月食の余韻に浸ったまま読みたい明治浪漫マンガ『月に吠えらんねえ』
10月8日の夜、皆既月蝕(月食)が見られた。文系オタク女なのでテンションが上がり、月の写真を撮りまくった。
文系×月ネタの鉄板といえば、「月が綺麗ですね」。夏目漱石が「I love you」のニュアンスを訳したと言われるものだ(実はソースはあいまい)。それと同じくらいグッとくるのは、明治生まれの詩人・萩原朔太郎の1作目の詩集「月に吠える」。
萩原朔太郎の序には、こうある。
〈過去は私にとつて苦しい思ひ出である。過去は焦躁と無為と悩める心肉との不吉な悪夢であつた。
月に吠える犬は、自分の影に怪しみ恐れて吠えるのである。疾患する犬の心に、月は青白い幽霊のやうな不吉の謎である。犬は遠吠えをする。
私は私自身の陰鬱な影を、月夜の地上に釘づけにしてしまひたい。影が、永久に私のあとを追つて来ないやうに。〉
ウッ……かっこいい!!
萩原の才能を見出した北原白秋の序も寄せられている。
〈萩原君。
何と云つても私は君を愛する。さうして室生君を。〉
んっ???(前のめり) 「室生君」とは、萩原の親友であった室生犀星のこと。この時代にはよく見られることではあるのだが、萩原と室生、そして北原の関係は、どうしたってドキドキする。
「月刊アフタヌーン」で連載中の清家雪子の漫画『月に吠えらんねえ』は、まさにそのドキドキのエッセンスをすくいとった作品だ(※BL漫画ではない)。コミックス1巻は4月に刊行されており、2巻が10月23日に発売を予定している。
『月に吠えらんねえ』の登場人物は、〈近代詩歌俳句の各作品から受けた印象をキャラクター化した〉もの。主人公は朔くん(萩原朔太郎)。彼が住んでいるのは近代□(詩歌句)街。住人は近代の詩歌俳句の作者ばかりだ。
〈□街の住人は大概変わり者だ 変人だらけで心地良いのか 自称文士の胡乱な者も集まってくる おしなべて情緒不安定で 飲んだくれで 社会不適合者だ 中でもこの家の主人は飛び抜けてイカれている〉
朔くんは、一言でいえばヤバイやつ。精神を病んでいて常に不安定、美形だが目の下にはいつも隈がある。白さん(北原白秋)を慕っている。
〈「もっと褒めて」「褒めたわけじゃないよ」「褒めましたよ! 白さんがおれを褒めるなんてレアですよ! 嬉しい 嬉しい おれもっと病気になってもっと烈しいの送りますね!! ガンガンに病んでやりますからね!」〉
〈「残る希望はあの人だけだよ あの人に虐められると夢がふくらむ あの人に認められると文字が紙にぴたっと吸い付く… あの人にはおれのお医者さんになってもらわないと 逃がさないんだから…」〉
こんな調子だ。
対する白さんは、オールバックに背広の美青年。地位も名誉も金も持っている。女にもモテまくっている。上っ面はいいが心根は冷淡なところがあり、本心を見せることはない。以下が朔くんの評。
〈「白さんはぜんぜん女の人格に期待してないから…… はなっから肉欲だとか世話係だとか想像源だとかの機能としての女しか必要としてないから優しくできるんだってことに 気づけないんだ女って生物は…」〉
白さんのそういった態度は女だけに限らない。白さんは根本的に、他人にあまり興味を示していないのだ。
犀(室生犀星)も登場する。ただし、彼は□街にはいない。放浪の旅に出ている。
〈「犀はおれの親友です 友達のいないおれの ただ一人の親友です なのにおれ……あいつの顔が思い出せないんです」〉
朔くんがそう語るように、犀には顔が描かれていない。
詩歌人たちの住む□街では、おかしなことが起こる。天上松には縊死体が吊り下がっているし、蛙のぐうるさん(草野心平)は何度も何度も死ぬ。黒い犬が立ちふさがり、地面からは死体が生えている。その一方、犀は放浪しているうちにいつのまにか戦地にたどり着いてしまう。
明治時代の詩歌・俳句をイメージした奇妙な世界で、朔くんと白さん、そして犀の関係性が描かれる『月に吠えらんねえ』。萌える、と思わず吠えます。
清家雪子『月に吠えらんねえ』(アフタヌーンKC)
1巻 【書籍版】【Kindle版】
2巻 【書籍版】(10月23日発売予定)
(青柳美帆子)
文系×月ネタの鉄板といえば、「月が綺麗ですね」。夏目漱石が「I love you」のニュアンスを訳したと言われるものだ(実はソースはあいまい)。それと同じくらいグッとくるのは、明治生まれの詩人・萩原朔太郎の1作目の詩集「月に吠える」。
萩原朔太郎の序には、こうある。
月に吠える犬は、自分の影に怪しみ恐れて吠えるのである。疾患する犬の心に、月は青白い幽霊のやうな不吉の謎である。犬は遠吠えをする。
私は私自身の陰鬱な影を、月夜の地上に釘づけにしてしまひたい。影が、永久に私のあとを追つて来ないやうに。〉
ウッ……かっこいい!!
萩原の才能を見出した北原白秋の序も寄せられている。
〈萩原君。
何と云つても私は君を愛する。さうして室生君を。〉
んっ???(前のめり) 「室生君」とは、萩原の親友であった室生犀星のこと。この時代にはよく見られることではあるのだが、萩原と室生、そして北原の関係は、どうしたってドキドキする。
「月刊アフタヌーン」で連載中の清家雪子の漫画『月に吠えらんねえ』は、まさにそのドキドキのエッセンスをすくいとった作品だ(※BL漫画ではない)。コミックス1巻は4月に刊行されており、2巻が10月23日に発売を予定している。
『月に吠えらんねえ』の登場人物は、〈近代詩歌俳句の各作品から受けた印象をキャラクター化した〉もの。主人公は朔くん(萩原朔太郎)。彼が住んでいるのは近代□(詩歌句)街。住人は近代の詩歌俳句の作者ばかりだ。
〈□街の住人は大概変わり者だ 変人だらけで心地良いのか 自称文士の胡乱な者も集まってくる おしなべて情緒不安定で 飲んだくれで 社会不適合者だ 中でもこの家の主人は飛び抜けてイカれている〉
朔くんは、一言でいえばヤバイやつ。精神を病んでいて常に不安定、美形だが目の下にはいつも隈がある。白さん(北原白秋)を慕っている。
〈「もっと褒めて」「褒めたわけじゃないよ」「褒めましたよ! 白さんがおれを褒めるなんてレアですよ! 嬉しい 嬉しい おれもっと病気になってもっと烈しいの送りますね!! ガンガンに病んでやりますからね!」〉
〈「残る希望はあの人だけだよ あの人に虐められると夢がふくらむ あの人に認められると文字が紙にぴたっと吸い付く… あの人にはおれのお医者さんになってもらわないと 逃がさないんだから…」〉
こんな調子だ。
対する白さんは、オールバックに背広の美青年。地位も名誉も金も持っている。女にもモテまくっている。上っ面はいいが心根は冷淡なところがあり、本心を見せることはない。以下が朔くんの評。
〈「白さんはぜんぜん女の人格に期待してないから…… はなっから肉欲だとか世話係だとか想像源だとかの機能としての女しか必要としてないから優しくできるんだってことに 気づけないんだ女って生物は…」〉
白さんのそういった態度は女だけに限らない。白さんは根本的に、他人にあまり興味を示していないのだ。
犀(室生犀星)も登場する。ただし、彼は□街にはいない。放浪の旅に出ている。
〈「犀はおれの親友です 友達のいないおれの ただ一人の親友です なのにおれ……あいつの顔が思い出せないんです」〉
朔くんがそう語るように、犀には顔が描かれていない。
詩歌人たちの住む□街では、おかしなことが起こる。天上松には縊死体が吊り下がっているし、蛙のぐうるさん(草野心平)は何度も何度も死ぬ。黒い犬が立ちふさがり、地面からは死体が生えている。その一方、犀は放浪しているうちにいつのまにか戦地にたどり着いてしまう。
明治時代の詩歌・俳句をイメージした奇妙な世界で、朔くんと白さん、そして犀の関係性が描かれる『月に吠えらんねえ』。萌える、と思わず吠えます。
清家雪子『月に吠えらんねえ』(アフタヌーンKC)
1巻 【書籍版】【Kindle版】
2巻 【書籍版】(10月23日発売予定)
(青柳美帆子)