知られざる水上警察署「海上麻薬取引」摘発の瞬間
2014年12月中旬、中国において日本人が覚せい剤所持容疑で死刑判決が出たことがわかった。
日本国内だけでみても、覚せい剤・麻薬、危険ドラッグなどの薬物事案の検挙者数はここ5年間で約1万5000件で推移している(厚生労働省、警察庁、海上保安庁の統計資料による)。薬物事案は当局の対策強化にもかかわらず、後を絶たないのが現状だ。
さて、あまり知られていないが、薬物事案を水際で取り締まるのが横浜、大阪、神戸と全国に3つある水上警察署だ。水上警察署では、陸上はもちろんのこと、沿岸部での犯罪取締りが任務だ。今回、神戸水上警察署の海上における薬物事案捜査の実態を元署員から話を聞いた。
ある日のこと。一通のハガキが水上署に届いた。
――某月某日、某時、神戸港沖合いの某海域にて覚せい剤の受け渡しが行なわれる
こうしたタレコミは大規模な警察署では月に10通くらい封書かハガキで届く。なかには大事件に繋がるものもある。
「その日の夜、その海域に行くと確かにそれらしい船舶がいる。一見、ただの漁船です。でも警察官は、新人でもわかるんです。犯罪の匂いがしました」神戸水上署に勤務経験のある元警察官)
ある漁船らしき船舶が、何かを海上に投棄した。投棄物は海面に浮揚したままだ。するとタイミングよく、そこにヨットがやって来た。そして海中に投棄された浮揚物を網で救い船内に引き入れた。
「ウソではなかったか――」
警察船内に緊張感が走る。ヨットを追った。近づいた。スピーカーでヨットの停船指示を出す。
――そのヨット止まりなさい! すぐに止まれ!
速力を上げてヨットが航行する。警察側が発する声が聞こえていないわけがない。
「恐らく薬物の密輸だ。間違いない」
ヨットが逃走を続ける。逃走するだけならいい。海上から回収した浮揚物の隠滅を図られたりしてはたまったものではない。警察船の機関出力は最大。計算ではあと10分もあれば追いつく筈だ。この10分の間に浮揚物を隠滅されないことを祈るばかりだ。
「信仰心――。何か特定の信仰を自分は持っている訳ではありません。でも、こういう場面では警察の神様とでもいいましょうか。そんな何かに祈りと願いをかけています」(同)
9分後、ヨットに追いついた。1分早かったのは潮の流れによるものだ。追い風が吹いている――。旧商船大学出の警察官はそう思った。同時にこのヨット内ではまだ回収した浮揚物をそのまま残していることを確信した。
「隠滅を図れば、覚せい剤や大麻なら彼らにとっては損失です。船内のどこかに隠したのでしょう。人間、特に犯罪者は最後まで逃げおおせるつもりで事にあたるものですから」(同)
ヨットに飛び乗り、拳銃を構えた!ヨットの目前10m。警察官たちが拳銃の準備をし、ヨットに飛び移る体制でいる。場合によってはヨットから銃撃される可能性もある。警察船がヨット近づいた。誰も出てこない。警察官のひとりが上下する波の高さを利用してヨットに飛び移った。
ヨット船内に入った。灯りが消えているが暗さに慣れた目には昼間のそれと違いはない。ギョロッとした目が光っていた。思わず拳銃を構えた。だがその目は敵意むき出しというそれではない。怯えているそれだとわかった。
「警察だ! なぜ止まらなかった!!」
語気も勢い荒くなる。だがここで油断するとどこから誰かに撃たれたり羽交い絞めにされることもある。
「こ、怖くて……」
その瞬間、バタバタバタと何人かの警察官が突入してきた。そして、この男を取り押さえた。この間わずか2分の出来事だ。
「さっき海上から回収した浮揚物を出しないさい!」
身柄を確保した後、緊張感も心なしか和らいできた。身柄確保された3人の男たちはヨット内のキッチンの下を指差す。
「ありました! シャブです。現行犯です!!」
若い警察官の甲高い声が船内に響く。簡易検査後、「覚せい剤取締り法違反の現行犯で逮捕する」と型通りに告知、被疑者に手錠をかけた。
翌日からは、海上部から引き継いだ陸上部が麻薬密輸組織の摘発に当たった。結果、ある麻薬密売組織を壊滅に追い込んだ。年末年始、祝祭日、風雪昼夜問わず、水上警察署では今日も水際で薬物事案を食い止めるべく任務に当たっている。
(取材・文/秋山謙一郎)