「米国株は大幅に下落、日本株も追随」となるのか
アメリカの重要経済指標に減速感が目立ってきた。今後は米国株が大幅下落、日本株もお付き合い、ということになってしまうのだろうか(写真:ブルームバーグ)
8月5日の歴史的な暴落後、日経平均株価は回復基調をたどり、同月末には7月19日以来の4万円台もうっすらと視界に入った。
しかしながら、9月3日に発表されたアメリカのISM製造業景況指数、翌4日の同JOLTS統計(Job Openings and Labor Turnover Survey、雇用動態調査)がいずれも弱い結果となったことから、金融市場では同国の景気後退懸念がぶり返し、日経平均株価の回復基調は一服、4万円回復もいったん視界から消えた。
今回はアメリカ経済の現状を整理したうえで、FRB(連邦準備制度理事会)の金融政策を占い、日米株価の行方を展望していく。
アメリカの景気減速を意識せざるをえない重要指標とは
まず、9月5日時点におけるFRBの金融政策見通しを確認すると、現在5.25〜5.50%とされているFF(フェデラル・ファンド)金利は、年内1%超の利下げが織り込まれており、2026年央までに3%を割るとの予想になっている。
筆者は、こうした景気後退を前提にしたかのような激しい利下げ予想に違和感を禁じえないが、金融市場でFRBの果敢な利下げが織り込まれているのは事実である。ではなぜ、そのような景気に対する悲観的な見方が支配的になったのだろうか。
その要因として大きいのは、8月初旬に同国の景気後退懸念を喚起したISM製造業景況指数だろう。9月3日に発表された8月の数値も47.2と、衝撃的な弱さだった7月の46.8から緩慢な改善にとどまり、市場予想の47.5にも届かなかった。
同指数を構成する重要な5つの項目に目を向けると、生産(45.9→44.8)と新規受注(47.4→44.6)が共に低下、雇用(43.4→46.0)は改善したものの、サプライヤー納期(52.6→50.5)は短縮化し、在庫(44.5→50.3)は積み上がった。50を下回る生産と新規受注、50を上回る在庫という組み合わせは需要の弱さを浮き彫りにしており、景気減速を意識せざるをえない数値だ。
それに加えて、向こう3カ月程度の先行きを読むうえで有用な新規受注・在庫バランスが38.7へと急落し、20カ月ぶりの低水準に落ち込んだことも重要。筆者は7月の46.8という数値は何らかの特殊要因で弱さが誇張されていたと判断していたが、新規受注・在庫バランスの悪化を伴い、2カ月連続で弱さが示されたことに鑑みれば、一過性のものではなかったと読み替えるのが妥当に思える。
製造業の苦境を映じたのはISM製造業景況指数だけではなく、類似指標の製造業PMI(S&P Globalが公表する購買担当者景況指数)も同様であった。PMIは47.9となり、過去2カ月で大幅に水準を切り下げ、しかも新規受注・在庫バランスの急低下を伴った。
PMI算出に用いられる5つの項目は、生産(50.5→48.2)が50を割り込み、新規受注(47.7→46.3)は一段と低下、雇用(51.6→49.2)も50を割れ、サプライヤー納期(50.1→48.6)は短縮、中間財投入を意味する購買品在庫(48.7→48.2)は微減であった。
このように、ISM製造業景況指数と同様、新規受注の弱さが懸念される。サービス業PMIが55.2と強さを維持していることに鑑みると、必ずしも内需の弱さが背景にあるわけではなさそうだが、11月5日の大統領選挙を控えた不透明感などから生産・投資活動が抑制されている可能性が指摘できる。
現在のS&P500種指数はかなり割高?
ISM製造業景況指数や製造業PMIといった製造業サーベイは、長期的に株価との連動性が強い。そこでS&P500種指数(前年比)とISM製造業景況指数を同じグラフに描いてみると、過去は基本的に連動していた。だが、直近1年程度は強い株価と弱いISMと言った具合に、明らかな違和感が認められている。
もしISM製造業が「絶対的に正しい」という前提を置くならば、現在のS&P500種指数は(ひいき目にみても)前年比伸び率がゼロ近傍、すなわち4300〜4500ポイント程度の水準にあるはずであり、現行水準から25%程度の下落余地がある。
現在の株価は「マグニフィセントセブン」と呼ばれる時価総額の大きい非製造業によって牽引されていることを踏まえ、時価総額の大きい銘柄の影響を受けない「均等ウェイト版S&P500」と比較しても、やはり違和感は残存する。どちらの尺度でみても現在の株価は、製造業サーベイと整合しない高い水準にあり、不気味さを禁じえない。
では、そもそもなぜ、株価は製造業指標の悪化を無視するかのような水準にあるのだろうか。ひとことで言えば、「景気後退は回避できるし、もし景気後退が懸念される状況になれば、FRBが大胆な利下げに踏み切るので株価下落は大したものにならない」という楽観があるだろう。
求人件数の下抜けが懸念される状況に
もっとも「景気後退は回避できる」という点については、やや警戒が必要な状況になってきた。8月23日のジャクソンホール・シンポジウムでジェローム・パウエルFRB議長は「労働市場の一段の冷え込みは望みも歓迎もしない」と発言したばかりだが、前出の9月4日発表の7月JOLTS求人統計は明らかにFRBが「見たくない」データであったと思われる。
7月の求人件数は767万件と市場予想(810万件)を明確に下振れたうえ、6月の数値も791万件へと27万件も下方修正された。水準そのものは新型コロナウイルスの感染爆発前よりも高いが、この間の人口増を踏まえれば、決して多いとは言えない。
同時にFRBが重視する失業者1人あたりの求人件数は1.07へと急低下した。この数値は2022年3月に2.0を超え、求職者が引く手あまたの状況にあることを示したが、移民流入数の増加などによって労働供給が正常化するなかで、2024年4月には発生前の水準である1.22に回帰していた。
1.07という数値は、危険水域というほどではないものの、企業の採用意欲が減衰していることは明白であり、このところの低下速度から判断すると下抜けが懸念される状況にある。求人件数の低下基調と失業者数の増加基調が続いていることを踏まえると、求人倍率は早晩1を下回る公算が大きい。
このように労働者優位の状況が崩れつつある姿は同国の民間調査会社であるコンファレンス・ボードが発表する消費者信頼感調査における雇用判断DIの低下と整合的であり、広範な指標で弱さが確認されている。これらから判断すると、現在4.3%で推移している失業率が今後上昇していく可能性を意識せざるをえない。
米国株下落なら、FRBが「株式市場を助けにくる」?
その場合、米国株は弱気相場に移行するのだろうか。そこで重要になってくるのは「もし景気後退が懸念される状況になれば、FRBが大胆な利下げに踏み切る」という前提。その点、現在、利下げにあたって最大の障壁であるインフレがおおむね沈静化していることは極めて重要な事実であろう。
2021年に高値を付けたナスダック総合指数がその後、2022年に30%近い下落を経験したのは、「景気が悪化しているのにインフレが邪魔をするので利下げができない」という、ある意味「詰んだ」状態であったことが大きい。
それに対して現在のFRBはいつでも動ける状態にあり、政策対応余地は豊富にある。仮に株価が大幅下落となれば、FRBが「株式市場を助けにくる」のではないか。筆者は日本株が、米国株の下落に付き合わされる展開になる可能性は現時点では低いと考えている。
(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)
(藤代 宏一 : 第一生命経済研究所 主席エコノミスト)