電車内に掲載されていた大正製薬「リポビタンD」の広告(編集部撮影)

大正製薬「リポビタンD」が、時代錯誤な広告で炎上した……。

筋肉隆々の男2人が「ファイト、一発!」と叫ぶCMでおなじみのリポビタンDが、CMで大きな変化を遂げている。 今年の6月から、妻夫木聡と木南晴夏が広告に起用されるようになり、一気に「さわやか」なイメージとなったのだ。

しかし、急な方向転換が良くなかったのか、電車内などに貼られている同商品の広告の、木南の側に添えられた「仕事、育児、家事。3人自分が欲しくないですか?」というコピーに苦情が殺到した。要は「仕事、育児、家事を女性に押し付けていて、男性は家のことをなにもしないじゃないか」と、性別役割分業意識が問題視されたというのだ(以上、「ねとらぼ」等の報道による)。

この事案について、本稿では「栄養ドリンクのCM表現の変遷」という観点から、「なぜあのような時代錯誤なCM(厳密には電車広告)になってしまったのか?」を分析していきたい。

バブルでいよいよ極端になった栄養ドリンクCM

前編の記事ー「リポビタンD炎上」背後に"男らしさ"の負の遺産 "女人禁制"からの急な方向転換が原因かーで説明したように、リポビタンDや競合商品である第一三共ヘルスケア「リゲイン」の登場もあり、80年代後半にはすっかり「栄養ドリンク=サラリーマンのお供」というイメージが定着していた。

【画像7枚】すっかりエナドリに追いやられ、衰退の一途な「栄養ドリンク」。右肩下がりのリポビタンDの販売推移と、棚を占領するエナドリの様子…を見る

だが、そもそもこの時期の栄養ドリンクCMは社会に与えた影響が大きく、例えば佐藤製薬「ユンケル黄帝液」の1988年のCMでは、アシカとじゃれ合うタモリの「ユンケルンバ ガンバルンバ」というフレーズが、その年の新語・流行語大賞の「特別賞・人語一体傑作賞」を受賞している。

さらに、同年の大衆賞は高田純次が出演した中外製薬(当時)の「グロンサン」のCMから生まれた「5時から男」だった。これは当時、ほとんどの企業が17時には上がれたため、「仕事が終わったから本気で遊びに行こう!」ということを意味するのだが、流行語大賞に2つも栄養ドリンクのCMのキャッチコピーが選ばれたのだ。

そんな「ユンケルンバ ガンバルンバ」と「5時から男」から、「24時間戦えますか?」に栄養ドリンクのキャッチコピーが移り変わるまで、わずか1年。バブルの絶頂期は1989年といわれているため、その間に社会は相当切羽詰まったのだろう。17時から遊んだり、ガンバルンバと言っている場合ではなくなったのだ。

時は流れて、90年代後半。バブル崩壊から時間が経過すると、栄養ドリンクのCMも「もうひと踏ん張り」という具合にトーンダウンする。

「24時間戦えますか?」といっていたリゲインの第一三共ヘルスケアは、1999年に「リゲインEB錠」のCMソングとして坂本龍一のインストゥルメンタル楽曲「energy flow」を使用。「この曲を、すべての疲れている人へ。」というキャッチコピーで、視聴者の心を落ち着かせた教授のヒーリング・ミュージックは社会現象となり、リゲインは再び栄養ドリンク(厳密にいえば錠剤)のイメージを変えたのであった。

その一方で、キックボクサーのピーター・アーツの練習風景に迫ったエスエス製薬(当時)の「エスカップ」や、相変わらず無謀なチャレンジをするリポビタンDなど男らしいCMも健在で、栄養ドリンクのCMは「リラックス」と「アガる」の2パターンに分岐するようになった。

そして、2000年代に入るとその傾向はより顕著になる。というのも、各メーカーが「女性向け」の栄養ドリンクを販売するようになり、それらのCMでは筋肉隆々の女性たちが崖を登るわけではなく、家事や育児、仕事の合間に「一息つく」ときに飲むという内容のものが多かった。

さらに「愛情一本。」のキャッチコピーでおなじみの大鵬薬品の「チオビタ・ドリンク」は、かつて北島三郎がリポビタンDのマッチョマンのようにパラグライダーやヨットに挑戦するようなCMだったが、長い時間をかけてトーンダウンしていく。

2000年代、栄養ドリンクは「みんなのもの」へ

2007年からはロックバンド・くるりの楽曲が流れるなか、菅野美穂と平山浩行が夫婦役を演じるCMが7年近く続いた。大昔は「虚弱体質にチオビタ」と言い放っていたが、このCMによって「栄養ドリンクは働く男だけのものではない」というイメージを世間に持たせたのである。

そして現在、アリナミンの「アリナミンV」はスーツを着こなした反町隆史、ユンケル黄帝液はイチロー、久光製薬のエスカップは出社前の向井理をCMに登場させているように、ほとんどの栄養ドリンクはサラリーマン向けに作られている。

しかし、チオビタのCMでは水川あさみが母親役を演じている。そう考えると、栄養ドリンクのターゲット層はかつてよりも男女問わず、広がったといえるだろう。

今回の主題であるリポビタンDは、チオビタのように筋肉隆々の男たちを封印して、新たなターゲットにリーチしようとした。しかし、長年スポーツ選手やマッチョマンたちに頼ってきたため、すぐに多様性の時代にマッチしたCMを作ることができなかったのだ。


今年4月には、第一三共ヘルスケアが「リゲイン」の主力商品の出荷を終了。バブル期には流行語を生むほどの影響力があった栄養ドリンクは、衰退の一途をたどっている(筆者撮影)


50mlのこのタイプがなくなった。そもそも「リゲイン」を見つけることが、それなりに難しくなっている(画像:第一三共ヘルスケアHPより)

それを証明するかのように、たしかに本家のリポビタンDのCMでは筋骨隆々の男たちが排除されたが、現在放送中のリポビタンDのエナジー風味のゼリー飲料「リポビタンゼリー」のCMでは、長年リポビタンDのCMに登場してきたケイン・コスギがオフィスを舞台にスーツを着て「ゼリー!」と叫んでいる……。物事が早々に変わることはできないのだ。

エナドリに追いやられる栄養ドリンク

リポビタンDに限らず、栄養ドリンクの市場規模は年々縮小している。

筆者の「リゲインもほぼ消滅『栄養ドリンク』衰退の背景」という記事では、国内の「疲労回復のための飲み物」の座が栄養ドリンクから、「レッドブル」や「モンスターエナジー」などのエナジードリンク(以下、エナドリ)にお株を奪われているという現状を紹介した。


エナドリは、ビジュアルから洗練されているのだ(筆者撮影)


なお、こちらは筆者が以前、愛飲していた「ZONe」。コスパがよく、レッドブルが250mlのロング缶で300円近くするのに対し、ZONeは200円で500mlも飲めたわけだが、「お得感」から栄養ドリンクよりエナドリを選ぶ人は少なくないのではないか(筆者撮影)

ただ、Yahoo!コメントやSNSの反応を見てみると、中高年と思われる者たちの「エナドリは量が多すぎて飲めない」という声が目立った。確かに、エナドリは若者を中心に勢力を伸ばしているから売れているのであって、中高年には「なんだか身体に悪そう」というイメージが強いため、それよりも栄養ドリンクへの信頼感は厚い。

実際、前回、前々回の原稿執筆のために、何本もエナドリや栄養ドリンクをたくさん買って冷蔵庫で冷やしていたのだが、エナドリはすべて筆者が飲み干し、栄養ドリンクは同居している母親がチビチビ飲んでいた。

やはり、得体の知れない「舶来品」よりも昔からある栄養ドリンクのほうが、親しみがあって手に取りやすいのだろう。そして、そのイメージを作り上げたのが、広告やテレビCMだったわけだ。

たかが広告、されど広告

しかし、長い時間かけて親しみを築くことに成功した栄養ドリンクも、消費者の多様化、時代の変化によって、マーケティング戦略が難しくなった。

その一方で、エナドリは「アガる」「疲労回復」「カッコいい」というコンセプトを全面的に打ち出し、スポーツイベントや音楽フェスなど、若者が集まる場所でプロモーションをかけていき、結果的に洗練されたイメージを定着させることに成功した。

「翼をさずける。」という、フワッとしながらも「なんかクール」なコピーで若者の心を掴んだレッドブルと、「仕事、育児、家事。3人自分が欲しくないですか?」という、抽象的でありながらも、しっかりと、十分頑張っている現代人に現実を突きつけてくるリポビタンD。どちらが良いか悪いかではない。しかしながら、CMやコピーの表現に対するスタンス・考え方は、根本的に異なっていそうだ。


なお、男性タレントバージョンはこんな感じ。女性よりもフワッとした表現かもしれない(編集部撮影)

今後も若者層をエナドリが獲得し続ければ、栄養ドリンクを飲む層は年々減少していくだろう。その前に、この多様性の時代に適応できるのか? 消費者のニーズを汲み取ることができるのか? たかがCM、されどCMなのだ。

最後に:右肩下がりな「リポビタンD」の推移


リポビタンDの販売推移。コロナ後、じわりと戻しているが、昔と比べると勢いの低下は明らかだ(編集部作成)

前編の記事はこちら:「リポビタンD炎上」背後に"男らしさ"の負の遺産 "女人禁制"からの急な方向転換が原因か【前編】

(千駄木 雄大 : 編集者/ライター)