売掛金の支払いと引き換えに佳代さんが受け取った領収書の一部。印紙もなければ日付もめちゃくちゃな杜撰なもの(加工は編集部)

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「悪質ホスト」問題を受けて売掛金(ツケ払い)制度を撤廃するなど、歌舞伎町のホストクラブ業界では“自浄”の動きが始まっているかのように見える。だが街を変えて営業を続ける店も現れはじめ、まだまだ問題の根は深そうだ。今回取材した八雲佳代さん(仮名、以下同)は、いわば“被害者家族”。「ホスト業界は悪いことと知って今も営業を続けている」と憤る。

 佳代さんは、開業医のかたわら、一般社団法人「青母連」を通じ、青少年を守る活動を行っている。きっかけは娘の彩菜さんがホストクラブの“沼”にハマったことだった(前後編の後編)。

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【画像】悲痛な胸中を語った母の佳代さんと、娘を陥れたホストの「ハルト」 ほか

 娘の売掛金およそ約1200万円を肩代わりしたことで、彩菜さんのホスト狂いは収まったかに見えた。しかしその後、実家にあったおよそ600万円を持ち出し、彩菜さんは姿を消してしまった。

売掛金の支払いと引き換えに佳代さんが受け取った領収書の一部。印紙もなければ日付もめちゃくちゃな杜撰なもの(加工は編集部)

 ネット上には、彩菜さんがハマったハルトをインタビューした記事が残っている。俳優の柄本佑に似た青年だ。“1000万円超プレーヤー”であることがしきりに喧伝されているが、これが本当であれば、佳代さんが払った1200万円、そして彩菜さんが持ち出した600万円が、その原資だろう。

「娘が泥棒になってしまった…」と、2022年の6月頃に発覚したこの出来事を語るときが、もっとも佳代さんは辛そうに見えた。親子の縁を切ることも考えたが、前回の失踪時の憔悴ぶりを思い出し、踏ん切りがつかなかったという。

娘とハルトの関係に変化が

 そのまま数カ月が経ち、夏を迎える頃になると、“既読スルー”するばかりだった彩菜さんから、5回に1回は返事が返ってくるようになった。内容は「今日も暑いね」という佳代さんに「そうだね」と応じてくるたわいないもの。今どこで何をしているのかなどは、あえて尋ねなかったそうだ。

「9月頃でしょうか。とつぜん娘から『ハルトが店で倒れた』と連絡があったんです。パニック障害を起こしたという説明で、店で倒れたこともあったそう。案の定、彩菜は彼と一緒に暮らしていたのですが、もうホストを続けられなくなって、引きこもり状態になっている、というんです。あとでわかったんですが、ハルトはホストには向いていない、気の弱い子だった」

 ふたたび彩菜さんと連絡を取るようになった頃には、ハルトは精神を病み、彩菜さんのヒモのような状態になっていたそうだ。

「モラハラ的な言動も受けていたようで、彩菜としても嫌気がさしたのでしょう。頻繁に喧嘩をするようになり、別れたいと友人にも相談してみたい。結果、娘は向こうの家を出て行ったのですが、今度はハルトがストーカー化してしまったんです」

 すると奇妙なことに、佳代さんの携帯に、ハルトからの“相談”が送られてくるようになったという。

「娘さんが別れたいというんです」

「前に店に行ったときに連絡先は交換していました。ハルトからは頻繁に『娘さんが別れたいというんです』『ストーカー呼ばわりされ、別れるくらいなら死んだ方がマシです』といったメッセージが来ました。 さらには嘘か本当か身の上話も聞かされて『自分は秋田の出身で、赤ん坊のときに母親に捨てられて、父と祖母にネグレクトされて育った』と。私としてもだんだん気の毒になってしまって。彩菜に出ていかれ仕事もしていない状態でしたが、お金の無心は一切してこないところに、変に好感を抱いてしまったりして」

 ちなみに「秋田出身」という情報は、前述したハルトのインタビューの記述とも一致する。そこでは実家は「農家」だと明かしている。

「彩菜と暮らしていた家は家賃が払えないのだが、犬と猫を飼っていて、なかなか次の家を見つけることもできないと言うんです。なので、彼が飼っていた2匹を我が家で預かり、その間に家を探すよう伝えました。犬はシルバーダップルのダックスフンド。これがまあ躾のなっていない犬で……。猫は日本猫とチンチラのミックスで『お客さんの女の子が飼っていた猫が産んだのをもらった』とハルトは説明していました」

警察を巻き込んだ急展開に…

 ところが、ハルトはまったく家探しをしようとはしなかった。一方で彩菜さんへの付きまとい行為は続けており、とうとう接近禁止命令が下されるまでになった。佳代さんによると「ハルトは、彩菜の母親である私にも近づいてはいけないことになった」そうだ。そして2023年を迎え、事態は大きく動いた。

「いつまでたっても犬猫を返せないので、ハルトの家がある所轄の警察署へ、彩菜と一緒に相談に行ったんです。警察官に事情を説明して。そうしたら、彩菜のスマホでハルトとのやりとりをみていた方が『逮捕だ』と。殺害予告みたいなメッセージをハルトは娘に送っていたみたいなのです。ちょうど1月に博多でホステスさんが刺されて亡くなった『ストーカー殺人』が起き、似た事例として警察としても放っておけなかったようです」

 佳代さんも予期していなかった警察の働きにより、ハルトは、3週間勾留され、罰金30万円が課せられた。釈放の折には佳代さんも犬猫と共に日比谷の検察庁まで出向いたが、彼の前には顔を出さず、弁護士を通じて2匹を返却したそうだ。

「ハルトとはもうそれきりで、秋田の実家に帰ったと噂で聞きました。わが家から大金を失うきっかけを作り、娘も傷つけた男ですが、心底憎いとは、今も思えないんですよね。ダメな奴だと思いながら、結果的に私も彩菜もなんとかしようと動いてしまったわけで、そういう意味ではホストの“才能”があると言えるのかもしれませんが」

ホストに狂った娘、鬱になってしまった父

 一連のハルトの振る舞いにより、彩菜さんの目は完全に覚めたという。繁華街のきらめきが忘れられなかったのか、一時は銀座でホステスをしていたものの、いまは昼の仕事に就き、ひとり暮らしをしている。心配はないのだろうか。

「本人もホスト狂いの時期を振り返って『あの時はごめんなさい』と言っていますし、夜にうなされて目がさめることもある、と言っています。今度は信用してもいいかな、と思っているのですが」

“私がぼんやり生きていて世間知らずだったのも悪かったのかも”と今回の件を振り返る佳代さんだが、こんな怒りも口にする。

「最初はうちの娘がバカなばっかりに引っかかったと思っていましたが、『青母連』の活動を通して、ホスト業界がシステム的に若い女の子たちを引きずりこんでいることもわかってきました。別にホストクラブそのものは否定しませんが、若い子に数百万円の借金を負わせて、支払わせるレールに乗せて、なんとも思わないのかな、と。自分の娘が同じ目に遭ったらどう感じるんでしょうか 」

 佳代さんの参加する青母連では、娘がホストにハマった家族たちが定期的に集まり、語り合う機会を設けている。大学生の娘がホスト通いのために身体を売っていたことを知り、鬱になってしまった父親などもいる。我が子のホス狂いに胸を痛める親たちは、日本に多くいるのだ。

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【前編】では、彩菜さんから巨額の売掛金の存在を打ち明けられた際の衝撃と共に、本件のきっかけを報じている。

酒井あゆみ(さかい・あゆみ)
福島県生まれ。上京後、18歳で夜職を始め、様々な業種を経験。23歳で引退し、作家に。近著に『東京女子サバイバル・ライフ 大不況を生き延びる女たち』(コスミック出版)。主な著作に『売る男、買う女』(新潮社)など。X @sakai _ayumi333

デイリー新潮編集部