日本のビッグマック450円は「安すぎる」意外な訳
「安いニッポン」について、ビッグマック指数(BMI)を通して価格の舞台裏を垣間見てみましょう(画像はイメージです:Keiko Takamatsu/PIXTA)
為替レートの大変動、株価の高騰、物価や賃金の動向など、「経済の潮目」が明らかに変わってきたのは誰もが感じているところでしょう。それが何を示しているか、それから何を読み取れるかで、ビジネスの発想・行動も大きく変わってきます。
ひとつの数字が表われてくるまでの背景を知り、読み取ることで、「いま」や「これから」の経済の姿が見えてきます。もちろん、「過去」を知ればより深く理解することができるでしょう。
長年にわたり、帝国データバンク情報統括部が蓄積してきたデータベースをもとにした新著『帝国データバンクの経済に強くなる「数字」の読み方』では、ビッグデータやAIなど「数字が万能の世の中」になればなるほど必要になってくる、アナログで読み解く力を紹介しています。本稿では、同書から一部を抜粋してお届けします。
「安いニッポン」の舞台裏
新型コロナ禍が明けて、海外からの訪日旅行客が急増しています。そこで異口同音で発せられるのは「日本の物価は安い!」という言葉です。
ここでは「安いニッポン」について、ビッグマック指数(BMI)を通して価格の舞台裏を垣間見てみましょう。なぜビッグマックを使うのか、その背後にある理由や日本の価格に迫ります。
まず、「ビッグマック指数」について説明します。
これは、マクドナルドのメニューにあるビッグマックの価格を使って各国の物価水準を比較しようとする指標です。
なぜビッグマックかというと、マクドナルドが世界100カ国以上でほぼ同品質で販売するビッグマックの値段は、その国の原材料費や光熱費、店舗の家賃、従業員の賃金など、さまざまな要素を反映するため、各国の標準的な商品として比較しやすいためです。
ビッグマック指数はイギリスの経済専門誌『The Economist』が提唱したもので、1年に2回発表されています。
そもそもビッグマック指数は、通貨が正しい水準にあるかどうかを示す気軽なガイドとして1986年に考案されたものです。この指数は、外国為替レート決定理論の考え方のひとつである購買力平価(PPP)理論にもとづいて算出されています。
PPPはさまざまな経済データを国際比較するときに頻繁に使われるもので、より長期的なトレンドに沿った為替水準を示しています。
日本のビッグマックはなぜ安いのか?
それでは、日本のビッグマック指数はいくらなのでしょうか。
2024年1月時点での価格は1個450円(3.04ドル/1ドル=147.86円として)です。この価格をもとに、他の国のビッグマック価格と比較することで、物価水準の違いを知ることができます。
とはいえ、そもそもこの価格は高いのでしょうか、それとも安いのでしょうか。答えを先に言えば、非常に安いといえるでしょう。
調査対象となっている55カ国・地域のうち、日本は45位です。前後の順位をみると、44位はルーマニア(506円、3.43ドル)、46位はベトナム(445円、3.01ドル)となっています。
日本は基準となるアメリカのビッグマック(841円、5.69ドル)より46%以上、トップのスイス(1207円、8.17ドル)からは62%も安い価格です。
なぜ日本のビッグマックは安いのでしょうか。
いくつか理由はありますが、1つ目の理由として、生産性向上と技術の進化があげられます。日本の効率的な生産ラインと技術進化により、商品を生産するコストが削減されています。
2つ目としては、競争の激化が考えられます。飲食業界は激しい競争の中にあります。これが価格を下げざるを得なくさせ、消費者にとっては安価で購入できる選択肢となります。
3つ目は、日本の労働者は同じ労働時間で多くの仕事をこなしており、それがビッグマックにかかるコストを下げている要因となっています。
ビッグマック指数が安いということは、日本が相対的に物価の安い国であることを実感するでしょう。
2021年から2023年にかけて、日本・円は急速に円安が進みました。「円安」とは、対ドルなど他の通貨に比べて円の価値が下がる状態を指します。
これは1つの商品に限った話ではありませんが、他の商品やサービスも同様に安くなる傾向があります。この安さは外国からの旅行者にとっては大きなメリットで、リーズナブルな価格で美味しい食事を楽しめるのも日本の魅力の1つとなっています。
もちろん、価格が安いからといって品質が低いわけではありません。
日本では、食品や商品の製造段階から環境への配慮が欠かせません。品質と環境への取り組みを両立させることが、日本の商品において当たり前の価値となっています。
日本の安さはビッグマックの価格だけでなく、日本での暮らし全体にも表われています。製造業やサービス業において、日本は独自の方法で生産性を高め、効率を向上させてきました。これが、商品を手頃な価格で提供できる要因となっています。
特に、公共交通機関の利便性や治安の良さ、教育の充実など、価格以外の要素も含めて、日本が提供する暮らしの豊かさには目を見張るものがあります。
安さの背後にあるさまざまな価値
「安いニッポン」は価格だけではなく、その背後に広がるさまざまな価値が魅力です。
工夫と技術の結集、環境への取り組み、そして価格だけでない暮らしの充実感。価格の裏に隠れたこうした価値に気づき、日本の魅力を改めて感じてみてください。
とはいえ、日本が賃金上昇をともなう経済成長に失敗した結果、現在のような「安いニッポン」になったことも確かです。
2022年時点でアメリカ、中国に次ぐ世界第3位だった日本の名目GDPが、IMF(国際通貨基金)の予測で2023年にはドイツに抜かれて第4位に転落するというニュースもありました。
実質GDPの成長率をみると、日本が長い間、高い成長を遂げていない状況は確かであり、同じIMFの予測では、日本は年々著しい成長をみせているインドにも2026年に抜かれて第5位になる見通しとなっています。
日本の経済成長率が高まらなければ、今後はこういった新興各国にも抜かれていくでしょう。
ビッグマック指数は、単なるハンバーガーの価格比較以上の意味を考えることができ、その背後には国の経済構造や文化が反映されていると言えるのではないでしょうか。
(帝国データバンク 情報統括部)