「人機一体」の成果発表会に登場した2足歩行ロボット「零一式カレイド」。代表の金岡博士氏が引っ張っても倒れないようにバランスを取っている(記者撮影)

「潮目が変わる瞬間をこれからみなさんは目撃する。後から振り返ればこの日が始まりだった、あのときこの場所にいたんだぜとみなさんが言えるような日にしたい」

ロボットベンチャー企業・人機一体の代表を務める金岡博士氏は、会場いっぱいの聴衆にこう語りかけた。8月1日に滋賀県草津市内のイベントホールで開かれた成果発表会。壇上では人機一体が開発したロボットたちが出番を待つ。

「人間を生身の苦役から解放する」

人機一体は先端ロボット工学技術を活用した重機、「人機」を開発している。同社によれば人機とは「人間のみ、あるいは機械のみでは実現できない機能を、人と機械の相乗効果によって実現する効果器」。

その意味で人機は人型の重機という意味ではなく、実際、単腕型の重機なども開発しているのだが、注目度が高いのはJR西日本や日本信号と共同開発した高所作業用の汎用人型重機「零式人機」のような人型である。操作者が操縦桿から加える操作力がロボットの手先の駆動力となり、ロボットの動きが操縦桿にフィードバックされる。このため、ロボットを自らの体の延長のように操作できる。

金岡氏は「人型にこだわっているわけではないが、人型になれば未来が来たと世の中に実感してもらえる」と話す。

金岡氏は「過酷で危険を伴う労働環境において人間に代わって人機が作業を行えば、人間を生身の苦役から解放することができる」という確信を持つ。人機が社会に欠かせない存在となれば、自動車やコンピューターのような主要産業になる。この日の発表会は実現に向けた「スタートライン」なのだという。

では、何が発表されたのかというと、2つある。1つ目は「零式人機」をベースに日本信号が製品化した「多機能鉄道重機」の実戦デビュー。JR西日本が7月から和歌山線内の鉄道の営業線において同機を使って保線作業を始めた。日本信号は外販にも意欲的で、会場では販売用のチラシも配られていた。


「零式人機」をベースに日本信号が製品化した「多機能鉄道重機」(記者撮影)

「よちよち歩き」に見える理由

もう1つ発表されたのは2本足歩行する人型ロボットである。JR西日本の営業線で実用化された人型重機は人型といっても上半身のみ。今回登場したのは川崎重工業が研究開発を行っている人型ロボット「Kaleido(カレイド)」をベースに人機一体の制御技術を組み合わせた「零一式カレイド」である。

川重は1969年に国産初の産業ロボットを発表した産業ロボットの老舗。2015年には人間と同じ生産ラインで細やかな作業に従事できる双腕の協働ロボット、2017年には熟練技術者の微妙な動作を再現することができるロボットシステムを開発している。Kaleidoの開発は2014年に着手、2023年に第8世代を開発し、そのハードウェアを人機一体に提供した。


川崎重工業が開発する2本足歩行ロボット「Kaleido」(記者撮影)

零一式カレイドは昨年12月に都内で開催された「国際ロボット展」でお披露目されており、今回が初めてではない。しかし、国際ロボット展では上半身のみの操作デモンストレーションだったが、今回は全身を動かした。下半身の操縦も上半身と同じく、操縦桿を通して行われる。右足の操縦桿をあげると、ロボットも右足をあげる。

今回の報告会では直前に一方の足首のモーターが焼けてしまったということで、事前収録のビデオで零一式カレイドが歩く様子が公開された。よちよち歩きのような状態で、Kaleido、あるいはホンダが開発した「ASIMO(アシモ)」と比べると、はるかに動きは劣る。

しかし、この理由は歩行ロボットが歩行アルゴリズムを使って歩くのに対して、零一式カレイドは零式人機と同様、人間がロボットの右足と左足を操作しているため。ただ、その裏側でコンピューターは人間の操作を支援している。

たとえば、「操作者は好きなようにロボットの足を操作するが、コンピューターがこっそり支援して、転倒しないようにバランスを取っている」。このため、操作者は転倒の心配をすることなく作業に集中できる。


「零一式カレイド」のコックピット。足にも操縦桿があるのがわかる(写真:人機一体)

人間との共同作業で「はしごを上れる」

報告会の壇上では、片足で立っている零一式カレイドを押したり引っ張ったりしても、体を傾けることでバランスを保って倒れないといったデモンストレーションが行われた。金岡氏はこう話す。

「歩行アルゴリズムのみで動くロボットと比べ、人間が操作する分だけ汎用性は高い。歩行アルゴリズムでははしごを上ることができないが、人間との共同作業ならはしごを上れるようになる」

まだまだ未熟だが、5年以内の社会実装を目指しており、すでに大手電力系企業からも引き合いがあるという。期待されているのは作業員が感電する危険を伴う活線作業(停電させず電圧をかけて電流を流した状態で行う配電線の点検や補修などの作業)。電力供給を止めると周囲の電力利用者が不便を被る。この作業をロボットに置き換えれば、作業員の安全が保たれ、利用者に迷惑がかかることもない。

電気関係だけでなく、災害現場における瓦礫の除去、トンネル工事における爆発物取り扱いといった危険を伴う作業にも出番はありそうだ。

金岡氏は今後の開発ロードマップも発表した。零一式カレイドを発展させた社会実装コンセプトとしての試作機を2体開発するという。うち1体は零式人機など人機一体の重機デザインにかかわってきたプロダクトデザイナーの根津孝太氏がデザインを行う「零一式人機」。零一式カレイドの直系の発展重機であることがコンセプトスケッチからもわかる。


プロダクトデザイナーの根津孝太氏による「零一式人機」のコンセプトスケッチ(画像:人機一体)

そしてもう1体のデザインを行うのはアニメ「マクロス」シリーズなどのデザイナーや監督として知られる河森正治氏がデザインする「一零式人機」である。マクロスといえば、人型ロボットに変形する戦闘機バルキリーがあまりにも有名だ。そのデザインをしたのが河森氏である。「アニメではなく本物の機械のデザインをしたいと思っていたので、ついに念願がかなった」と河森氏が話す。


アニメ「マクロス」シリーズ監督として知られる河森正治氏による「一零式人機」のコンセプトスケッチ(画像:人機一体)


河森正治氏。手にする模型は一零式人機か?(記者撮影)

「人機」は社会インフラになるか

「一零式人機も変形しますよ」という驚きの発言もあった。具体的な内容は明かされなかったが、コンセプトスケッチの足の形状から推測して、もしかしたら高所作業用に変形するかもしれない。

根津氏も「腕が3本、4本あったらいいなと思うことがあるでしょ」といい、両腕では足りない作業を補助するため、零一式人機にサブアームを装備することも構想している。河森氏、根津氏、どちらのデザインもその完成形を想像するだけでだけでわくわくする。

1995年にウィンドウズ95が発売された頃のインターネットは通信速度が遅く、文字情報くらいしかやりとりできなかった。それがおよそ30年で状況は劇的に変わった。また、2007年のiPhoneの発売以来、20年も経たずにスマートフォンは世界を席巻している。逆に、大きく期待されながらも普及せず消えてしまった新技術も少なくない。人機が社会インフラとして広く普及する時代ははたしてやってくるのか。まずは、2024年8月1日という日を胸に刻んでおきたい。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)