抗生物質を服用すると、腸内の有益な菌まで死滅してしまうため、抗生物質と一緒に整腸剤が処方されることがよくあります。大腸菌やサルモネラ菌など、多くの病原菌が属するグラム陰性菌のみを破壊し、それ以外の無害な常在菌には影響を与えない抗生物質「ロラマイシン(lolamicin)」に関する研究が、科学誌・Natureに掲載されました。

A Gram-negative-selective antibiotic that spares the gut microbiome | Nature

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07502-0

New Era? 'Double Selective' Antibiotic Spares the Microbiome

https://www.medscape.com/viewarticle/new-era-double-selective-antibiotic-spares-microbiome-2024a1000apx

‘Smart’ antibiotic can kill deadly bacteria while sparing the microbiome

https://www.nature.com/articles/d41586-024-01566-8

頑丈で毒性が強く、抗生物質に対して素早く耐性を獲得するグラム陰性菌は「医療の悪夢」とされています。コリスチンなど、グラム陰性菌だけを標的とする抗生物質もありますが、グラム陰性菌の中には無害な菌や有益な菌もいるため、グラム陰性菌を無差別に破壊すると病原菌の繁殖を防ぐ腸内細菌叢(そう)まで破壊されてしまいます。

グラム陰性菌が抗生物質に強い理由のひとつは、外膜と内膜という二重の防御壁にあります。そこで、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のクリステン・A・ムニョス氏らの研究チームは、この防御システムの存在を逆手に取った抗生物質「ロラマイシン」を開発しました。



ロラマイシンは、グラム陰性菌を保護する膜の生成に重要なリポタンパク質を輸送する「Lolシステム」を阻害する作用を持っている一方、グラム陽性菌にはほぼまったく影響を与えません。

また、病原性のグラム陰性菌とそれ以外のグラム陰性菌のLolシステムには違いがあることを利用して、研究チームは病気の原因になるグラム陰性菌だけを狙う抗生物質を開発することに成功しました。

ムニョス氏は、「グラム陽性菌には外膜がないので、Lolシステムもありません。また、病原性のグラム陰性菌と有益なグラム陰性菌のLolシステムを比較したところ、大きく違うこともわかりました」と話しています。

ロラマイシンの効果を検証するため、研究チームが実験室内で培養した病原性グラム陰性菌にロラマイシンを使用した結果、130株以上の多剤耐性菌に抗菌効果を発揮することが確かめられました。また、耐性菌に感染したマウスを用いた実験では、ロラマイシンを投与されたマウスがすべて生存した一方で、投与されなかったマウスは3日以内に87%が死亡しました。

さらに、一般的な抗生物質を投与されたマウスは腸内細菌叢が破壊され、抗菌薬投与後に増殖して下痢などを起こすクロストリディオイデス・ディフィシルに感染していましたが、ロラマイシンを投与されたマウスは感染しませんでした。このことから、ロラマイシンが腸内細菌叢を保護して二次感染を防ぐことも示されました。



マウスを使った実験で有望な結果を出したロラマイシンですが、人間の臨床試験で安全性が確認され、医薬品当局に承認されるまでには10〜20年以上かかるのが通例であるため、ロラマイシンの実用化までには長い道のりがあります。

ムニョス氏は「ロラマイシンの応用可能性を評価するという点で、やるべきことがまだたくさんありますが、この薬の将来には期待しています」と述べました。