撤去されていた!東新町のシンボル「コルネの泉」 理由は?【徳島】
徳島市・東新町商店街のシンボルで、待ち合わせ場所などとしても親しまれてきた「コルネの泉」が撤去されていたことが分かりました。
(東新町1丁目商店街振興組合・福田典彦 理事長)
「この今、白くなっているところ、ここにコルネの広場っていうのがあったんですよ」
「これをこの前、撤去したんですよ」
かつて、東新町1丁目・2丁目商店街と籠屋町商店街の中心にあった「コルネの泉」。
(東新町1丁目商店街振興組合・福田典彦 理事長)
「子ども達は遊ぶし、カラオケ大会にやったし、結婚式もやりましたしやね」
「コルネの泉」は、商店街のシンボルにしようと1983年に作られました。
当初は水が流れ落ちる大きなモニュメントもありました。
商店街を丸ごとウェディングロードにして行われた結婚式では、永遠の愛を誓う祭壇として使われたり、1985年に阪神タイガースが日本一に輝いた際には、泉の上でくす玉が割られたり、日本酒が振舞われたりと、あたりはお祭り騒ぎ。
その後、水の流れるモニュメントが撤去され、土台の部分だけが残りました。
近年はこの土台部分をステージとして、「eスポーツ」のイベントが開かれるなど、コルネの泉は常に人々の中心にありました。
なぜ、コルネの泉は撤去されてしまったのか。
ここが徳島市道であることが、要因の一つだと言います。
(東新町1丁目商店街振興組合・福田典彦 理事長)
「近くで火事がいった時があって、その時、救急車が入って来て、これがあるから回れないと」
「これがもし、はしご車になれば、ほんとに通れませんよと」
また、完成から40年以上が経ち老朽化も…。
(東新町1丁目商店街振興組合・福田典彦 理事長)
「ガラスで出来ていたものなので、下の土台もガラスなんですよね」
「いつかは壊れるというのは気をつけてくださいよ」
このほか、最近、ゴミが捨てられるようになったことも理由の一つだということです。
(通行人)
「このあたり、阿波踊りとか見にきよったんでよ。寂しくなったなと」
一方、コルネの泉がなくなったことで、新たな可能性も。
(漆器蔵 いちかわ・市川貴子 代表)
「もっと、イベントがしやすくなる為にフラットにすると聞いた。少し希望を持ったり楽しみにしています」
(東新町1丁目商店街振興組合・福田典彦 理事長)
「可動式のステージになるんですけどね。いくらでも伸ばすことが可能」
「思ったより強度がある、畳んでしまえば小さくなりますんで、倉庫にしまっておいて、イベントの時に引っ張り出してくる」
「イベントとしては、同じことが十分できる。」
この場所では、今後もこれまで通りクリスマスの飾りつけや、イベントなどを継続するということです。
しかし…。
今後、私たちはこの場所を、一体何と呼んだら良いのでしょうか…。
