京都がくっきりと体験できる小説『きょうのできごと』と一生つきあいたい
2014年夏の芥川賞は、柴崎友香の『春の庭』(文藝春秋)だった。
そして芥川賞受賞第一作として9月に刊行されたのが、『きょうのできごと、十年後』(河出書房新社)だ。偶然にも、単行本デビュー作『きょうのできごと』(2000年、のち河出文庫。Kindleはこちら)の続篇ということになる。
いま単行本デビュー作という聞き慣れない言いかたをした。『きょうのできごと』は長篇小説なのだけど、その成り立ちは、1999年に独立した短篇小説として書かれた、ほんとうの意味でのデビュー作「レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー」と、その続篇群4篇(うち1篇はやはり独立した短篇小説として雑誌に掲載された)から成っている。
行定勲監督による映画化には伊藤歩、田中麗奈、妻夫木聡らが出演した。出演者たち8名がが被写体となった写真集『もうひとつの、きょうのできごと』(河出書房新社)では森山大道ら4人の写真家が撮影を担当、柴崎友香もスピンオフ短篇を寄稿した。この短篇は『きょうのできごと』文庫化にさいし最終章として収録された。
『きょうのできごと』は、同じ日、同じ時間を同じ場所ですごした複数の登場人物のひとりひとりを語り手にして、その同じ日のできごとをリレー式に語らせている。語りを担当する時間は少しずつずれているし、章の順番は必ずしも時間順ではない。
語り手は五人の若者──けいと、その幼馴染の中沢、中沢の恋人・真紀、かわち、正道。
彼らは、京都の大学院に進学することが決まった正道の引越祝いの夕に集まった。
・彼氏募集中っぽいスタンスの奴がいて、
・将来映画を撮れたらいいな的なことを語っちゃったりする(そして、コイツぜったい撮らないだろうと思わせる)奴がいて、
・男の目から自分がかわいく見えるということをちゃんとわかってる美人さんがいて、
・第一印象はいいくせになぜか女子をイラっとさせる内向的?なイケメンがいる。
あと語り手以外にも
・飲み会の席で髪の毛を変なふうに切られてしまう被害者がいて(イイ奴なんだよなー)、
・引越祝いの前の昼に、内向的?なイケメンにブチ切れした大阪女子(引越祝い参加メンバーではない)がいる。
語り手がどんどんバトンタッチしていくし、時間も前後するので、おそろしく「見通しの悪い」小説になっている。その「見通しの悪さ」にこそ、ものすごく説得力がある。
京都のまだ少し寒い春の夜を、こんなふうにくっきりと「体験」させてくれる小説があるんだ、と驚く。はじめて読んだのが、自分が京都に住んで2度目の春だったこともあって、個人的にも強い印象を持った。
それ以来春先の、ちょっと寄道したくなるような晩には、「あ、これは『柴崎さんの京都』だな」と思うようになった。「山村美紗の京都」や「森見登美彦の京都」があるように、「柴崎友香の京都」というものががあるのだ。
その10年後、語り手たちはまだ暑さが残る9月の一夜、京都にふたたび集まった。『きょうのできごと、十年後』だ。
映画を撮りたいと言っていた奴はどうなった? 美人さんはまだ独身なのだろうか? 大学院に行った彼は就職決まったのか? 悲惨な髪の切られかたをしたあのナイスガイは幸せになっただろうか? ウジウジしてた無駄なイケメンは、30代にはいって少しはシャキッとしたのかしら? あのままでは気の強い彼女にふられそうな感じだったけど……。
『きょうのできごと』文庫化のさいにトリッキーでメタフィクショナルな1章を追加し、『主題歌』(講談社文庫)や『春の庭』でイレギュラーな視点操作や語りかたを試みた作者だけに、今回なにかまたやってくれるだろうかとゲスな期待を胸に読んでみたところ、やっぱりいろいろイレギュラーな事件が起こっていた。
彼ら10年前の若者たちがが現在どういう身分であるか、そしてそもそも、なぜ彼らが再会することになったか、といった基本情報をを書くこと自体、人によってはネタバレと感じられてしまいそうだ。だから黙っておきます。何人か登場する印象的な新キャラも楽しめる。
なにより、ふつうこういうリアル感を大事にする小説で同じ晩にこれとこれとを続けて語ることはないだろう、という事件の取り合わせがあって、驚くと同時に噴き出してしまう(ネタバレを避けようとするあまり曖昧な書きかたになってしまってゴメンなさい)。「小説ってどうせこういうものだろう」、という僕らのダレきった思いこみを、さりげなく裏切る粋な計らいだ。
『きょうのできごと、十年後』の帯に、行定勲監督がこういう文章を寄せている。
〈僕はこの作品を、十年ごとに一生撮り続けたい〉。
これもまた私事でごめんなさいなんだけど、僕は京都の大学で週に1回、高校出たての1年生相手に、毎週1冊の小説を読む授業をやってきた。
取りあげる作品は毎年4割ずつ入れ替わるけれど、最初のほうの3回で取りあげる作品だけは、この4年間というものまったく変わっていない。カフカの『変身』(中井正文訳、角川文庫)、アゴタ・クリストフの『悪童日記』(堀茂樹訳、ハヤカワepi文庫)、そして『きょうのできごと』だ。
京都で大学生活をはじめる人たちに、この飲み会メンバーのことをまず知ってほしかった、そしてできたら一生つきあっていってほしかったのだ。
(千野帽子)
そして芥川賞受賞第一作として9月に刊行されたのが、『きょうのできごと、十年後』(河出書房新社)だ。偶然にも、単行本デビュー作『きょうのできごと』(2000年、のち河出文庫。Kindleはこちら)の続篇ということになる。
いま単行本デビュー作という聞き慣れない言いかたをした。『きょうのできごと』は長篇小説なのだけど、その成り立ちは、1999年に独立した短篇小説として書かれた、ほんとうの意味でのデビュー作「レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー」と、その続篇群4篇(うち1篇はやはり独立した短篇小説として雑誌に掲載された)から成っている。
『きょうのできごと』は、同じ日、同じ時間を同じ場所ですごした複数の登場人物のひとりひとりを語り手にして、その同じ日のできごとをリレー式に語らせている。語りを担当する時間は少しずつずれているし、章の順番は必ずしも時間順ではない。
語り手は五人の若者──けいと、その幼馴染の中沢、中沢の恋人・真紀、かわち、正道。
彼らは、京都の大学院に進学することが決まった正道の引越祝いの夕に集まった。
・彼氏募集中っぽいスタンスの奴がいて、
・将来映画を撮れたらいいな的なことを語っちゃったりする(そして、コイツぜったい撮らないだろうと思わせる)奴がいて、
・男の目から自分がかわいく見えるということをちゃんとわかってる美人さんがいて、
・第一印象はいいくせになぜか女子をイラっとさせる内向的?なイケメンがいる。
あと語り手以外にも
・飲み会の席で髪の毛を変なふうに切られてしまう被害者がいて(イイ奴なんだよなー)、
・引越祝いの前の昼に、内向的?なイケメンにブチ切れした大阪女子(引越祝い参加メンバーではない)がいる。
語り手がどんどんバトンタッチしていくし、時間も前後するので、おそろしく「見通しの悪い」小説になっている。その「見通しの悪さ」にこそ、ものすごく説得力がある。
京都のまだ少し寒い春の夜を、こんなふうにくっきりと「体験」させてくれる小説があるんだ、と驚く。はじめて読んだのが、自分が京都に住んで2度目の春だったこともあって、個人的にも強い印象を持った。
それ以来春先の、ちょっと寄道したくなるような晩には、「あ、これは『柴崎さんの京都』だな」と思うようになった。「山村美紗の京都」や「森見登美彦の京都」があるように、「柴崎友香の京都」というものががあるのだ。
その10年後、語り手たちはまだ暑さが残る9月の一夜、京都にふたたび集まった。『きょうのできごと、十年後』だ。
映画を撮りたいと言っていた奴はどうなった? 美人さんはまだ独身なのだろうか? 大学院に行った彼は就職決まったのか? 悲惨な髪の切られかたをしたあのナイスガイは幸せになっただろうか? ウジウジしてた無駄なイケメンは、30代にはいって少しはシャキッとしたのかしら? あのままでは気の強い彼女にふられそうな感じだったけど……。
『きょうのできごと』文庫化のさいにトリッキーでメタフィクショナルな1章を追加し、『主題歌』(講談社文庫)や『春の庭』でイレギュラーな視点操作や語りかたを試みた作者だけに、今回なにかまたやってくれるだろうかとゲスな期待を胸に読んでみたところ、やっぱりいろいろイレギュラーな事件が起こっていた。
彼ら10年前の若者たちがが現在どういう身分であるか、そしてそもそも、なぜ彼らが再会することになったか、といった基本情報をを書くこと自体、人によってはネタバレと感じられてしまいそうだ。だから黙っておきます。何人か登場する印象的な新キャラも楽しめる。
なにより、ふつうこういうリアル感を大事にする小説で同じ晩にこれとこれとを続けて語ることはないだろう、という事件の取り合わせがあって、驚くと同時に噴き出してしまう(ネタバレを避けようとするあまり曖昧な書きかたになってしまってゴメンなさい)。「小説ってどうせこういうものだろう」、という僕らのダレきった思いこみを、さりげなく裏切る粋な計らいだ。
『きょうのできごと、十年後』の帯に、行定勲監督がこういう文章を寄せている。
〈僕はこの作品を、十年ごとに一生撮り続けたい〉。
これもまた私事でごめんなさいなんだけど、僕は京都の大学で週に1回、高校出たての1年生相手に、毎週1冊の小説を読む授業をやってきた。
取りあげる作品は毎年4割ずつ入れ替わるけれど、最初のほうの3回で取りあげる作品だけは、この4年間というものまったく変わっていない。カフカの『変身』(中井正文訳、角川文庫)、アゴタ・クリストフの『悪童日記』(堀茂樹訳、ハヤカワepi文庫)、そして『きょうのできごと』だ。
京都で大学生活をはじめる人たちに、この飲み会メンバーのことをまず知ってほしかった、そしてできたら一生つきあっていってほしかったのだ。
(千野帽子)