2020年にAmazonがスマートショッピングカートを発表したとき、この車輪の付いたセルフチェックアウトマシンは、レジなし技術のジャストウォークアウト(Just Walk Out)を使って店内のレジ待ち列を撲滅するというeコマースの巨大企業が抱いていた野望のほんの一部にすぎなかった。

4年後、ダッシュカート(Dash Cart)と名付けられたAmazonのスマートカートが、一新された同社の実店舗小売戦略の新たな顔として登場した。Amazonは4月初旬、同社が運営する食料品店のAmazonフレッシュ(Amazon Fresh)の新しい店舗では、ジャストウォークアウトの規模を縮小してダッシュカートに置き換えると発表した。さらにはダッシュカートをほかの小売業者に販売しはじめる計画もある。これはライバルである食品宅配アプリのインスタカート(Instacart)の戦略を真似した動きだ。

結局のところ、Amazonのダッシュカートは同社の食料品店戦略のメインというよりも、実店舗小売の問題を解決し、人工知能を活用したグローサリーテックへの高額な投資に意味があったことを示そうとする最新の取り組みといえる。

実店舗でも覇権を握れるのか



Amazonが実店舗の絶対王者になるという野望を長年抱いてきたことは周知の事実だ。同社は2015年、書店チェーンのAmazonブックス(Amazon Books)ではじめて実店舗に進出した。2022年にAmazonブックスの24店舗を閉鎖したにもかかわらず、食料品店に関しては長年にわたって強気で、2018年からはレジなしコンビニエンスストアのAmazon GoやAmazonフレッシュなどさまざまなフォーマットをテストしている。2017年には高級食料品店チェーンのホールフーズ(Whole Foods)を137億ドル(約2兆1200億円)で買収し、大手スーパーマーケットチェーンのウォルマート(Walmart)やクローガー(Kroger)などから市場シェアを奪おうとする意欲をさらに高めてきた。

Amazonはジャストウォークアウト技術を再考しているが、それでも実店舗をまだ諦めていないことは明らかだ。むしろ、ハイテクショッピングカートに搭載したグローサリーテックを食料品店に浸透させようとしている。

Amazonと、同様のスマートカート技術を販売するライバル企業にとっての課題は、食料品店に対し、カートが見せかけだけのスマホアプリではなく食料品ショッピングの未来だと証明することだ。買い物客に利用してもらう必要もある。しかしアナリストによると、それは「いうは易く行うは難し」かもしれない。

「食料品店は非常に利幅が薄いビジネスだ」と市場調査会社イーマーケター(eMarketer)のアナリストであるサラ・マルツァーノ氏は述べた。「この取り組みは莫大な先行投資であり、それを飲み込むのは非常に大変なことだ」。

スマートカートを導入しているスーパーはわずか6%



2023年に6110億ドル(約94兆4000億円)の収益を報告したウォルマートのような業界大手にとっては、スマートカートの導入はたやすいことかもしれない。しかし、ローカルチェーンや独立系店舗など小規模な事業者は、このような技術への投資を難しいと考えるだろう。地域密着型スーパーマーケットチェーンのマイヤー(Meijer)の2023年の収益は、約200億ドル(約3兆900億円)だ。

スマートカートは、多くの場合カメラとセンサーを使用し、買い物客が商品をカートに入れるとすぐにスキャンして、レジ待ち列をスキップできるようにするもので、小さいながらも成長を続けている現代のスーパーマーケットの備品だ。2021年、サンフランシスコを拠点とするインスタカートは、スマートカートのスタートアップであるケイパーAI(Caper AI)を3億5000万ドル(約540億円)で買収し、それ以来、スーパーマーケットのクローガー、フェアウェイマーケット(Fairway Market)、ガイスラーズ(Geissler’s)、ショップライト(ShopRite)、シュナックス(Schnucks)など、さまざまな小売実店舗にカートを導入しており、2024年末には数千台に達する見込みだ。スーパーマーケットチェーンのアルバートソンズ(Albertson’s)は、2人の元Amazonエンジニアが設立したスタートアップのビーブ(Veeve)が提供するスマートカートを試験導入した。同じくスーパーマーケットチェーンのモートンウィリアムズ(Morton Williams)は昨年、イスラエルを拠点とするテクノロジー企業のA2Zスマートテクノロジーズ(A2Z Smart Technologies)に100台のカートを発注し、ウェグマンズ(Wegmans)も2店舗でスマートカートのテストを開始した。

食品小売業界誌のプログレッシブグローサー(Progressive Grocer)によると、食料品店におけるスマートカートの導入率は比較的低く、現在店舗に導入しているスーパーマーケットはわずか6%だ。Amazonのウェブサイトによると、同社のダッシュカートを試しているサードパーティ小売業者のテストプールは小さく、現在この技術を試験導入しているのはカンザス州とミズーリ州にある小売チェーンのプライスチョッパー(Price Chopper)とマッキーバーズマーケット(McKeever's Market)の5店舗だけだという。とはいえ、スマートカートが消費者に支持され得ることを示唆する調査もある。消費者調査プラットフォームのアッテスト(Attest)のデータによると、調査対象となった2000人のアメリカ人のうち、追加された商品を自動的に検出するスマートカートを使用したいと回答したのは41%で、使用したくないと回答したのはわずか21%だった。

問題の一部は費用にある。スマートカートの価格は1台あたり5000ドル(約77万円)から1万ドル(約154万円)だといわれている。コンサルティング会社のコンフルエンサーコマース(Confluencer Commerce)の創業者でCEOのブライアン・ギルデンバーグ氏は、標準的なカートの価格が1台あたりわずか100ドル(約1万5000円)程度であることを考えると、ほとんどの食料品店はこの価格に衝撃を受けるだろうと述べた。農産物や乾物を販売するビジネスは利益率が低く、センサーとカメラを搭載した未来的なカートは、多くの食料品店にとって手が届かない代物かもしれない。

実店舗強化の背景にあるリテールメディア拡大構想



インスタカートは、スーパーマーケットに販売するAI搭載型ショッピングカートに広告を表示し、利益率の高い広告ビジネスから得た収益を小売業者に分配することで、このジレンマを軽減しようとしている。このグローサリーテック企業の広告ビジネスは2023年に8億7100万ドル(約134億円)もの利益を叩き出したが、これは全収益の30%近くを占める。インスタカートの広報担当者は、スマートカート広告から得た収益の何パーセントが参加店舗に分配されるかなど、小売提携の具体的な条件は明らかにしなかった。

同様に、Amazonはリテールメディアへの広範な進出の一環として、食料品店の実店舗を利益率の高い広告収入源に転換させるために一丸となって努力している。経済情報サイトのビジネスインサイダー(Business Insider)は10月、Amazonがダッシュカートにパーソナライズされた広告を展開しようとしていると報じた。Amazonは直近の決算報告で、広告売上高が前年比で27%増加したと発表した。

「店舗で、この種の技術革新を有効活用できるほどの量を販売するか、広告の効果を発揮できるほどの客足を呼ぶ必要があるということだ」とギルデンバーグ氏は述べた。「100%の自信をもって、そういう店舗が世界中にたくさんあるとはいい切れない」。

Amazonの巨大な広告ビジネスは、何億人もの買い物客から収集したファーストパーティデータをもとに構築される。食料品店にスマートカートを販売すれば、そこにある豊富な顧客データを得て、広告部門を強化するために活用できるため、得るものは多い。

グローサリーテック企業のスイフトリー(Swiftly)の共同創業者で最高イノベーション責任者のショーン・ターナー氏は「小売店の実店舗はAmazonに、同社がまだ征服できていなかった最後のフロンティアのデータをもたらしつつある」と語る。

消費者行動を変えられるかが課題に



しかし、オンラインでの最大のライバルであるAmazonと提携し、貴重なショッピングデータを共有する気がある小売業者がどれだけいるかはまだわからない。

ターナー氏は、このような小売業者の警戒感が、食料品店の勧誘の場面でインスタカートに優位性をもたらす可能性があると述べた。しかし、インスタカートもまたグローサリーテック企業であり、同社を小売パートナーではなくライバルと見なすスーパーマーケットと信頼関係を構築しなければならない。

「嫌な選択肢しかないときにどちらを選ぶかという話だ」とターナー氏は語った。「これらの技術のいずれかに投資をしようとしている小売業者だとして、自分の市場にとってよりマシなのはどちらだろうか?」

ターナー氏は、スマートカートを使うようにAmazonが消費者を説得できなければ、この技術もAmazonのほかのグローサリーテックへの投資と同じ道を歩む可能性があると述べた。

「結局のところ、消費者の行動は変えようとしてもなかなか変えられない」と同氏はいう。「それがジャストウォークアウト技術とAmazon Goにとって大きな課題だったことは明らかだ。スマートカート技術を消費者向けに展開する際にも、同様の課題に直面するだろう」。

Amazonは、Amazonフレッシュの店舗でダッシュカートを使用する顧客はそうでない顧客よりも10%多く支出しており、1日のダッシュカートを通じた取引の80%以上はリピーターによるものだと主張している。

「うまくいけば、Amazonはレジなし技術を導入するために自社の食料品店を何百店舗もオープンするという面倒で費用がかかる作業をしなくても、レジなし技術の恩恵を享受できるということだ」とマルツァーノ氏は述べた。

[原文:Amazon Briefing: Why Amazon’s smart cart pitch to grocers may be a ‘tough pill to swallow’]

Allison Smith(翻訳:ジェスコーポレーション、編集:戸田美子)