トランプと闘うハリス副大統領の「弱みと強み」
カマラ・ハリス副大統領。ドナルド・トランプ氏が民主主義と女性の権利に対する脅威であると、繰り返し主張している(写真:© 2024 Bloomberg Finance LP)
女性で非白人という、ドナルド・トランプ氏の対極にあるカマラ・ハリス氏の出現で、アメリカ大統領選の状況は大きく変わる。ただし、ハリス氏の副大統領としての業績に対する評価は、あまり高くない。とくに問題なのは、今回の大統領選の最大争点である不法移民問題に対して、適切な対応ができなかったことだ。
昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する――。野口悠紀雄氏による連載第126回。
「トランプ対クリントン」より違いが明確に
7月22日、アメリカのジョー・バイデン大統領は、大統領選からの撤退を表明し、ハリス副大統領を大統領候補に指名した。ハリス氏は指名を受諾した。民主党大会で正式に指名される可能性が高い。
本稿執筆時点では、事態は流動的だ。大統領選の行方は不透明になり、どう推移するかを、全世界が注視している。
ハリス氏は、女性であり、非白人であるという意味で、トランプ氏の対極にある人物だ。したがって、仮にトランプ対ハリスの対決になれば、候補者の違いはきわめて鮮明になる。2016年の大統領選(トランプ対クリントン)よりさらに明確になる。
ハリス氏は、トランプ氏が民主主義と女性の権利に対する脅威であると、繰り返し主張している。そして、ハリス氏が行ってきた社会的弱者問題への取り組みは、高い評価を受けている。とりわけ黒人女性層の支持が厚い。具体的な政策で言えば、妊娠中絶の権利擁護や、学生ローンの一部免除について、支持率が高い。
トランプ氏はこれまで、侮辱的な表現で対立者を攻撃することが多かった。それらの中には、性差別や人種差別と受け取られかねない表現もあった。同じような方法でハリス氏を攻撃すれば、重大な問題を引き起こすだろう。したがって、こうした方法を続けることには、慎重にならざるをえないだろう。
こうして、トランプ氏優勢で展開すると考えられていた今回の大統領選は、ハリス氏の登場によって、大きく変化することになる。この対決にアメリカ国民がどのような判断を下すかは、今後のアメリカの進路に重大な影響を与えるだろう。
経済政策はどうなる?
では、ハリス氏は、具体的にどのような政策を打ち出すだろうか? それを考えるために、トランプ政権とバイデン政権のこれまでの政策を振り返ると、次のとおりだ。
第1次トランプ政権は、対外経済政策において強硬策を打ち出した。とくに、対中政策で、高率関税の賦課などによって、米中経済戦争と呼ばれる事態を引き起こした。
これに対してバイデン政権は、国際協調路線を推進し、気候変動や脱炭素化などで、積極的な政策を進めようとした。また、同盟国の結束を重視した。この流れを、ハリス氏も引き継ぐだろう。
ただし、対中政策に関しては、バイデン政権はトランプ政権の強硬策を引き継いだ。この流れは、民主、共和のどちらが政権を握っても続くだろう。
国内経済対策では、トランプ政権は、コロナ期に財政拡大を行った。また、FRB(連邦準備制度理事会)に圧力をかけて金融政策の大幅緩和を行い、インフレの原因を作った。
バイデン氏も、就任直後に大規模な経済再生プランを発表、成立させた。さらに、インフラ整備計画を2021年11月に成立させた。その後のインフレ率の高まりに対処するため、2022年3月にFRBは金融引き締めに転じたが、依然としてインフレを完全に克服するには至っていない。
結局のところ 、インフレに関しては、トランプ政権もバイデン政権も責任があると言えるのではないだろうか?
トランプ氏は、インフレには批判的だが、金利を引き下げるとしている。そして、労働者への大幅な減税を公約している。金利を引き下げたり大幅な減税をしたりすれば、インフレ圧力は高まるはずだ。ハリス氏は、こうした矛盾を含む主張に対して、正統的な反論を展開できるだろうか?
今回の大統領選挙戦では、メキシコ国境からの大量の不法移民流入が最重要の争点となっている。
トランプ政権は、不法移民の流入を防ぐため、メキシコとの国境に巨大な壁を構築した。バイデン政権は、政権発足直後の2021年1月に、この壁の建設を中止した。
ところが、その結果、中南米諸国のみならず、中国やアフリカ諸国などからも膨大な数の不法移民がメキシコ国境を越えてアメリカに不法入国するという事態になった。南部諸州の知事が彼らをバスで北部の大都市に送り込んだため、ニューヨークなどで不法移民が激増し、大規模な社会的混乱を引き起こしたのだ。
「移民を歓迎すべきだ」というイデオロギーが先走りしてしまって、バイデン政権は周到な準備なしに国境を開き、その結果、混乱を招いてしまったと考えざるをえない。
副大統領としての実績があまりない
ハリス氏は、不法移民大量流入の根本原因に対処する仕事を、バイデン大統領から託されていた。しかし、上述のように、ハリス氏は、バイデン氏から解決を託された問題で成果を上げていない。
いくつかの行動も批判の対象となった。副大統領就任から南部国境を視察するまで約6カ月かかったことについて、共和党議員や一部の民主党議員から反発を受けた。2021年6月にグアテマラを訪問した際には、(移民は)「来ないでほしい」と発言し、不興を買った。民主党内の左派からも反発を受けた。
移民問題は、もともと難しい問題だ。これは、民主党にとって最大の弱点であり続けている。
不法移民問題以外でも、ハリス氏は、副大統領としての実績があまりない。外交面でも目立った実績がない。このため、支持率は3割程度でしかない。民主党内にも、これまでの仕事ぶりに対する批判的な声がある。
さらに、ハリス氏の幹部スタッフが相次ぎ辞職したことから、指導者としての資質を疑問視する声もある。
「ハリス氏が行ってきた社会的弱者問題への取り組みは、高い評価を受けている」と述べた。しかし、マイノリティーのための政策は難しい側面を持っている。対象とされるマイノリティーは歓迎するが、それ以外の人々は逆差別だと受け取って反発するかもしれないからだ。「黒人女性層の支持が厚い」と述べたが、それは裏を返せば、「白人男性からは支持されにくい」ということでもある。
それに対してトランプ氏は、「強いアメリカを取り戻そう」と、アメリカ全体を対象にしたメッセージを送っている。
(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)