周囲を萎縮させて思い通りにコントロールする…職場で不機嫌をまき散らす「フキハラ上司」の本当の目的
■「フキハラ上司」は業務効率を下げる
フキハラ=不機嫌ハラスメントとは、不機嫌な態度を周りに示し、相手を不安な気持ちにさせるなどの心理的プレッシャーを与える行為を指します。
まず、職場で起こる典型的なフキハラを見てみましょう。
私がよく耳にするのは、上司がいつも不機嫌をまき散らしているケースです。腕組みをして、眉間にしわを寄せて部下の話を聞き、時々大きなため息をつく。指先で机をトントン叩いてイライラした様子を見せる。こうした態度は、周りに威圧感を与えますし、周りにいる部下は、「自分が何か悪いことをしたのではないか」「ミスをしたのではないか」と不安感や恐怖心を抱きます。
上司がこういった不機嫌な様子だと、部下は報連相をしにくくなります。何か報告しても「それでいいんじゃないの?」など含みのある返答をされたり、「もう、それでいいよ」とトゲのある言い方で返してきたりするので、部下の側は不安な気持ちになってしまいます。このため部下の側は、困ったことや不安なことがあっても気軽に相談できなくなり、コミュニケーションが滞る原因にもなります。当然ながら仕事が滞り、部内の業務効率も下がっていきます。
まわりはびくびくしながら仕事をすることになるので、自信を失ったり、集中力を欠いたりするようになり、メンタルヘルスの悪化につながります。
■被害の深刻さが伝わりにくい
フキハラは、パワハラやセクハラとは違い、会社にハラスメントを訴えたりしにくい面があります。誰かに「話の最中に大きなため息をつく」「いつもイライラしている」「トゲのある返事をする」と相談しても、怒鳴られたり暴力を振るわれたりしたわけではないので、その行為の一つひとつはあまり深刻な問題だと受け止められにくく、「考えすぎじゃない?」「上司も忙しくて疲れているんだよ」などと言われて終わりになってしまいます。結局、被害を受けた側の部下は、孤立感を募らせていきます。
私も産業医として、フキハラの被害について相談を受けることがあります。「誰かに相談しましたか?」と聞くと、誰にも相談したことがないと言う人が多いです。明確なパワハラでないだけに、どこに訴えればいいかわからないようです。
■周りを委縮させ、自分の思い通りにしたい
そもそもフキハラ上司は、なぜフキハラをするのでしょうか。
おそらく、フキハラによる成功体験があるからだと考えられます。これまで、「不機嫌な態度を示しながらコミュニケーションすると、相手が自分の思い通りに行動する」という経験があるために、それを成功体験として学んでしまっているのでしょう。不安感や恐怖心を与えて萎縮させることで、相手を自分の思い通りに動かそうとしています。それは、意識的ではなく、無意識に行っていることも多いでしょう。不機嫌な態度を示して場をコントロールすることに、味を占めているともいえます。こうした関係性の中でしか意思疎通ができなくなっているのです。
フキハラは、表面にあらわれる行動はパワハラとは異なっているかもしれませんが、不安感や恐怖心を抱かせ萎縮させることで相手をコントロールしようとしている点では、パワハラとよく似ています。フキハラ上司は、パワハラ予備軍だともいえます。
こうしたコミュニケーションは決して健全とはいえません。業務効率を下げるだけでなく、社員の育成を妨げますし、メンタルヘルスにも悪影響があります。会社の風土の悪化につながりますし、フキハラ上司の存在が、部下の離職の原因になることもあります。会社としても組織運営上、放置しておいていいものではありません。介入し、フキハラをしている当事者には、改めるよう伝えるべきですし、日ごろから、部下からのフィードバックを取り入れる評価制度にしたり、フキハラの疑いがある上司には、適切なコミュニケーションに関する研修を受けさせるといったことも必要でしょう。
■接点を減らし、やりとりはテキストに
先ほどもお話ししたように、深刻さが伝わりにくい面があるため、必ずしも被害について1回訴えるだけで会社が丁寧に対応してくれるかはわかりません。できればほかの被害者と協力するなどして、上司の上司や、人事担当部署などの信頼できる窓口に相談してほしいと思います。
しかし、会社が対応してくれない場合は、フキハラ上司からどうやって自分を守ればいいのでしょうか。
まずは、できるだけ直接やり取りする接点を減らすことです。コミュニケーションは、できるだけメールやチャットなど、テキストベースのもので行うようにします。それでも「はい」「どうぞ」といった一言で終わりの答えを返してくるなど、冷たい返事がくるかもしれませんが、目の前でため息をつかれたり、イライラした様子を見せられるよりはましです。できれば他の人をccに入れるようにするといいでしょう。テキストだと記録が残るので、会社に相談するときにも証拠として使えます。
■“フキハラ夫”と旅行に行きたくない
フキハラが起きるのは職場だけではありません。
家庭の中でも、フキハラは起こります。先日も、ある女性から「旅行に行くと、『道路が渋滞している』『行きたいお店が混んでいて、並んで待たなくてはならない』『暑い』『疲れた』といったことで、夫がすぐに不機嫌になるんです。だから、子どもたちも私も、夫と一緒に旅行に行くのが憂鬱なんです」という話を聞きました。
家族の誰かが不機嫌だと、家の中に緊張感が漂います。周りは威圧感や不安感を持ち、萎縮して顔色をうかがいながら行動するようになるので、職場のフキハラと同じような状況に陥ります。それでメンタルヘルスに不調をきたし、病院に来られる人もいます。
家族の場合、会社と違って異動もありませんし、上司の上司や人事担当部署のような相談先がありません。また、誰かに相談したとしても、さらに深刻さが伝わりにくいでしょう。逃げ場がないように感じられて、一層悩みを深めているケースも少なくありません。
特に、家庭内はパワーバランスが固定しやすいので、「不機嫌な態度をとるのはやめてほしい」と相手に注意することすら難しくなっていることもあります。できるだけ状況が深刻化する前の段階で対処した方がいいでしょう。
■“Iメッセージ”でつらさを伝える
フキハラをしている人は、自分がフキハラをしていることに気付いていないことが大半です。ですから、まずは自分がいやな思いをしていることを、素直に相手に伝えることが必要です。
その際は、自分がどう感じているか、いかに苦しい思いをしているかを、自分を主語にした「I(アイ)メッセージ」で伝えるようにします。「私は、あなたが黙り込んで不機嫌な様子をしていると、『私が何か悪いことをしたんだろうか』と不安になってつらい」「私は、話しかけたときにあなたに無視されると、とても悲しい気持ちになる」などです。
「あなたのこういうところがダメ」「あなたの行動は子どものためによくない」など、自分以外を主語にした伝え方だと、上から目線に聞こえますし、相手の行動を一方的に批判して責めているように受け取られて、相手を怒らせたり反発させることになります。
メールやチャットだと、話したときの相手の表情がわからず、ニュアンスも伝わりにくいので、膝を突き合わせて直接話すようにします。最初はなかなかこちらの意図や深刻さが伝わらないかもしれませんが、フキハラを受けるたびに何度も繰り返して伝えます。
フキハラは、「不機嫌になることで相手をコントロールできた」という成功体験があると、さらにフキハラを繰り返すようになります。できるだけ成功体験を作らせないようにしてください。
■相手のいないところで自分の時間を充実させる
何度伝えても改善しない場合は、接点を減らし、少しずつ距離を取るしかありません。コミュニケーションは、なるべくメールやSNSなどを使い、一緒に行動することもできるだけ減らします。どうしても一緒に出かけなければいけない場合は、短時間に留めるようにします。
確かに夫婦円満は理想です。でも、その形に執着して、自分ばかりが我慢して傷つく必要はないと思います。
残念ながら、相手を変えようとするのはエネルギーの無駄に終わることが多いです。相手を変えることに力を注ぐのではなく、相手のいないところで自分の幸せな時間を増やしてください。新しい趣味を見つけてもいいし、友達に愚痴を言うのもいいでしょう。精神科やカウンセリングなども活用し、くれぐれも自分一人で悩みを抱え込み、自分を追い詰めないようにしてほしいと思います。
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井上 智介(いのうえ・ともすけ)
産業医・精神科医
産業医・精神科医・健診医として活動中。産業医としては毎月30社以上を訪問し、精神科医としては外来でうつ病をはじめとする精神疾患の治療にあたっている。ブログやTwitterでも積極的に情報発信している。「プレジデントオンライン」で連載中。
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(産業医・精神科医 井上 智介 構成=池田純子)