10月1日、石破茂内閣が発足した。新内閣はどのような政策を打ち出すべきなのか。早稲田大学公共政策研究所の渡瀬裕哉さんは「中国の脅威が高まっている中で、防衛力の強化が必要だ。平時においてもサイバー空間では激しい攻撃が行われており、ソフト面から『3つの防衛強化策』を提言したい」という――。
内閣発足にあたっての記者会見を行う石破茂首相(2024年10月1日)(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

■2023年、航空自衛隊の「緊急発進」は669回

石破内閣の政権中枢の顔ぶれは防衛省関係者で固められている。首相官邸の政務秘書官には、元防衛省審議官、防衛分野に強い政策秘書を配置。官房長官、外務大臣、防衛大臣に防衛大臣経験者を配置している。そして、石破茂首相自身が「軍事オタク」として知られており、防衛政策のアセットに関する個別の施策に関心が高いとされる。

日本を取り巻く安全保障環境をめぐっては、中国の軍事力による脅威が高まっている。実際、中国軍による領空侵犯が相次いでおり、2023年に航空自衛隊の戦闘機が行った緊急発進は669回にもおよぶ。また、今月14日には中国軍が台湾周辺で大規模な軍事演習を行っており、台湾有事を念頭に置いた備えは喫緊の課題である。

中国による軍事侵攻を想定した場合、ミサイルディフェンスのような直接的な防衛装備等を揃えることは当然のことだ。しかし、中国との戦いは、平時においてもサイバー空間で活発に行われている。中国は「常在戦場」の発想に基づく超限戦を徹底している国である。ハッキングによって情報を窃盗・破壊することはもちろん、社会を混乱させる偽情報を流す手法を積極的に用いることに何らためらいはない。そのため、中国からのサイバー攻撃に対抗するためのソフトインフラの強化は目下の急務だと言える。

■石破「軍事オタク」政権に提言したい“3大ポイント”

また、根本的には、中国の軍事力は改革開放を通じた経済成長の結果であることに鑑み、日本の減税・規制廃止によって経済成長による税収増を実現することが必要だ。また、人民解放軍に蔓延するような腐敗を未然に防止するため、防衛費の使途に関する監視を強化することも重要である。せっかく増額した防衛費が無駄な支出に投下された日には目も当てられない。

そのため、本稿では石破政権が今すぐ採用することができる現実的な「3つの防衛強化策」を以下のように提言したい。

第一に、統合的なサイバーディフェンス体制の強化だ。政府は令和4年度に公表された「国家安全保障戦略」において下記のように日本を取り巻く環境を認識している。

「サイバー空間、海洋、宇宙空間、電磁波領域等において、自由なアクセスやその活用を妨げるリスクが深刻化している。特に、相対的に露見するリスクが低く、攻撃者側が優位にあるサイバー攻撃の脅威は急速に高まっている。サイバー攻撃による重要インフラの機能停止や破壊、他国の選挙への干渉、身代金の要求、機微情報の窃取等は、国家を背景とした形でも平素から行われている」

「具体的には、まずは、最新のサイバー脅威に常に対応できるようにするため、政府機関のシステムを常時評価し、政府機関等の脅威対策やシステムの脆弱性等を随時是正するための仕組みを構築する。その一環として、サイバーセキュリティに関する世界最先端の概念・技術等を常に積極的に活用する」

■米国政府が導入している「24時間監視体制」

その後、政府は「令和5年度政府機関等のサイバーセキュリティ対策のための統一基準群」を改訂し、政府全体でのサイバーセキュリティ対策を進める強化を進めている。

しかし、予算・人材の観点から同分野の改革を一朝一夕に進めることは難しい。そのため、上記の戦略にもあるように、世界最先端の民間企業の仕組みを効率的かつ積極的に活用していくことが望まれる。

たとえば、サイバーセキュリティ先進国であるアメリカでは、2012年からリアルタイムセキュリティ監視を政府に義務化し、情報セキュリティ会社のSplunk社が提供するセキュリティープラットフォームシステムを導入している。同社のシステムは米国政府の全端末を24時間監視し、そのセキュリティ脅威度合いを判別。発生するインシデントに応じて最適な対処法を提案する役割を果たしている。

■SNS上で拡散される「ニセ情報」の正体

米国が同セキュリティ対策を開始した際、無数に存在する個々バラバラのセキュリティサーバーの管理という膨大作業に人力で対応していた。そのため、煩雑な状況下でセキュリティホールの把握・対処に抜け・漏れが生じ、各種サーバを統合的に分析しなければ発見できない高度なサイバー攻撃におくれをとる事態が頻発していた。Splunkのシステムは統合したプラットフォームとして管理することで、米国の情報セキュリティシステムを劇的に改善したという。

日本のサイバーセキュリティ体制は米国と比べればはるかに後発組である。特に日本のサイバーセキュリティに関する分野の人材不足は深刻だ。そのため、米政府が克服してきた課題を学習し、効率良くセキュリティ体制を構築することは重要である。特に日本は省庁の「縦割り体制の打破」を意識した形での改革が求められる。

第二に、認知戦への対応力を強化することを求めたい。近年、外国が影響力工作のために、さまざまな偽情報をSNS上などで流布する傾向が強まっている。上述の国家安全保障戦略でも下記のように指摘されている。

「偽情報等の拡散を含め、認知領域における情報戦への対応能力を強化する。その観点から、外国による偽情報等に関する情報の集約・分析、対外発信の強化、政府外の機関との連携の強化等のための新たな体制を政府内に整備する。さらに、戦略的コミュニケーションを関係省庁の連携を図った形で積極的に実施する」

■日経新聞が報じた「衝撃的なスクープ」

偽情報による影響力工作は日本も当然に無縁ではなく、10月3日の日本経済新聞で衝撃的なスクープが報じられた。具体的には、「沖縄独立」を煽る偽情報をバラまく中国の情報工作アカウントが見つかったというものだ。

記事によると、「琉球属于中国,琉球群島不属于日本!」(琉球は中国に属し、日本に属してはいない!)「根据波茨坦宣言,琉球是中国領土!」(ポツダム宣言によると、琉球は中国の領土だ!)といった中国語付きの動画が、2023年からSNS上で拡散され続けているという。同動画では、東京・渋谷の街を歩くデモの様子を「沖縄独立デモ」だと紹介。デモは沖縄の住民によるものだと説明しているが、実際には米軍基地に反対するデモなどの動画をつなぎ合わせたものである。

こうした投稿について、イスラエルのSNS解析企業サイアブラが提供するAIツールを用いて日経新聞が分析したところ、「沖縄独立」の偽動画を転載(コメント付きの投稿)した全431アカウントのうち半数にあたる約200が「工作アカウント」だったと判明したという。

写真=iStock.com/O_P_C
約200の中国工作アカウントが「沖縄独立」を煽る偽投稿を拡散していた ※写真はイメージです - 写真=iStock.com/O_P_C

■なぜ習近平は「中国と沖縄の関係」を強調するのか

背景には、習近平国家主席が昨年6月、中国と琉球王国時代の沖縄との深い結びつきを強調して言及したことがある。この発言以降、中国のネット上には「琉球は中国のものだった」とする言説が盛んに見られるようになった。

台湾問題をめぐる日本の関与を警戒する中国にとって、こうした情報工作には、沖縄を新たな「対日カード」にしたいという狙いが透けて見える。

また、2020年米国大統領選挙に影響を与えることを目的とした外国(ロシア、中国など)による情報工作はよく知られているが、日本でも当時はSNS上でさまざまな陰謀論が流布されていた。米国ではロシアに近いとされるジャーナリストのTwitter(当時)アカウント上に注意喚起が表示されることもあったが、日本のTwitter情報ではそのような対策は行われず、ほぼ野放し状態であった。

今後、衆議院議員選挙・参議院議員選挙などで、外国によって大規模な偽情報が流布される可能性は十分にある。また、沖縄・北海道などの特定の地域を対象としたプロパガンダには常に警戒すべきだ。原発に対する誤った風評被害やワクチンに関する陰謀論なども同様だ。そのため、日本政府は偽情報を常時監視する最先端のシステムを早急に導入・強化し、国民に対して注意喚起情報を与える体制を構築することが望ましい。

■中国の脅威が高まる中、「防衛費の増額」は必要だが…

第三に、防衛支出に対する第三者の監査体制を構築することを求めたい。国民の生命・財産を守ることは重要だ。したがって、筆者は中国の軍事力強化などの脅威が高まる中で防衛費を増額することについて賛同している。

石破首相は防衛支出に関して施政方針演説で下記のように述べている。

「防衛力の最大の基盤は、自衛官です。いかに装備品を整備しようとも、防衛力を発揮するためには、人的基盤を強化することが不可欠です。日本の独立と平和を守る自衛官の生活・勤務環境や処遇の改善に向け、総理大臣を長とする関係閣僚会議を設置し、その在り方を早急に検討し成案を得るものといたします」

自衛官の待遇改善は古くから指摘されていたことであり、それらを改善することは非常に望ましい。自衛隊の役割拡充が求められる中、優れた人材を良い環境で育むことは必要最低限のことだ。

しかし、岸田政権下で決定された「防衛増税」は国民からの認知および支持が十分にあるわけではない。

防衛省が設置される防衛省庁舎A棟(左奥)と防衛省庁舎正門(手前)(写真=本屋/CC-BY-SA-3.0-migrated/Wikimedia Commons)

■防衛費バブルの「露骨なムダ遣い」は今すぐ見直すべき

実際、防衛省からの発注は予算増によって防衛費バブルのような状況が生まれており、中央調達の契約数が令和5年度は前年度5228件から7455件に増加している。発注量の増加によってHPでの情報公開がたびたび遅れて法令違反を指摘される状態となり、なおかつ同調達内容には露骨な無駄遣いと思われるものが次々と明らかになっている。

また、岸田政権下で自民党幹事長であった茂木敏充議員が防衛増税の必要性を否定したことも大きい。政策通である茂木氏が経済成長による税収増や政府資産の活用によって財源確保が可能と明言したことは防衛増税の必要性に疑問を投げかけるものだった。そのため、防衛増税を安易に肯定することは難しく、同増税の必要性を今一度精査することが求められる。

石破政権は防衛事業者による言い値の精査や技術の目利きを強化し、防衛支出に関して説明責任を強化することが必要だ。今後さらに防衛費が増大することが見込まれる中で、現状の予算の監査体制では国民からの承諾を得ることは困難となる。

以上のように、今回は石破内閣の軍事オタク的な性格からすぐに実行可能なソフト面での3つの政策提言を行った。日本の安全保障政策の具体化に資することになれば幸いである。

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渡瀬 裕哉(わたせ・ゆうや)
早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員
パシフィック・アライアンス総研所長。1981年東京都生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。著書に『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎)などがある。
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(早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員 渡瀬 裕哉)