18、19歳成人でも喫煙・飲酒禁止はなぜ正しいのか
喫煙と飲酒の発覚により、パリオリンピックの体操女子代表を辞退した宮田笙子選手(写真:長田洋平/アフロスポーツ)
パリオリンピック体操女子代表の宮田笙子選手(19)が、喫煙と飲酒の発覚により代表を辞退したことをめぐり、賛否両論が飛び交っている。
しかし、こうした意見の中には、喫煙と飲酒の禁止に関して事実認識を間違えているケースが多々見られる。
成人年齢は18歳でも、喫煙・飲酒は20歳以上
もともと喫煙については「未成年者喫煙禁止法」、飲酒については「未成年者飲酒禁止法」があった。しかし、民法改正により成人年齢は18歳に引き下げられたが、喫煙・飲酒は20歳以上のままだ。
未成年者は18歳未満、喫煙・飲酒禁止は20歳未満となったため、両法とも名称が変わり、「20歳未満の者の喫煙禁止法」、「20歳未満の者の飲酒禁止法」(両法とも正式名称はカタカナ表記)となった。
しかし、いまだに、未成年者喫煙(飲酒)禁止法により未成年者の喫煙(飲酒)は禁止されているという記載やコメントが数多く見られ、今回の事案のコメントでも同様であった。
19日の日本体操協会の会見時ですら、協会側の谷原誠弁護士が「法令に関しては、未成年者の飲酒に関する法律がある」(抜粋、要約)と述べている。
宮田選手は19歳であり、民法改正により成人だ。しかし、喫煙・飲酒は禁止されている。当然、谷原弁護士はそのことはわかっているが、言い間違えているのだ。
このように識者や弁護士でも安易に言い間違える状況で、民法改正で「新成人」になったばかりの宮田選手が、自分は成人になったのだから喫煙も飲酒も大丈夫と勘違いしていたのではないかというコメントもみられる。
弁護士を含む識者の多くが「未成年者は喫煙・飲酒禁止」と述べている状況で、それを聞いた者が勘違いすることはありえるだろう。しかし、宮田選手自身は勘違いしていたとの認識は示していない。
そもそも成人年齢が18歳になったのだから喫煙・飲酒も18歳でよいではないかという意見もみられる。「ひろゆき」(西村博之氏)は7月21日のXでのポストで「本来18歳から成人なので飲酒喫煙も成人が自己判断すべきものなのに、法の不整備で飲酒喫煙禁止という謎状態」と述べている。
野口健氏も19日にXで「成人してもタバコ、酒がダメなままなのが理解できない。成人を18歳に引き下げた時に見直すべきだったのでは」と述べている。
成人年齢が引き下げられたそもそもの理由
そもそも成人年齢の引き下げはどのような理由だったのだろうか。法務省は以下のように説明している(同省HP)
我が国における成年年齢は,明治9年以来,20歳とされています。
近年,憲法改正国民投票の投票権年齢や,公職選挙法の選挙権年齢などが18歳と定められ,国政上の重要な事項の判断に関して,18歳,19歳の方を大人として扱うという政策が進められてきました。こうした政策を踏まえ,市民生活に関する基本法である民法においても,18歳以上の人を大人として取り扱うのが適当ではないかという議論がされるようになりました。世界的にも,成年年齢を18歳とするのが主流です。
成年年齢を18歳に引き下げることは,18歳,19歳の若者の自己決定権を尊重するものであり,その積極的な社会参加を促すことになると考えられます。
すでに投票権年齢が18歳になっていること、世界的に18歳成人が主流であることが主な理由だ。
一方、喫煙飲酒年齢については、以下のように述べている。
民法の成年年齢が18歳に引き下げられても,お酒やたばこに関する年齢制限については,20歳のまま維持されます。また,公営競技(競馬,競輪,オートレース,モーターボート競走)の年齢制限についても,20歳のまま維持されます。
これらは,健康被害への懸念や,ギャンブル依存症対策などの観点から,従来の年齢を維持することとされています。
筆者は消費者法、消費者教育を研究教育しているので、18歳成人については反対の立場をとった。日本弁護士連合会等も懸念を示していた。その理由は消費者被害拡大の恐れである。
未成年は法律上で保護される面も
民法では、未成年者が親の同意を得ずに契約した場合には、原則として、契約を取り消すことができるとされている(未成年者取消権)。成年年齢を18歳に引き下げた場合、18歳、19歳の者は、未成年者取消権を行使することができなくなるため、悪徳商法などによる消費者被害の拡大が懸念されたからだ。
消費者問題に携わる者の多くは成人年齢引き下げに反対の立場であったが、押し切られた形だ。筆者自身は強引と思われる政府の対応に、タバコやお酒の業界の引き下げへの圧力があるのかと想像したが、喫煙・飲酒年齢の引き下げ圧力を認識したことはなかったし、立法議論でこの点でもめた形跡もない。
逆に喫煙飲酒年齢の引き下げまで民法改正とセットで行えば、批判が大きくなり、民法改正もままならなくなるという考えもあったのかもしれない。
しかし、ひろゆき氏や野口氏のいうように18歳成人になったのだから、成人として喫煙や飲酒も自己責任で判断すればよいという考えは検討の余地がある。
未成年者がなぜ保護されるのかといえば、法律論では制限能力者とされているためだ。行為能力を欠くために、単独で行った法律行為を事後的に取り消すことが可能とされている者のことだ。
簡単に言えば、自分がなした法律行為の結果に対して責任を持てる能力があるとみなされるか否かということだ。それを18歳で認めているのだから、喫煙・飲酒も自己責任で判断すればよいという考えもある。
成人に対しても選択権を制限する必要性
しかし、そもそも成人(大人)なら、適切な判断を行えるのかという問題がある。適切でないとしてもそれは自己責任である、不利益やリスクが生じても甘受すべきという考えがある一方で、射幸心を煽るものや明らかに生命の危機や健康に有害のあるものに対する成人の選択権を制限する法制度や施策があることも理解する必要があろう。
例えば、カジノを含む統合型リゾート(IR)計画に対する反対の声があるが、その理由の一つにギャンブル依存症の問題がある。ギャンブルは未成年者に対しては禁止することは当然として、大人に対してもそうした機会があることを問題視する考えだ。
パターナリズムという概念がある。簡単に言えば、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益になるようにと、本人の意志に反して行動に介入・干渉することだ。
ある人の行為が他者(社会)に悪影響を与える場合には政府の規制は正当化されるが、他者への影響がない場合は個人の自由で政府が介入すべきではないという立場はパターナリズムを批判する立場となる。
たとえば自動車のシートベルト着装義務も、スピード違反や飲酒運転と違ってパターナリズムだという指摘があるが、違反行為とされている。
法的能力と身体への影響を分けて考える
タバコや飲酒については成長期の子どもや若者の身体形成に悪影響を及ぼし得ることが指摘されている。法律行為の能力を観点に規定されている民法の成人年齢が2歳引き下げられたからと言って、連動させるべきではないと筆者は考える。
また、今回の宮田選手の行動が他者への影響を及ぼしうることも指摘したい。報道によれば喫煙は都内のプライベートな場所、飲酒はトレーニングセンターの宿泊棟とされているが、宮田選手は女子体操代表5名の主将だった。
他の4名は全員10代で、19歳1人、18歳1人、未成年の16歳2人だ。また体操協会の行動規範には「日本代表チームとしての活動の場所」では20歳以上でも飲酒禁止、喫煙も原則禁止となっている。主将が合宿所で違法・規律違反行為をすれば他の選手への影響も懸念される。
国の代表として選ばれた女子体操の5名の主将を務め、未成年者とともに合宿活動をしていたなかでの違法、行動規範違反行為は、宮田選手が判断能力を有するとされる「成人」であることからも批判されるべきものである。残念で不幸なことであるが、代表辞退は致し方ないというのが筆者の見解だ。
(細川 幸一 : 日本女子大学名誉教授)