サイゼ株主優待廃止を歓迎した投資家の意識変化
(撮影:今井康一)
サイゼリヤが7月10日、株主優待制度をすでに実施済みの2023年8月末分をもって廃止すると発表しました。サイゼリヤ株は優待銘柄として人気で、個人投資家の間では激震が走っています。
今のところ同社に追随する他企業の動きはありませんが、株主優待制度はこれからどうなるのでしょうか。
機関投資家と個人株主の利害が対立
現在、日本では上場企業の4割に当たる約1500社が導入しているとされます(証券会社の集計で、正確な数はわかりません)。一方、海外には株主優待制度はほとんど存在しません。まったくゼロではないようですが、日本に固有の制度と言われます。
なぜ、海外で普及していないかというと、株主優待は「株主平等原則」に反するからです。
サイゼリヤのような外食チェーンの場合、機関投資家や店舗がない地域に住む個人株主は、食事優待券をもらっても利用できません。その場合、チケット屋で換金できればいいですが、できなければ紙くずになってしまいます。
また、多くの実施企業が、株主数を増やすために保有株数の少ない株主を優遇しています。たとえば、吉野家ホールディングスは、保有株数に応じて500円の食事優待券を株主に配布しています。
100株以上:4枚
200株以上 :10枚
1000株以上:12枚
2000株以上:24枚
このように株主優待制度は、保有株数が少ない個人株主を優遇し、保有株数が多い機関投資家を冷遇しており、株主間で不公平です。そのため、外国の機関投資家が増えた2000年代から、株主優待制度を廃止する企業が出始めました。
一方、2022年から上場維持基準が変更になり、上場企業は株主数を増やす必要に迫られました。プライム市場800人以上、スタンダード市場400人以上、グロース市場150人以上という基準を満たすために、新たに株主優待制度を導入する企業が増えました。
このように、現在は、株主優待制度の廃止を求める外国の機関投資家と新設・継続を求める国内の個人株主・投資家がせめぎ合う状態になっています。
一部の業種にとって株主優待は一定の合理性
今回、サイゼリヤは、「株主の皆様への公平な利益還元のあり方という観点から、慎重に協議した結果、配当による利益還元に集約することが適切であると判断し、株主優待制度を廃止することといたしました」と廃止の理由を説明しています。株主平等原則を意識しているようです。
では今後、同社に追随して株主優待制度を廃止する動きが出てくるのでしょうか。ここで、業種を分けて考える必要があります。小売業・外食チェーン・消費財メーカーは、株主優待制度によって株主数を増やすだけでなく、自社のサービス・製品を個人株主に利用してもらうことで自社のファンを増やすことができます。こうした業種では、株主優待制度には企業価値を高める効果があると言えます。
だからといって、現在の株主優待制度をそのまま継続していいということではありません。自社店舗で利用できない株主への対応など株主平等原則への配慮が必要ですし、制度が企業価値を向上させることを丁寧に株主(とくに機関投資家)に説明する必要があります。
問題はそれ以外の業種で、クオカードの配布など自社の事業とは無関係な優待内容が目立つことです。これは、いかがなものでしょうか。
自社の事業と無関係な優待によって自社のファンが増えるわけではないので、企業側の主な目的は、株主数の増加でしょう。個人株主を無理やり増やさないと上場維持基準をクリアできないという企業が、背伸びして上場を維持する意味があるのでしょうか。
また、株価の維持を狙って株主優待制度を導入するケースもあるようですが、その効果も疑問です。個人株主は導入を歓迎しますが、機関投資家は嫌がります。東京証券取引所における機関投資家の影響力の大きさを考えると、株主優待制度はむしろ株価にマイナスでしょう。
このように、株主優待制度に一定の合理性がある小売業・外食チェーン・消費財メーカーでは今後も株主優待制度は継続されますが、それ以外の業種では廃止する企業が増えると予想されています。
株主優待制度はなくなる?
さて、ここからは筆者の推測です。最終的には、小売業・外食チェーン・消費財メーカーも株主優待制度を廃止するようになり、実施する企業は姿を消すと思います。
今回サイゼリヤは、株主平等原則を強調しています。ただ、もう1つ本音として、食事優待券の廃止で店舗の運営効率を改善しようという狙いがあるのではないでしょうか。
株主優待券を導入している小売業・外食チェーンでは、株主優待券や各種クーポン券・ポイントなどに対応するためレジの作業が複雑化し、レジ係にとって大きな負担になっています。
筆者はサイゼリヤなど複数の外食チェーン株を保有していますが、会計時に株主優待券をすんなり利用できるとは限りません。チェーンにもよりますが、かなり高い確率でレジ係が店長やチーフを呼んで「株主優待券ってどういう風に処理するんですか」と処理方法を確認します。
近年、深刻な人手不足を受けて、レジ作業の効率化・省人化が外食チェーンの大きな課題になっています。丸亀製麺を運営するトリドールホールディングスは、この7月からそれまで紙だった株主優待券をカード化し、楽天ポイントの付与を停止しました。
他にも多くの外食チェーンで改善の動きが始まっていますが、そもそもサイゼリヤのように株主優待制度をやめることが、もっとも効果的な解決策でしょう。
今後は、機関投資家だけでなく、店舗を運営する店長・スタッフからも「株主優待制度を廃止してほしい」という声が上がり、優待廃止に踏み切る企業が現れるでしょう。
株主優待制度を続ける企業は、店舗運営の効率を犠牲にしてまで続ける意味があるのか、株主総会などで説明する必要が出てきます。金融庁や東証も、企業が実施する株主優待が本当に合理的なのか、厳しくチェックするようになるでしょう。
そうしているうちに、「そこまでして株主優待制度を維持するのはばかばかしい」というのが企業のコンセンサスになり、10年後には株主優待制度は日本から姿を消しているでしょう。
世界で通用する外食チェーンに
ところで、サイゼリヤの株主でもある筆者は、同社の株主優待制度の廃止を全面的に支持します。
お家芸だった自動車産業ですらもはや国際競争力を失いつつある衰退途上国・日本において、外食チェーンはインバウンドと並ぶ数少ない有望産業です。多くの外食チェーンがグローバル展開しており、サイゼリヤはすでに日本よりも海外でより多くの利益を稼いでいます。
今後、日本の外食チェーンが真のグローバル企業として発展するうえで、日本に固有の株主優待制度で日本の個人株主だけを過度に優遇するというのは、まったく合理的ではありません。
個人的には、今回のサイゼリヤの動きが他社にもどんどん波及し、株主優待制度がなくなり、日本が誇る外食チェーンが世界で認められるようになることを期待しています。
なお、サイゼリヤの株価は、株主優待制度の廃止を発表した翌日の7月11日に一時、前日比9%安まで下げました。しかし、すぐに盛り返し、現在7月10日終値を上回って推移しています。
会社四季報オンラインの株価チャートより作成
サイゼリヤの業績が好調なせいもありますが、パニックになった一部の個人株主が手放しただけで、機関投資家は上記の理由で今回の制度廃止を歓迎しているのでしょう。
(日沖 健 : 経営コンサルタント)