったのかな、とか想像してました。
さそう 僕自身の親子関係っていうのはまあ、いたって普通だと思いますね。父親もまじめな会社員でした。『愛がいそがしい』のような父親ではなかったので。むしろ、あこがれを描いたのかもしれませんね。
──なるほど。うちもまじめな父親だったので、そのあこがれにシンクロしたのかもしれません。初期の短編集『お気に召すまま』(講談社)や『トゥルー・カラーズ』(イースト・プレス)も、短いページ数の中で人間の本質が的確に切り取られていて、淡いオールカラーもきれいで魅力的でした。短編と長編はどちらが得意とか、ありますか。
さそう 僕は、この世界でデビューしてから、ずっと短編を描いてきたって思ってるんですよね。長編、なかなか難しくて。長いものは、短いものの積み重ねという感じで描いてるんです。少年漫画のように、キャラクターが自分で歩き出してどっかいってしまう、っていうような作品を描くのは難しいですね。
──『愛がいそがしい』は長編ですよね?
さそう あ、そうですね。
──主人公は寝ぐせ頭のぼんやりした男子高校生で、性的に奔放な父親に育てられたという設定でした。その父親の若い恋人が、耳のいい調律師という設定でしたよね。あの当時から音楽が一貫したテーマだった印象です。
さそう いや、音楽はずっと、漫画のネタになるとは思っていなかったんです。
──そうだったんですか?
さそう 『神童』を描くとき編集者の方が『好きなものを描いていい』って言ってくれて、初めて音楽をテーマにしたという感じです。それまでは全然、音楽自体を描こうとは思っていなかったんです。でも今、そういうふうに言っていただくと、たしかに自分の中にずっとあったテーマなんだって思いますね。昔描いた自分の漫画をたまに読み返すと、ほとんど内容を覚えてないことが多いんですけど、『これ最近、同じような会話つかったな』とか気づいて、けっこう恥ずかしいことありますね。全然、進歩してないな、と(笑)。
──ご自身の作品、あまり読み返しませんか。
さそう 僕はもう、描いたら、読み返さないほうですね。ほんとは、よくないと思うんですけど。
──いま京都精華大学マンガ学部マンガ学科大学で漫画をおしえていらっしゃいますが、ご自身の漫画を教材にはしないんですか。
さそう たまーに、ですね。やっぱりこう、恥ずかしくてできないです。自分の漫画を手本にしろとか、言えない感じですね(笑)。
──学生さんが作品の感想を言ったりは?
さそう あんまりないです(笑)。
──それはもったいないですね。私のまわりにはミュージシャンの吉田アミさんとか、熱烈な「さそうファン」が多いんです。きょうのインタビューのことも、話したら羨ましがられると思います。
さそう ありがとうございます。
──今でこそクラシックを題材にした漫画はけっこう出てきましたけれど、まだそれが広く認知されていないころは、いろいろと難しさもあったんじゃないでしょうか。
さそう そうですね。『神童』の前は、クラシックを漫画に描いていいんだろうかっていう雰囲気だったんです。あのころは自分でもインドネシア音楽をやっていまして。まわりの人がみんな音楽大学出身の人で、面白い変なやつばっかりだったんです。それで音楽やってる変なやつを描きたい、というのがまずありました。最初はそれこそ『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子/講談社)のような、音大モノを構想していたんですけど。途中から『天才』という切り口で描きたいと思うようになって、ピアニストの女の子の話になったんです。
──その『神童』(小学館)で第3回手塚治虫文化賞マンガ優秀賞を受賞されました。あの賞は当時「今さら賞をあげなくても」という漫画家が受賞しがちだったので(笑)、「この作品が受賞することが作品にとっても賞にとっても幸福」と思える最初のケースでした。
さそう 『神童』は連載うちきりみたいなかたちで終わってしまったんですが、しばらくして『のだめカンタービレ』がヒットしたことで、再注目していただいた側面もあるんです。
──漫画は作者側の都合ではない事情で連載が終わったりしますものね。『マエストロ』も雑誌「アクション」連載が中断されて、途中からウェブ連載になりましたが。
さそう ウェブ連載のよかったところは、エピソードの長さを自由に変えられたってことなんですね。連載の途中から、いろんな長さのエピソードが出てくるようになるんですが。
──なるほど、それは大きなメリットですね。そういえば『さよなら群青』(新潮社)を「ほぼ日刊イトイ新聞」でも連載したりとか、ウェブ連載をよくされています。
さそう んー。雑誌の中での人気とか、そういうことに関係ありますね。雑誌に載らなくても、本にしてまとめたときに、ちょっとお金になればいいと考えているんですが。
──漫画の単行本を読む層と、雑誌を毎号読む層って、ちがいますものね。
さそう そうですね。雑誌連載っていうのは難しいです。でも今やっているKindle連載(『花に問ひたまへ』)は、それはそれで別の難しさもあって。読者が最初に四百円とか払うと、その作品を全部最後まで読む権利を得られる、ってシステムなんですよ。だから絵の描き直しができないんですよね。普通、連載して単行本化するときに、シーンごとに服が少しちがっていたとか、そういうのを直すんですけど。それと、毎月配信日というのが決まっていて、もうすでにお客さんがお金を払っているんで、事故などで原稿を落とす、っていうことができないんですよ。絵のほうは、紙の本になるときに直すチャンスがあると思うんですが。
──それは凄いシステムですね。Kindleはまだ導入してないんですけれども、『花に問ひたまへ』、本になるのを楽しみにしています。
(枡野浩一)
後編に続く
前後編に分けて、お届けします。
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──はじめまして。さそうあきらさんはジャングル生まれだっていう噂をきいたことがありまして。
さそう そんな(笑)、それは単なる噂ですね。
──映画評論家の町山智浩さんが早稲田大学の漫画研究会で、さそうさんの後輩で。私が初めてライターとして連載コラムを書かせていただいたのが宝島社の雑誌「宝島30」の漫画レビューだったんですが、その欄の担当者だったころの町山さんに、伺った気がします。
さそう いいかげんなことを(笑)。
──すみません、町山さんのせいではなくて、私の記憶ちがいかもしれません(笑)。
さそう 小学校のころインドに住んでた、っていうのが、そういう噂になったんだと思うんですけれど。
──初期長編の『愛がいそがしい』(小学館)が大好きなんですが、『マエストロ』にも父と子の確執が描かれているし、お父様との関係が特殊だったのかな、とか想像してました。
さそう 僕自身の親子関係っていうのはまあ、いたって普通だと思いますね。父親もまじめな会社員でした。『愛がいそがしい』のような父親ではなかったので。むしろ、あこがれを描いたのかもしれませんね。
──なるほど。うちもまじめな父親だったので、そのあこがれにシンクロしたのかもしれません。初期の短編集『お気に召すまま』(講談社)や『トゥルー・カラーズ』(イースト・プレス)も、短いページ数の中で人間の本質が的確に切り取られていて、淡いオールカラーもきれいで魅力的でした。短編と長編はどちらが得意とか、ありますか。
さそう 僕は、この世界でデビューしてから、ずっと短編を描いてきたって思ってるんですよね。長編、なかなか難しくて。長いものは、短いものの積み重ねという感じで描いてるんです。少年漫画のように、キャラクターが自分で歩き出してどっかいってしまう、っていうような作品を描くのは難しいですね。
──『愛がいそがしい』は長編ですよね?
さそう あ、そうですね。
──主人公は寝ぐせ頭のぼんやりした男子高校生で、性的に奔放な父親に育てられたという設定でした。その父親の若い恋人が、耳のいい調律師という設定でしたよね。あの当時から音楽が一貫したテーマだった印象です。
さそう いや、音楽はずっと、漫画のネタになるとは思っていなかったんです。
──そうだったんですか?
さそう 『神童』を描くとき編集者の方が『好きなものを描いていい』って言ってくれて、初めて音楽をテーマにしたという感じです。それまでは全然、音楽自体を描こうとは思っていなかったんです。でも今、そういうふうに言っていただくと、たしかに自分の中にずっとあったテーマなんだって思いますね。昔描いた自分の漫画をたまに読み返すと、ほとんど内容を覚えてないことが多いんですけど、『これ最近、同じような会話つかったな』とか気づいて、けっこう恥ずかしいことありますね。全然、進歩してないな、と(笑)。
──ご自身の作品、あまり読み返しませんか。
さそう 僕はもう、描いたら、読み返さないほうですね。ほんとは、よくないと思うんですけど。
──いま京都精華大学マンガ学部マンガ学科大学で漫画をおしえていらっしゃいますが、ご自身の漫画を教材にはしないんですか。
さそう たまーに、ですね。やっぱりこう、恥ずかしくてできないです。自分の漫画を手本にしろとか、言えない感じですね(笑)。
──学生さんが作品の感想を言ったりは?
さそう あんまりないです(笑)。
──それはもったいないですね。私のまわりにはミュージシャンの吉田アミさんとか、熱烈な「さそうファン」が多いんです。きょうのインタビューのことも、話したら羨ましがられると思います。
さそう ありがとうございます。
さそう そうですね。『神童』の前は、クラシックを漫画に描いていいんだろうかっていう雰囲気だったんです。あのころは自分でもインドネシア音楽をやっていまして。まわりの人がみんな音楽大学出身の人で、面白い変なやつばっかりだったんです。それで音楽やってる変なやつを描きたい、というのがまずありました。最初はそれこそ『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子/講談社)のような、音大モノを構想していたんですけど。途中から『天才』という切り口で描きたいと思うようになって、ピアニストの女の子の話になったんです。
──その『神童』(小学館)で第3回手塚治虫文化賞マンガ優秀賞を受賞されました。あの賞は当時「今さら賞をあげなくても」という漫画家が受賞しがちだったので(笑)、「この作品が受賞することが作品にとっても賞にとっても幸福」と思える最初のケースでした。
さそう 『神童』は連載うちきりみたいなかたちで終わってしまったんですが、しばらくして『のだめカンタービレ』がヒットしたことで、再注目していただいた側面もあるんです。
──漫画は作者側の都合ではない事情で連載が終わったりしますものね。『マエストロ』も雑誌「アクション」連載が中断されて、途中からウェブ連載になりましたが。
さそう ウェブ連載のよかったところは、エピソードの長さを自由に変えられたってことなんですね。連載の途中から、いろんな長さのエピソードが出てくるようになるんですが。
──なるほど、それは大きなメリットですね。そういえば『さよなら群青』(新潮社)を「ほぼ日刊イトイ新聞」でも連載したりとか、ウェブ連載をよくされています。
さそう んー。雑誌の中での人気とか、そういうことに関係ありますね。雑誌に載らなくても、本にしてまとめたときに、ちょっとお金になればいいと考えているんですが。
──漫画の単行本を読む層と、雑誌を毎号読む層って、ちがいますものね。
さそう そうですね。雑誌連載っていうのは難しいです。でも今やっているKindle連載(『花に問ひたまへ』)は、それはそれで別の難しさもあって。読者が最初に四百円とか払うと、その作品を全部最後まで読む権利を得られる、ってシステムなんですよ。だから絵の描き直しができないんですよね。普通、連載して単行本化するときに、シーンごとに服が少しちがっていたとか、そういうのを直すんですけど。それと、毎月配信日というのが決まっていて、もうすでにお客さんがお金を払っているんで、事故などで原稿を落とす、っていうことができないんですよ。絵のほうは、紙の本になるときに直すチャンスがあると思うんですが。
──それは凄いシステムですね。Kindleはまだ導入してないんですけれども、『花に問ひたまへ』、本になるのを楽しみにしています。
(枡野浩一)
後編に続く