若い野球選手の「肘の手術」を防ぐ! 肘の障害を防ぐセルフチェックの方法

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肘の痛みは野球をする子どもたちにとって深刻な問題ですが、肘の痛みに対する治療方法はトミー・ジョン手術などの手術が唯一無二なのでしょうか。日本肘関節学会理事長の正富先生によると、内側側副靭帯(ないそくそくふくじんたい)損傷以外にも中高生に多い肘の障害があるとのこと。早期のセルフチェック方法、予防のための適切なトレーニングの方法などについて、解説していただきました。

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監修医師:
正富 隆(社会医療法人行岡医学研究会 行岡病院)

一般社団法人日本肘関節学会 理事長。大阪大学整形外科、大阪厚生年金病院などを経て現職。手の外科、投球障害、四肢外傷などの上肢外科のスペシャリストとして広く知られている。日本整形外科学会 専門医・指導医、日本リウマチ学会 専門医、日本整形外科学会 リウマチ医、日本手の外科学会 専門医、日本リハビリテーション医学会 専門医。

若い野球選手にとって肘の手術は効果的?

編集部

近年、肘の手術をおこなうプロ野球選手が増えていますが、若い人も手術を検討した方がいいのでしょうか?

正富先生

成長期の手術はできる限り避けなければなりません。肘は体の中で比較的早く成長が終わります。身長が伸びるのが遅い子でも、概ね中学卒業までに終わります。そのため、腕の長さの大部分が、肩の近くと手首の近くの骨での成長になります。若者の靭帯再建術はアメリカに比べると日本はそれほど多くありませんが、手術をしようと思えば肘の成長が終わっている高校生ならできます。他方、成長未熟な小・中学生で生じる野球肘の一つである「離断性骨軟骨炎」に対する手術は、圧倒的に日本がアメリカを凌駕しています。幼少期から野球に集中する日本の野球のあり方によるものと考えられます。

編集部

肘の内側側副靱帯損傷の治療は、手術が第一選択なのでしょうか?

正富先生

内側側副靭帯損傷において最も重要なことは、手術をするかどうかではなく「靭帯に負担のかからないフォームを身につけること」です。成長期の小・中学生で野球肘になり、高校生になって再度痛みが出てきたという場合、幼い頃からずっと肘に負担のかかる野球を続けてきた結果ですから、まずは靭帯に過度な負担をかけずに投げられるようなトレーニングをすることが重要です。私は手術前の2週間にリハビリをするよう勧めています。そうすると痛みが出ないようなフォームが自覚できて手術をやめる選手もいますし、手術をした場合でも復帰の近道になるからです。

編集部

手術せずに復帰した野球選手の例はありますか?

正富先生

例えば、東北楽天ゴールデンイーグルスの田中将大投手はニューヨークヤンキース時代、靭帯損傷で手術をするかどうかで話題になったことがあります。PRP(多血小板血漿)療法などをおこない、結局手術せずに復帰しました。PRP療法や衝撃波など手術以外の治療法の効果については、まだその確率やエビデンスがかなり高い訳ではありませんし、フォームや投球スタイルを変えた影響も大きいと思われます。大谷翔平選手などの「トミー・ジョン手術」を受けたメジャーリーガーも、手術前と比べればある程度フォームや投球スタイルが変わっていることに気づくのではないでしょうか。手術に踏み切る選手の多くは、手術以外に様々な方法を試した後、最終選択として手術をしていることを多くの人に知ってもらいたいですね。

編集部

高校生で肘の痛みを感じる選手が多いのはなぜでしょうか?

正富先生

多くの小・中学生は、毎日は野球の練習をおこないません。しかし、高校生になったとたん、甲子園を目指す選手を中心に毎日の練習が始まります。練習や多くの試合に耐えられるような持久力がついていなかったり、疲労などの影響によって体幹や下半身のコンディションが悪化した状態で投げたりすることで、痛みが出る場合があります。中には小・中学生時の野球肘の後遺症が残っている選手もいますし、成長とともに筋力もついて腕の振りが速くなり、ちょっとしたフォームの違いで靭帯に負担がかかるといった要因も考えられます。

野球肘以外の肘のケガとは?

編集部

靱帯の損傷以外にも、肘の障害はあるのでしょうか?

正富先生

代表的なものとして、剥離骨折があります。その他、離断性骨軟骨炎・関節ネズミなどがあります。これらも投げすぎというよりも不適切なフォームや気づかない間に生じているコンディション低下によって引き起こされることが多いですね。ほかには子どもでは肘頭(ちゅうとう)という部分の骨端線閉鎖不全、高校生になると肘頭の疲労骨折、大人では後方インピンジメントと呼ばれる、ボールリリースのタイミングで肘の後ろに痛みが出る「後方型障害」があります。

編集部

剥離骨折とはどのような状態ですか?

正富先生

剥離骨折とは本来、投球動作のストレスで引っ張られた靭帯の付着する骨の一部が一気に剥がれてしまうケガのことですが、実際に投球でそれが生じることは少ないのです。若い野球選手の場合は、靭帯が繰り返し引っ張られることで、まだ骨になりきっていない靭帯付着部の軟骨が剥がれるように別の小さな骨片になってしまった状態です。高校生の時に見つかった場合、小・中学生の時にできたものが完全に治らなかったものであることがほとんどです。

編集部

関節ネズミについても教えてください。

正富先生

関節ネズミは、関節内で自由に動く小さな骨片や軟骨片が存在する状態を指します。剥離骨折の骨片は関節の外ですから、関節ネズミとは言いません。これらが痛みや違和感、関節のロック(ネズミが関節に挟まって強い痛みを伴って動かなくなる状態)を引き起こすことがあります。若い選手の場合は離断性骨軟骨炎が治らなかった後遺症であることがほとんどです。

編集部

関節ネズミの状態になった場合には、どのような治療をするのですか?

正富先生

関節ネズミを放置すると、気づかぬうちに軟骨がどんどん傷んでしまい変形性関節症に陥ってしまいます。関節鏡を用いてネズミと言われる関節遊離体を摘出したり、ネズミになりそうな部分を削ったりする治療をおこないます。これが、プロ野球選手がオフシーズンにおこなう「肘のクリーニング手術」と呼ばれるものです。

編集部

肘頭の疲労骨折とはなぜ起こるのでしょうか?

正富先生

高校生・大学生の肘頭疲労骨折(小・中学生では成長軟骨が骨に成りきらない「骨端線閉鎖不全」)が生じる主な原因は、フォロースルーでタイミングよく肘をたたむことができず、ボールリリースで肘を伸ばしきってしまうことを繰り返すからです。大人の場合は肘頭の先端に骨棘(こつきょく)と呼ばれる余分な骨や軟骨ができたり関節ネズミができたりします。

肘のケガを予防するためのセルフチェック

編集部

肘を痛めないためには、何に気をつけるのがいいのでしょうか?

正富先生

肘を痛める人は、その前に肩が硬くなっていたり、肩のインナーマッスルがしっかり機能しなかったりするなど、コンディションが低下していることが多いですね。成長期に野球肘になる子の多くは、投げすぎというよりも肩のコンディション悪化に気づかないまま投球し続けている事が原因です。肩のコンディションのセルフチェック方法としては、肩の動きを左右で比べてみてください。また、0.5~1kgのダンベルや水の入ったペットボトルを腕だけで持ち上げようとして肩の痛みが出る場合は、肩のコンディションが低下している可能性があります。

編集部

肘のセルフチェックについても教えてください。

正富先生

方法としては、肘を伸ばしきれるか(完全伸展できるか)を左右で比べてチェックする方法があります。子どもの場合は、週末に野球をすることが多いと思いますので、毎週月曜日の朝に肘を、痛みなく伸ばしきることができるかをチェックすることをおすすめします。肘に負担がかかりすぎると、痛みや張りがなくても完全に伸び切らなくなります。

編集部

子どもの野球肘を防ぐためにはどのような事に注意すべきですか?

正富先生

多くの子どもは、練習・試合後に「肘が張っているけど痛みは無い」などと表現することがあります。次の練習までに症状がなくなった時は「筋肉痛だったのだ」と考えがちですが、実際に靱帯の部分を押さえると痛みがあることが多いのです。これは野球肘の前段階と考えて良いでしょう。子どもの場合、痛みや張り、違和感が出る事自体、肘に負担がかかっていると考え、コンディショニングや負荷量を調整してあげる必要があります。

編集部まとめ

肘の障害は野球をする子どもにとって深刻な問題です。手術が必ずしも選手復帰への近道となるわけではないとのことです。手術を避けるためには、こまめなセルフチェックが重要で、肩のコンディションや、体幹・下半身のコンディショニング、フォームにも目を向け、障害をまず予防するべきであるとのことを教えていただきました。

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