なぜ、台湾のチームが甲子園に出場できたのか。映画「KANO」を観る前に知っておきたいこと
春はセンバツから。
1月23日、センバツ甲子園の出場校32校が発表された。
そしてその翌日からは、甲子園を舞台にしたある映画も公開されている。
「KANO 1931海の向こうの甲子園」
台湾映画としては破格の制作費7億円を投じ、昨年2月に台湾で公開されるや3ヶ月のロングランを記録するなど大ヒット。今回、満を持しての日本公開となる。
ではなぜ、台湾でヒットになったのか。見どころとともに、映画を観る前にこそ押さえておきたいポイントを整理してみたい。
◎なぜ、台湾のチームが甲子園に出場できたのか?
映画「KANO」は日本統治時代の台湾から甲子園に出場して決勝にまで勝ち進んだ、日本人、台湾人(中国大陸から移住した漢人)、台湾先住民による「嘉義農林学校野球部」<KANO>の活躍を描いた、実話をもとにした物語になる。
そもそもなぜ、台湾のチームが甲子園大会に出られるのか?
現在のように、各都道府県の代表校が甲子園大会に出場できるルールになったのは1978(昭和53)年から。それ以前は県大会で優勝しても東北地区、九州地区などのブロック大会を勝ち上がらなければ甲子園の土は踏めなかった。
その一方で、戦前には満州、朝鮮、台湾の「外地」の代表校にも全国大会への参加が認められていた。満州と朝鮮は1921(大正10)年から、台湾は1923(大正12)年から参加が認められ、毎年代表校を内地に派遣。その後、太平洋戦争のために大会が中止になる1941(昭和16)年をもって「外地からの挑戦」は幕を閉じている。
その中の台湾で、甲子園出場をかけて鎬を削ったのが甲子園7回出場の台北中と、5回出場の嘉義農林だ。本作は、その嘉義農林が初めて甲子園に出場した1931(昭和6)年にスポットを当てている。
◎演者の選考基準は演技力よりも野球力
去年ぐらいから日本でも「野球」をテーマにしたドラマ、映画が相次いでいる。ただ、いくらドラマ部分が素晴らしくても肝心の野球描写がイマイチだと興ざめしてしまうのが事実。
それが、野球を撮る、ということの難しさだ。
そこでこの「KANO」でこだわったのがキャスティングだった。監督であるマー・ジーシアンは、先日行われたジャパンプレミアでこんなコメントを残している。
「この映画は野球をテーマとしています。映画を観て、野球をしていることを信じてもらえないと失敗なんですね。だからこそ、キャスティングでは野球の実力にこだわりました」
実際、キャスティングにあたっては台湾全土の高校、大学の野球チームをまわり、演技は素人でも野球経験が5年以上ある者だけを集めたという。
その代表格が、エース役を務めたツァオ・ヨウニン。彼は21歳以下の台湾代表で、昨年行われたU21世界大会でベストナインにも選ばれた“本物”だ。その野球の実力に加えて、顔も松坂桃李を連想させる爽やかさ。今後ドラマファン、野球ファンの双方から注目を集めそうな逸材といえる。
また、野球のためのキャスティング、という点は選手以外でも貫かれている。国内大会で実況を行うのは、文化放送ライオンズナイターでおなじみの斉藤一美アナウンサー。斉藤アナといえば、一度聞けば忘れられない「熱」のある実況節が魅力。その熱が、ドラマをさらにもり立ててくれる。
◎「1931年の甲子園球場」を完全再現
昨年、1924(大正13)年の開場から90周年という節目を迎えた甲子園球場。
記念冊子が何冊も発売されるなど、90年の歴史を振り返る企画が各所で見受けられた。実際、私自身も『週刊野球太郎』の連載企画でさまざまな文献に当たり、当時の甲子園の様子を調べた経緯がある。
その過程で見た黎明期の甲子園球場が「KANO」の中では見事に再現されている。CGを駆使するだけでなく、巨大なセットを作り、その中で実際に野球の試合がプレーできる環境を作り上げたまさに労作だ。
また「再現」という意味では、俯瞰で見る甲子園球場はもちろんのこと、実際にプレーを行うグラウンドレベルでも徹底されている。
その代表例が「甲子園球場の土」。
甲子園球場といえば黒土で有名だが、この土は日本各地(岡山県日本原、三重県鈴鹿市、鹿児島県鹿屋、大分県大野郡三重町、鳥取県大山など)の土をブレンドして生成している。
だが、台湾には黒土は存在しない。そこで映画スタッフが黒土を再現するために利用したのが古タイヤ。撮影現場に大量の古タイヤを運び、それを粉状にして砂の上にまき、黒土に見えるようにしたという。
プロデューサーであり脚本も手がけたウェイ・ダーションは、ジャパンプレミアにおいてこんな撮影秘話を語っていた。
「粉状にしたからとても軽いんです。そして本当の黒土ではないので、ボールが当たると変な方向にバウンドしてしまい、役者がとても苦労します。ちゃんとキャッチできないとその度、監督に怒鳴られていました(笑)」
イレギュラーバウンドだけでも捕りづらいのに、選手役の演者たちが使用したグラブもまた、鍋つかみのような扱いにくい代物。そして道具だけでなく、打撃フォームや投球フォームの再現にもこだわるなど、たとえ野球歴が長くてもさまざまな苦労があったことは想像に難くない。
だからこそ、その野球描写には「必死さ」にあふれている。
◎永瀬正敏と大沢たかおが演じた人物の背景にあるもの
映画を観て不思議に思う、というか少しわかりづらいのが、大沢たかおが演じた「八田與一」という役どころだ。
この八田與一という人物は、台湾の農業を変えたといわれる水利事業「嘉南大しゅう(土へんに川)」の設計者だ。台湾では教科書にもその業績が詳しく紹介されていて、八田與一の名前を知らない者はいないという(だからこそ、映画の中では八田與一に関する説明描写が少ない)。
台湾で八田の功績が語り継がれるのは、上記した「嘉南大しゅう」を成功させた技術者としての側面だけでなく、民族の差別をせずに労働者と同じ目線で事業に取り組み続けた人間性も高く評価されているから、といわれている。
同様に、民族を差別することなく共存の道を目指したのが、永瀬正敏が演じた鬼監督、近藤兵太郎という人物だ。
映画の中ではこんな台詞がある。
「蕃人は足が速い。漢人は打撃が強い。日本人は守備に長けている。こんな理想的なチームはどこにもない!」
その指導方法は現代から見れば前時代的で、精神性に偏りすぎている部分も多い。ただ、厳しさの中で民族の融和点を見つけ、我が息子たち、と接していく姿には感動を覚えるはずだ。
つまり、八田與一を出すことで、近藤兵太郎も同様に、台湾の地で民族の融和を目指して成果を挙げた人物である、ということを代弁させてもいるのだ。
野球と台湾、という意味では、今年秋に初開催となる野球の世界選手権「プレミア12」が台湾で行われる予定だ。また、沖縄に台湾のプロ野球チームを作る計画がある、なんてことも報じられている。今後、日本と台湾の野球交流はますます深まっていくはずだ。
台湾と日本人、台湾野球と日本野球。その関係性を学ぶ上でも「KANO」はぜひオススメしたい。
(オグマナオト)
1月23日、センバツ甲子園の出場校32校が発表された。
そしてその翌日からは、甲子園を舞台にしたある映画も公開されている。
「KANO 1931海の向こうの甲子園」
台湾映画としては破格の制作費7億円を投じ、昨年2月に台湾で公開されるや3ヶ月のロングランを記録するなど大ヒット。今回、満を持しての日本公開となる。
ではなぜ、台湾でヒットになったのか。見どころとともに、映画を観る前にこそ押さえておきたいポイントを整理してみたい。
映画「KANO」は日本統治時代の台湾から甲子園に出場して決勝にまで勝ち進んだ、日本人、台湾人(中国大陸から移住した漢人)、台湾先住民による「嘉義農林学校野球部」<KANO>の活躍を描いた、実話をもとにした物語になる。
そもそもなぜ、台湾のチームが甲子園大会に出られるのか?
現在のように、各都道府県の代表校が甲子園大会に出場できるルールになったのは1978(昭和53)年から。それ以前は県大会で優勝しても東北地区、九州地区などのブロック大会を勝ち上がらなければ甲子園の土は踏めなかった。
その一方で、戦前には満州、朝鮮、台湾の「外地」の代表校にも全国大会への参加が認められていた。満州と朝鮮は1921(大正10)年から、台湾は1923(大正12)年から参加が認められ、毎年代表校を内地に派遣。その後、太平洋戦争のために大会が中止になる1941(昭和16)年をもって「外地からの挑戦」は幕を閉じている。
その中の台湾で、甲子園出場をかけて鎬を削ったのが甲子園7回出場の台北中と、5回出場の嘉義農林だ。本作は、その嘉義農林が初めて甲子園に出場した1931(昭和6)年にスポットを当てている。
◎演者の選考基準は演技力よりも野球力
去年ぐらいから日本でも「野球」をテーマにしたドラマ、映画が相次いでいる。ただ、いくらドラマ部分が素晴らしくても肝心の野球描写がイマイチだと興ざめしてしまうのが事実。
それが、野球を撮る、ということの難しさだ。
そこでこの「KANO」でこだわったのがキャスティングだった。監督であるマー・ジーシアンは、先日行われたジャパンプレミアでこんなコメントを残している。
「この映画は野球をテーマとしています。映画を観て、野球をしていることを信じてもらえないと失敗なんですね。だからこそ、キャスティングでは野球の実力にこだわりました」
実際、キャスティングにあたっては台湾全土の高校、大学の野球チームをまわり、演技は素人でも野球経験が5年以上ある者だけを集めたという。
その代表格が、エース役を務めたツァオ・ヨウニン。彼は21歳以下の台湾代表で、昨年行われたU21世界大会でベストナインにも選ばれた“本物”だ。その野球の実力に加えて、顔も松坂桃李を連想させる爽やかさ。今後ドラマファン、野球ファンの双方から注目を集めそうな逸材といえる。
また、野球のためのキャスティング、という点は選手以外でも貫かれている。国内大会で実況を行うのは、文化放送ライオンズナイターでおなじみの斉藤一美アナウンサー。斉藤アナといえば、一度聞けば忘れられない「熱」のある実況節が魅力。その熱が、ドラマをさらにもり立ててくれる。
◎「1931年の甲子園球場」を完全再現
昨年、1924(大正13)年の開場から90周年という節目を迎えた甲子園球場。
記念冊子が何冊も発売されるなど、90年の歴史を振り返る企画が各所で見受けられた。実際、私自身も『週刊野球太郎』の連載企画でさまざまな文献に当たり、当時の甲子園の様子を調べた経緯がある。
その過程で見た黎明期の甲子園球場が「KANO」の中では見事に再現されている。CGを駆使するだけでなく、巨大なセットを作り、その中で実際に野球の試合がプレーできる環境を作り上げたまさに労作だ。
また「再現」という意味では、俯瞰で見る甲子園球場はもちろんのこと、実際にプレーを行うグラウンドレベルでも徹底されている。
その代表例が「甲子園球場の土」。
甲子園球場といえば黒土で有名だが、この土は日本各地(岡山県日本原、三重県鈴鹿市、鹿児島県鹿屋、大分県大野郡三重町、鳥取県大山など)の土をブレンドして生成している。
だが、台湾には黒土は存在しない。そこで映画スタッフが黒土を再現するために利用したのが古タイヤ。撮影現場に大量の古タイヤを運び、それを粉状にして砂の上にまき、黒土に見えるようにしたという。
プロデューサーであり脚本も手がけたウェイ・ダーションは、ジャパンプレミアにおいてこんな撮影秘話を語っていた。
「粉状にしたからとても軽いんです。そして本当の黒土ではないので、ボールが当たると変な方向にバウンドしてしまい、役者がとても苦労します。ちゃんとキャッチできないとその度、監督に怒鳴られていました(笑)」
イレギュラーバウンドだけでも捕りづらいのに、選手役の演者たちが使用したグラブもまた、鍋つかみのような扱いにくい代物。そして道具だけでなく、打撃フォームや投球フォームの再現にもこだわるなど、たとえ野球歴が長くてもさまざまな苦労があったことは想像に難くない。
だからこそ、その野球描写には「必死さ」にあふれている。
◎永瀬正敏と大沢たかおが演じた人物の背景にあるもの
映画を観て不思議に思う、というか少しわかりづらいのが、大沢たかおが演じた「八田與一」という役どころだ。
この八田與一という人物は、台湾の農業を変えたといわれる水利事業「嘉南大しゅう(土へんに川)」の設計者だ。台湾では教科書にもその業績が詳しく紹介されていて、八田與一の名前を知らない者はいないという(だからこそ、映画の中では八田與一に関する説明描写が少ない)。
台湾で八田の功績が語り継がれるのは、上記した「嘉南大しゅう」を成功させた技術者としての側面だけでなく、民族の差別をせずに労働者と同じ目線で事業に取り組み続けた人間性も高く評価されているから、といわれている。
同様に、民族を差別することなく共存の道を目指したのが、永瀬正敏が演じた鬼監督、近藤兵太郎という人物だ。
映画の中ではこんな台詞がある。
「蕃人は足が速い。漢人は打撃が強い。日本人は守備に長けている。こんな理想的なチームはどこにもない!」
その指導方法は現代から見れば前時代的で、精神性に偏りすぎている部分も多い。ただ、厳しさの中で民族の融和点を見つけ、我が息子たち、と接していく姿には感動を覚えるはずだ。
つまり、八田與一を出すことで、近藤兵太郎も同様に、台湾の地で民族の融和を目指して成果を挙げた人物である、ということを代弁させてもいるのだ。
野球と台湾、という意味では、今年秋に初開催となる野球の世界選手権「プレミア12」が台湾で行われる予定だ。また、沖縄に台湾のプロ野球チームを作る計画がある、なんてことも報じられている。今後、日本と台湾の野球交流はますます深まっていくはずだ。
台湾と日本人、台湾野球と日本野球。その関係性を学ぶ上でも「KANO」はぜひオススメしたい。
(オグマナオト)