月満ちる島のホテルで


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『月満ちる島のホテルで』(斎藤千輪/PHP研究所)は、未来を見るファンタジックな設定と、オーベルジュという舞台、そしてそこに集う人々が紡ぐ感動のドラマをかけ合わせた連作短編集である。

■満月の夜、もしも人生に一度だけ未来を見られるとしたら

 鶺鴒島(せきれいじま)にある「オーベルジュ鶺鴒」で、サービス係として働き始めた主人公、雅(みやび)。彼女はこの島に語り継がれる伝説について、ある日オーナーから教えてもらう。島にある「巫女の石」には、満月の夜になるとセキレイが集い、さえずる。その間に祈りを捧げると、一生に一度だけ未来を見ることができるというのだ。その条件を満たす晩、雅は「この島で働き続けたい」という祈りを石に捧げたことで、想定外の未来を知ってしまう。そして雅だけでなく、オーベルジュを訪れる客やスタッフも「巫女の石」の力に触れ、次第に行動を変えていく……。

 本作の魅力は、不確定な未来を軸にドラマが広がるところだ。登場人物たちが予知夢を通じて人生と向き合い、望ましい未来を手繰り寄せようとする展開から目が離せない。家族が離れ離れになるのを食い止めたい。独り身で育ててきた愛犬を残して、この世を去りたくない。愛する人の幸せを、自分がそばにいることで壊したくない。人々は望まない未来を避けるために、行動したり決断を下したりする。そこには一人ひとりの人柄や過去が浮かび上がり、奥行きのある物語が広がっていく。

■オーベルジュで提供される食事にも注目

 ところでオーベルジュとは、地方やアクセスの悪い場所にある、宿泊設備を備えたレストランのことである。その地だからこそ提供できるこだわりのメニューがあることが多く、究極の味を求めて食通たちが集う。

 作者の斎藤千輪氏は、これまで食にまつわる多くの物語を生み出してきた。本作では、オーベルジュだからこそ提供できる、島で採れた食材を活かした料理の数々が登場する。

 例えば、地元で育てられた黒軍鶏のローストや、フカヒレの姿煮など。後者に添えられたイワタケは採取するのが難しい岸壁に着生し、長年かけて育つため、めったに食べることのできない珍しい食材らしい。そういった季節の食材の味を活かした、独自性の高い料理がフルコースで振る舞われるディナーのシーンは必読だ。読みながら味わいを想像していると、つい空腹を感じてしまう。日常とはかけ離れたラグジュアリーな食体験が楽しめるという点では、グルメ小説というジャンルで捉えても十分な満足感がある。

 また、鶺鴒島というロケーションも素晴らしい。南国リゾート気分を味わえる景観、豊かな食材に恵まれた大自然。満月の夜をひとつのサイクルとして物語が進んでいくことで、巡る季節の流れと島の魅力を体感できるのも良かった。

 今、この瞬間を楽しむことに特化したオーベルジュという場所で、決して楽しいことばかりではない未来を垣間見る。このバランス感が絶妙だ。日頃の行動を変えていけば、未来は変えられる。けれど今が楽しいと、不安な未来からは目をそらしてしまいがちだ。本作は、そんな私たちの弱さに焦点を当てて、今から将来に向けて何をするべきか考えるきっかけをくれる物語だと感じた。漠然とした不安を抱え、一度人生を棚卸ししたいという方は、ぜひ本作を手に取り、本を通じた自分と向き合う旅を楽しんでほしい。

文=宿木雪