取材・文=吉田さらさ 写真=フォトライブラリー

八重垣神社 


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縁結び祈願の聖地として人気が高い

 出雲には、出雲大社以外にもぜひお参りしたい神社が数々ある。それもかなり広範囲に広がっているので、一度の旅ですべての神社を回るのは不可能、二度、三度と足を運ぶ必要がある。今回は、そんな中でも最初に行っておきたい八重垣神社を紹介しよう。よく知られているように、こちらは縁結び祈願の聖地として人気が高い。日本神話の中でももっとも有名な物語のひとつ、「素戔嗚尊の八岐大蛇退治」の舞台とされるからだ。

 素戔嗚尊は高天の原で乱暴狼藉を働き、姉の天照大神からも愛想をつかされ、追放されて出雲の国の斐の川上に降り立った。 そこでは脚摩乳、手摩乳という老夫婦が 「娘の稲田姫がもうすぐ八岐大蛇に食べられてしまう」と嘆き悲しんでいた。聞けばこの夫婦には八人もの娘がいたのだが、最後の稲田姫を残して、すべての娘が食べられてしまったという。素戔嗚尊は斐の川上から七里ほど離れた「佐草の里」というところに八重垣を造って稲田姫を隠し、見事八岐大蛇を退治した。両親の許しも得て、素戔嗚尊と稲田姫はめでたく夫婦となった。

「八雲立つ 出雲八重垣 妻込みに 八重垣造る その八重垣を」

 素戔嗚尊が結婚の喜びを詠んだ歌である。全国に縁結びのご利益があるとされる寺社は数あれど、これほど感銘深い物語を秘めたところは他にはなさそうだ。

 この神社が「縁結びの大親神」と名乗っているのもうなずけるが、自分にはもう縁結びは必要ないという方も、ぜひ訪ねてみて欲しい。よく言われるように「縁」は何も男女の縁ばかりでなく、人生上のさまざまな出会いを含む広い意味での縁と思えばよいし、この場所自体に漂うただならぬ神気に触れるだけでも意味がある。

 これはあくまでわたしの個人的な感想だが、鳥居の前に立った瞬間に「ああ、確かにここには神様がいらっしゃる」と感じ、そのまま時空を超えて神話の世界に入って行くような心地がした。たくさんの神社でお参りしてきたが、他の地域の神社では感じたことのない不思議な時間の流れを体感できたと思う。

本殿に祀られた素戔嗚尊と稲田姫

連理玉椿(夫婦椿)


 鳥居をくぐる前に必ず見ておきたいのは、道路を挟んで向かい側にある「連理玉椿(夫婦椿)」だ。言い伝えによれば、昔、稲田姫が二本の椿の木を植えたところ、地上で一本の木になったことから、夫婦愛の象徴として神聖視されるようになったという。年によっては、一枚の葉が二枚に分かれた珍しい葉も見つかることがあるそうだ。境内には、他にも二本の夫婦椿がある。

八重垣神社 拝殿


 境内に入ったら、まずは拝殿の前に立ち、奥にある本殿に祀られた素戔嗚尊と稲田姫にご挨拶しよう。正面からは見えないが本殿は出雲大社と同じ「大社造り」である。特徴は妻入り(切妻屋根の妻の側に入口がある形)、入口は右側で、社殿の中央には心御柱が立てられている。横側に回れば、内部は見えないものの妻入りの形がよくわかる。

 本殿の内部には素戔嗚尊、稲田姫命、天照大神など六柱の神を描いた壁画があったが、現在は取り外され、宝物収蔵庫で保管されている。平安時代の宮廷画家によって描かれたというこの壁画は、神社建築史上でも例のない貴重なものだ。一般公開されているので、ぜひ見ておこう。

山神神社 


 摂社「山神神社」にもぜひお参りしたい。こちらは山・農耕の守護神、夫婦和合、安産、子宝の神として信仰された神社で、もとは山中にあったのだが、明治ごろに八重垣神社の境内に遷された。小さな社の隣には、巨大な男性器状の柱が祀られている。これぞ五穀豊穣や子孫繁栄のシンボル。この形のご神体が祀られた場所は他にも何か所かあるので、探してみるのも一興である。

 そしていったん境内から出て、一般道を渡る。ここが八重垣神社の中でももっとも重要な場所、「佐久佐女の森」だ。素戔嗚尊はこの森の大杉の回りに八つの垣根(八重垣)を造り、稲田姫を隠したのである。うっそうと茂る木々に囲まれた空間に漂う神の気配に圧倒されながら奥へと進むと「鏡の池」と呼ばれる池がある。

鏡の池


 ここに隠れていた稲田姫はこの池の水を飲料水とし、また鏡として姿を映したとされる神聖な場所で、奥に稲田姫を祀る天鏡神社がある。神札授与所で占い用紙を受け、その上に10円、もしくは100円硬貨を乗せて池に浮かべる。15分以内で沈んだらご縁が早く、30分以上かかったらご縁は遅い。また、近くで沈めば身近な人と、遠くで沈めば遠くの人とご縁があるとされる。男女の縁だけでなく、さまざまな願いごとを占うこともできるとのことだ。

 神々の世界への短い旅を終えて、もと来た場所に戻る。最初に見た夫婦椿の向かいあたりに近藤商店という店があり、男性器と女性器がペアになった「授かり飴」という飴が大人気だ。キャラクター化されてなかなかかわいいが、人前で食べるのはちょっとはばかられるかも知れない。

神魂神社


 もしも時間に余裕があれば、夫婦椿と近藤商店の間の「はにわロード」と名付けられた道を歩いて、神魂神社という、これもまた魅惑的な名前の神社にも行ってみたい。この神社の社殿は室町時代に建てられたもので、現存する日本最古の大社造り。神社の建造物としては貴重な国宝指定である。八重垣神社からは徒歩40分ほど。はにわロードの周辺には鹿や馬などの形をいた埴輪のレプリカも飾られ、天気のよい日の歴史散歩に最適である。

筆者:吉田 さらさ