フィアットが「500e」に続くEV(電気自動車)「600e」を日本でも発売した。車名に使われた600という数字は車格が500eよりひとクラス上ということを示しているが、それ以外にも意味がある。発表会にイタリアから駆けつけたデザイナーの話をもとに、デザインの特徴を解説していこう。

フィアットの新型EV「600e」

600という数字に込められた意味

「600e」(セイチェント・イー)は500+100の車名から想像できるとおり、同ブランド初のEV「500e」(チンクエチェント・イー)よりひとまわり大柄だ。欧州でのクラス分けは500eがAセグメント、600eがBセグメントになる。





左が「600e」、右が「500e」。写真の500eは屋根が開く「OPEN」というグレード(570万円)で、ボディサイズは全長3,630mm、全幅1,685mm、全高1,530mmだ

いま日本で買えるフィアットで言えば、600eの車格は1.3リッター直列4気筒ターボエンジンを積んだ「500X」に近い。ボディサイズは全長4,200mm、全幅1,780mm、全高1,595mmで、長さは95mm、幅と高さは15mmずつ500Xより小柄になっている。

こちらが「500X」

2ボックス5ドアで車高がやや高いクロスオーバースタイルであることも500Xと共通だ。車名でこそアピールしていないが、600e発表会の説明では「SUV」という言葉も聞かれた。

ではなぜ、「500xe」などではなく「600e」という車名を起用したのか。最大の理由は500同様、600という車種も昔のフィアットにあったからだ。

1955年に発表となった初代「600」は、フィアット初のリアエンジン車でもあった。リアエンジンとすることで、コンパクトなボディながら大人4人が乗れるキャビンを実現していた。

ところがいざ発売してみると、もっと小さくて経済的なクルマを求める声があがった。そこで、エンジンを4気筒から2気筒に換え、小柄なボディを与えて送り出した。これが500で、結果的にはこちらが世界的に人気となったのである。

そこでフィアットは600eを、初代600をオマージュしつつ、500eとのつながりも持たせた車種とした。インポーターのステランティスジャパンだけでなく、イタリアから来日したフィアットブランドのチーフデザイナー、フランソワ・ルボワンヌ氏もそう語っていた。







「600e」の価格は585万円。フル充電での航続可能距離は493km(WLTCモード)

500/500eとは明らかに違うプロポーション

ルボワンヌ氏はデザインについて「初代600から受け継いだ部分がある」と紹介した。600eだけでなく500eも手がけた同氏が示したのは、昔の500と600、現在の500eと600eの4台のサイドのシルエットだ。

フランソワ・ルボワンヌ氏が示したスライド。4台のシルエットの脇には「アイコニック・タイムレス・プロポーション」と書かれている

昔の600は500よりノーズが長く、フードは水平に近かった。リアは500に比べると膨らみがあり、フロントだけでなくリアのオーバーハングも長い。これらの特徴がそのまま、500eと比べたときの600eの特徴にもなっている。

600eは500e同様、フロントにモーターを積む前輪駆動で、リアエンジンだった昔の600/500とはメカニズムがまるで異なる。それでもルボワンヌ氏は、プロポーションを継承することにこだわった。

どこをどうすればフィアットらしく見えるかをしっかり理解しているし、それをわかりやすく私たちに伝えるプレゼンテーションの力にも感心した。

とはいえ、昔とは違う部分もある。ドアが2枚から4枚になったことは目立つが、これはクーペであっても4ドアや5ドアが多くなった最近の流れを見れば当然でもある。ルボワンヌ氏はその点には触れず、違う部分を紹介した。昔の2台だけでなく、500eと比べてもウエッジシェイプを強めていることだ。

これについて同氏は、よりスポーティーに見せるためだと説明していた。500eでは水平だったドア下部のキャラクターラインも、少しせり上がっている。

ディテールではリアゲートのハンドル部分が初代からのフィードバックだと語っていたが、フロントマスクはむしろ500eに近い。

初代からのフィードバックと「500e」との関連性が同居する「600e」のデザイン

これについてはインポーターから、当初は500eのサイズアップ版として開発を始めたものの、途中で新しいプラットフォームを使うことにしたという経緯が紹介された。さらにルボワンヌ氏は、初代600はイタリア以外では知られていないので復刻版とは位置付けず、500eに寄せつつ、スペースを確保するデザインにしたと明かした。

確かに、NHKのバラエティ番組のキャラクター「チコちゃん」を思わせる独特のヘッドランプはそのままだ。ただし、500eでは離れていたサイドのウインカーを、まつ毛のようにヘッドランプから連続させており、ちょっとお姉さん顔になっている。

「チコちゃん」を思わせる独特なデザインのヘッドランプ

500eではアンダーグリルに取り入れていた未来的なパターンを、アルミホイールやリアコンビランプにも取り入れていることも600eの特徴だ。実車を見ると、とりわけホイールのモダンな造形が効いていると思った。





未来的なパターンが入るアルミホイールとリアコンビランプ

EVにもドルチェヴィータを!

日本で販売するグレードは、まずは「La Prima」(ラ・プリマ)の1種類。ボディカラーは3色を用意する。「ホワイト」以外の2つの色名は「サンセットオレンジ」と「スカイブルー」で、本国にある他の色を含めて、イタリアの風土をヒントにしたという説明があった。

こちらは「スカイブルー」の「600e」

インテリアは円形のメーター、2本スポークのステアリングなどを初代600からフィードバックしたとのアナウンスがあった。ただ、これらのディテールは500eにも受け継がれている。センターに角型のディスプレイを置き、シフトレバーはなく、ディスプレイ下のボタンで前進や後退を選ぶ方式も500eと同じだ。







「600e」のインテリア

シートは2トーンで、これも初代600で採用していたコーディネートだ。ステッチやロゴのライトブルーも目立つ。イタリア車らしいしEVらしくもある、絶妙なアクセントだ。





「600e」のシート

500eとの違いとしては、乗車定員が4名から5名になったことがある。荷室が広いこともアピールポイントのひとつで、500や500eはもちろん、500Xをも上回る360リッターをマークしている。

「600e」の荷室

発表会でルボワンヌ氏が何度か口にしたフレーズに「ドルチェヴィータ」があった。直訳すれば「甘い生活」だ。EVであっても、ライバルとは違うクルマにしたいという思いのこもった言葉である。その結果として選んだのが、初代600が備えていた優しい丸みだったようだ。

日本ではBセグメントのEVが増えてきて、競争が激しくなりつつある。最近は韓国や中国の車種も日本に参入してきている。そんな中でも600eは、多くの人がひと目でイタリアのフィアットだと識別できるデザインになっている。

一方で、充電環境などが理由でEVには手を出せないという人のためには、本国では発売済みのマイルドハイブリッド仕様を2025年にも追加予定だという。5ドア5人乗りという使い勝手の良さを含めて考えれば、600/600eは500/500eに匹敵する人気を得るかもしれない。

森口将之 1962年東京都出身。早稲田大学教育学部を卒業後、出版社編集部を経て、1993年にフリーランス・ジャーナリストとして独立。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。グッドデザイン賞審査委員を務める。著書に『これから始まる自動運転 社会はどうなる!?』『MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略』など。 この著者の記事一覧はこちら