羊文学「Addiction」のMVの撮影秘話から見る「iPhoneで撮影するという選択肢」

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参考:【写真】iPhoneで撮影した羊文学の楽曲「Addiction」MVの裏側

●iPhoneがシネマカメラと並ぶ“選択肢”に

 ーー羊文学の楽曲「Addiction」のMVを、iPhoneで撮影することとなった経緯を教えてください。

 永澤:「Addiction」は日本語に訳すと“中毒”という意味なんですが、ボーカルの塩塚さんが学生の頃に携帯依存症だったことに発想を得て、携帯の画面の中に囚われているような画にしようと決めたのがスタートです。いろいろな案を出す中で、もっと突き詰めて「すべてiPhoneで撮ったらより良いMVになるだろう」と考えました。

 ーーこれまでスマートフォンのカメラを使用して作品作りをした経験はありますか?

 永澤:MV撮影でメインのカメラとして使ったのは、今回が初めてです。ライブ映像でiPhoneを使ったり、お客さんからスマホで撮影した映像をいただいたりしたことはありましたけど。

 菅井:僕もメインで使用するのは初めてです。撮影手法として、楽曲のコンセプトにぴたっとハマったなと感じています。

 鴨谷:僕はにしなの「bugs」のMV撮影で使ったことがあります。5台のiPhoneとカメラアプリ「Blackmagic Camera」で撮りました。そのときの映像が結構気に入っていて、また使いたいなと思っていました。

 ーー「Addiction」のMVにiPhoneが出てくるのは冒頭のみで、基本的には通常のMVのような見せ方となっていますが、どのような意図があるのでしょうか?

 永澤:最初に羊文学からもらっていたオーダーが、“演奏シーンをメインに撮ること”でしたからね。iPhoneでの撮影が決まったのは、そのあとです。とにかくかっこいい曲だったので、オルタナでかっこいい演奏シーンを作ろうと思っていました。そうすると必然的に楽器を鳴らす場面や、ボーカルの歌唱シーン、コーラスの画が多くなりました。

 ーー普通のカメラではなく、iPhoneで撮ることのメリットは、どんなところですか?

 菅井:いろんな人が撮影できることですね。それぞれのスタッフが、iPhoneで好きなように撮った素材を集めることができました。広いスタジオの中で、我々が置いたものではない、個々の視点での映像となったのが良かったなと思います。

 ーーカメラマンの目線から見ると、いかがでしょうか?

 鴨谷:菅井さんと同じく、今回は撮影時間が短かったので、1カメで撮るよりも素材を増やすことができたのは良い点でした。ギターにカメラを取り付けることができたのも、iPhoneだからこそだと思っています。楽器に取り付けるとなると、正直iPhoneでもギリギリではありましたが、一眼よりはコンパクトで軽いですから。

 ーー全体的にカメラがアーティストに近いと感じましたが、普通のカメラだと圧迫感がある中で、iPhoneだからこそより被写体に近づける、といったこともあるのでしょうか?

 永澤:シネマカメラよりも、iPhoneで撮られる方が身近ですからね。カメラの距離で言えば、先ほど話したように、演奏シーンにフォーカスしたかったことも大きいです。

 ーー時間の制約もあった中で、みなさんがそれぞれ苦労された点を教えてください。

 菅井:僕の視点から言えば、コストの面が一番大きいです。ただ、コストのことだけを考えてiPhoneでの撮影にしたのではなく、あくまでもMVのコンセプトとしてiPhoneを使っていることが見ていて伝わる作品となったので、良かったなと思っています。

 ーーiPhoneで撮るからこその大変さはありましたか?

 鴨谷:ほとんどないですが、強いて言うなら、普通のカメラとは違うので専用のリグを買わないといけないことと、モニターへの送り方を調べないといけないこと。そのくらいですかね。

 ーー永澤さんはいかがでしょうか?

 永澤:たくさんのカメラで撮影できるのは、メリットでしかないですね。カメラマンの鴨谷さんは、素材を集めたり、データを取り込んだりと大変だったと思いますが、僕にとって大変なことはまったくなかったです。

 ーー編集の際、素材のバリエーションや見え方など、通常のシネマカメラと比べて違う点はありましたか?

 永澤:10台のiPhoneで何テイクも撮っていたので、素材数は必然的に増えますし、4KのProResでの撮影だったので、ほとんど普通のカメラと変わらないと思いました。

 ーーほとんど変わらないと思えるほどに、スマートフォンのカメラやソフトウェア・ハードウェアが進化しているんですね。

 永澤:本当にそうですね。“これでいいじゃん”と何度思ったことか。もちろん被写界深度の調整など、iPhoneでは難しいこともありますけどね。

 鴨谷:“これでいいじゃん”と思えるのは、元君(永澤)だからこそだとも思いますけどね。結構モアレ(※)が出ちゃったりしますし、レンズが選べたりするわけじゃないですから。そのあたりも含めて愛せるなら、iPhoneでも十分ですよね。すべてのカメラマンが“iPhoneでいい”という考え方ではないと思いますが、コンセプトに合えばすごく便利なツールです。

 ※モアレ:特定のパターンや模様が映像上で干渉し合うことによって生じる、映像へのノイズーー選択肢の一つとして選べるようになってきた、ということでしょうか。

 鴨谷:その通りですね。

●Blackmagic Cameraでは細かい設定も自在に調整可能

 ーー続いてBlackmagic Cameraの使用感など、技術的な部分のお話を伺えればと思います。今回は、Apple Logで撮影されたのでしょうか?

 鴨谷:Apple Logで撮ってますね。iPhone 15 Proの4K ProResです。タイムコード同期はしてないんですよ。以前の取材で、便利な機能だということはわかったので、今度複数のカメラが入るときは使ってもいいなと思っています。たとえば、ライブで何台かのiPhoneで撮る場合などに使うと便利そうですよね。

 ーー現状だと、1台ずつRECボタンを押しているのでしょうか?

 鴨谷:各々で押してました。1つ押したら全部連動する機能があったらすごく便利ですよね。今回のMVでも採用している「バレットタイム」という演出では、たくさんのカメラで被写体を取り囲んで撮影するんですが、すべてのカメラが紐づいていたら楽ですね。

 結局カメラが複数台あると、全部の設定を一つひとつ合わせるのが面倒なんですよ。たとえばBluetoothで同期して、1台設定したら他のカメラも全部それに倣ってプリセットで設定できるようになったらいいですね。

 ーーApple Logでの撮影後の編集は、永澤さんが行っているんですか?

 永澤:Adobe Premiereでやっています。データ形式はProResですね。

 ーーこれだけ素材が多いと、編集に取りかかるまでの準備がまず大変そうですが、素材の管理はどうされているんですか?

 鴨谷:カメラを借りた会社さんにデータの取り込みをお願いした際に、一緒にプロキシに変換してもらいました。

 永澤:それが僕に届いたときにはプロキシに紐づいていました。その後の作業はすべて僕がやりましたね。

 ーーグレーディング(色合いやトーンの調整)は、どのような方向性で行ったのでしょうか?

 永澤:僕としては、シネマカメラや一眼と遜色がないくらいのものを目指しました。一眼とiPhoneが曖昧になるような画質感・色感ですね。オルタナ的なギターサウンドや声だったので、10~15年前のオルタナを放出させたような色感をイメージしています。

 ーーBlackmagic Cameraの良い点は、どんなところでしょうか?

 鴨谷:1番のメリットは、設定が細かく行えるところですね。普通のカメラと同じように扱うことができます。それ以外で言うと、本当はタイムコードの機能を使えるともっと良いと思うんですけどね。

 ーー今回は128GのiPhoneでのProRes 4K撮影で、すべて内部ストレージで記録されたと思いますが、外部SSDを使った方がいいシチュエーションはありますか?たとえばMV撮影で言うと、どれくらいの容量が必要なのでしょうか。

 鴨谷:128GのiPhoneで24フレームで撮ったとすると、1時間強しか記録できないので、MV撮影をするには不十分ですね。多くの曲が4分前後で、1曲フルで撮るだけでもそれだけ使うとなると、15テイク分しか撮れないですから。SSDがあった方が安心です。

 それに前回クラウドにアップロードするのに少し苦労したんですよ。SSDだとそのままデータを転送できますから、あとはプロキシを作って監督に渡すだけなので便利ですね。ただSSDをつけると大きくなる分、どこにでも入れるiPhoneのメリットがなくなってしまうから、一長一短ではあります。電源に関しても、Vマウントなどの大きいバッテリーから給電してSSDに繋ぐとしたら、もう完全に普通のカメラと同じですよね。

 ーー今回撮影で使ってみて、iPhoneとBlackmagic Cameraを使った新たな表現のアイデアは浮かびましたか?

 菅井:複数台のカメラを気兼ねなく導入できることは、いろんな可能性が広がるなと思います。

 永澤:ライブだったら活用シーンはたくさんありそうです。今後羊文学のライブ撮影をする機会があって、「Addiction」を演奏するならば、撮影は今回の手法でやってみたいな、とか。もっと何十台もカメラを入れて、いろんなテストができたらいいなと思いますね。

 鴨谷:今ぱっと思いついたもので言えば、ワンカット撮影はおもしろいかもしれないですね。レック中にレンズを切り替えることができるし、iPhoneはフォーカスが強くて、この辺とかプロクサー入れずにできますから、その幅を使ったワンカットものとかね。あとは近距離のアングルから、遠くのアングルまで、1台でワンカットで撮るのもおもしろいかもしれません。普通のカメラだと難しいことが、アイデア次第で実現できそうですね。