ベンチャー企業らしいオシャレな雰囲気の徳島本社、配車センター

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「次世代の『タクシー』を創造し、タクシーと街の新たな関係を構築する」を掲げる(写真:電脳交通)

いま、全国各地の地域交通に携わる人たちの間で、株式会社電脳交通というベンチャーが話題にのぼることが増えている。

電脳交通は、2015年に徳島で創業し、タクシー・ハイヤーにおける事業者間(B2B)の新規事業を軸足として、地域交通の抜本的な変革を目指す野心的な企業だ。

ミッションとして「タクシーのDXを推進し地域交通を支え続ける」を掲げる。DXとは、デジタルトランスフォーメーションを指す。

取材した2024年6月中旬時点で、従業員はパートタイムなどを含めて約200人。徳島本社にその約半数が従事し、東京支社があるほか、営業活動とカスタマーケアのために全国各地にリモートオフィスを構える。


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また、徳島、福岡、岡山に配車センターを置き、合計で約90名のオペレーターが24時間体制で全国各地のタクシーユーザーにサービスを提供しており、ベンチャーといっても規模は大きい。

この電脳交通が注目されている理由は、いくつかある。

まずは、主力事業であるクラウド型タクシー配車システム「DS」における「現場目線」での開発と、DSを社会実装したあとのきめ細かなカスタマーケアだ。

DSは毎年150%ペースで普及が進んでおり、47都道府県で約500社が導入しているという急成長ぶり。

タクシーのDXというと、スマートフォンアプリを使った、利用者と事業者をつなぐB2C型のビジネスモデルを思い浮かべる人が多いだろう。最近はそこに、ライドシェアが絡む。

一方、B2B型のシステムもあり、複数のIT関連企業などが社会実装している。その中で電脳交通の強みは、「徳島のタクシー会社発」という事業者としての当事者意識と現場目線にある。

債務超過の家業を引き継いで

電脳交通のルーツは、創業者で最高経営責任者の近藤洋祐氏の祖父が徳島で経営していた、吉野川タクシーにある。

近藤氏は5年間タクシードライバーとして従事したあと、2012年に経営を引き継ぐ。このとき吉野川タクシーは、債務超過寸前の状態だったという。

そうした、家業を下地とした事業環境の変革が、電脳交通のファーストステージ。ここから、地方の高齢タクシードライバーや事業者にとってのDXへのハードルを、少しずつていねいに下げていったのだ。

近藤氏は現場の声を重視し、年に約1000回ものシステムや機能のアップデートを行うことで、事業者の信頼を得てきた。実績として、大手事業者の配車室の人件費を1/3に削減し、そのうえで配車効率を2倍にした事例がある。


創業者で最高経営責任者の近藤洋祐氏(写真:電脳交通)

もうひとつ、電脳交通が全国から注目されている事業が、タクシー事業者向けの配車業務代行「Taxi CC」だ。

全国には約6000ものタクシー会社があるが、業務の中核である配車作業はアプリだけではなく、特に地方部では電話で行われる場合も少なくない。そうした中、近年はオペレーター不足にくわえ、深夜での電話対応が経営コスト面で難しいといったケースも多い。

電脳交通では、そうした課題を持つ事業者それぞれの配車業務を代行するだけでなく、近隣地域でのタクシーの空き状況を踏まえて、事業者同士をつなぐ役目も担っているのが特徴だ。

そして、B2B型事業からさらに一歩踏み込んだ試みが、自治体とともに地域交通の解決策を考える「DS Demand」である。2021年10月より、本格的に開始した。


徳島本社の配車センターの様子(写真:電脳交通)

これは、各地域の社会状況を電脳交通が把握し、タクシー、各種のデマンド交通などの最適化を行うもの。電脳交通が、全国各地の現場で培ってきた知見を生かそうという事業だ。

新潟県加茂市や青森県津軽郡など、すでに全国60以上の自治体と連携した導入事例や実証事例がある。

このように、電脳交通は単なるタクシー/ハイヤーのサービスプラットフォーマーではなく、地域交通の変革を目指す「新たなる動き」として捉えることができるだろう。

エモーショナルな部分=「感情領域」へ

ここからは、電脳交通が目指す「新しい動き」について深掘りする。話を聞いたのは、取締役最高執行責任者(COO)の北島昇氏だ。

まず、電脳交通のウリである「現場目線」について詳しく聞くと、「論理だけではなく、エモーショナルな部分」という点に対する配慮を強調した。

たとえば、「こういう配車をされたらタクシードライバーはどう思うか?」「配車がいきなりキャンセルされたら、またはこんな順番で配車されたらドライバーはどんな気持ちになるか?」、あるいは「事業者がドライバーにどんな心情を持っているか?」といった、ドライバーと事業者の感情領域の話である。

逆にいえば、システムや事業内容をブラッシュアップするためには、ドライバーからどのような理解を得なければならないのかを、電脳交通が「どう理解するか」だ。

つまり、電脳交通にとっての「現場」とは、業務だけを指すのではなく、いま起きている問題の背景にある、論理だけでは説明できないような「もっとエモーショナルな部分にある」という解釈なのだ。


取締役最高執行責任者(COO)北島昇氏(写真:電脳交通)

配車システムの機能をひとつ加えるにしても、経済合理性だけではなく、営業と開発の間で現場に関わる人たちの感情も踏まえた議論を進めているという。

ただし、こうした「現場」への対応を大事にしながら、企業としてさらなる成長を目指すには、電脳交通側が「現場に出向く数」「現場での作業や交渉の質」「現場から本部へのフィードバック」、そして「それらを総括する評価」などについての対応の進化が求められる。

「現場目線」といっても、実に奥が深い。電脳交通の経営陣も、そうした点はよく理解している。

規制緩和やライドシェアで生まれた「差」

もうひとつ、別視点での「現場目線」の議論がある。「現場や事業経営者の課題を解決するだけでは業界変革(社会変革)ができない」という強い意識を、電脳交通は持っているのだ。

そうした観点が必要とされる背景として、北島氏は「市場の大きな変化」があると話す。

たとえば10年ぐらい前までは、タクシー事業者の課題認識に大きな差はなかった。それが、タクシー事業の規制緩和やライドシェア導入の議論が高まったことで、自社の事業を積極的に変化させようとする事業者が増えてきているという。

そのため、課題認識とその解決方法に対するバリエーションも急増しているのだ。

また、地方と都市部、または地方でもエリアの属性で差が広がっている。これは、インバウンドの影響など、市場からのニーズでさまざまなケースが顕在化してきたためだ。

電脳交通としては、「現場目線」で日々の事業活動を積み重ねながらも、目線を一歩引き上げて、「社会全体を冷静に見ながら、今後の展望を考えていくことが重要だ」との認識がある。

直近では、社内の営業と開発との間にプロダクト企画を担当する部門を置き、「先を読み解くための土台」を作った。そのうえで、経営陣が市場変化や顧客からの要望に対して“手触り感”を持って、事業戦略の優先順位を考慮している。

では、電脳交通は将来的にどういった方向を目指す可能性があるのか。北島氏は「地域交通オペレーターだ」と話す。


徳島本社の配車センターはまさに「地域交通のオペレーター」の様相(写真:電脳交通)

地域交通の課題解決に向けた方法が無数にあることを、電脳交通は日々の事業の中で実感している。

たとえば、自治体が中心となって地域の交通事業者などを取りまとめる形もあれば、交通事業者同士が、それぞれの事業の継続をかけて、事業者の壁を超えて自主的に連携する形もある。

そうした地域の特徴を十分に踏まえたうえで、電脳交通が自治体と事業者の間、または事業者と事業者との間に入り、「落としどころ」を見つけていく。

こうした領域の事業に前述の「DS Demand」も含まれ、今後はそれをさらに進化させた組織体系をイメージしているという。北島氏は、将来に向けて「社会変革に対するリーダーシップをとっていきたい」との強い意志を示した。

自治体/地域事業者/地域住民で議論を

地域交通の変革については、電車、バス、コミュニティバス、乗り合いタクシーなどの再編や、AIオンデマンドバス、自動運転、自家用有償旅客運送、ライドシェアの導入などさまざまな選択肢がある。

変革を成し遂げるには、地方自治体、地域事業者、そして地域住民が「この地域をこれからどうしていきたいのか?」という意思を持って、粘り強く、そして真剣に議論することが必須となるだろう。

そうした中で、電脳交通が目指す「地域交通オペレーター」の重要性が、さらに高まっていくことは間違いない。一方で、地域交通オペレーターという領域を単独企業の事業として成り立たせるには、難しい面もあるはずだ。

パートナー企業との連携や斬新な組織形態に向けた発想など、電脳交通のみならず、地域交通オペレーターという存在に対する議論が、さらに活性化していくことを期待したい。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)