追跡…PFAS汚染源特定に壁 “国の指針値”の300倍
「不便だよね。風呂に毎日入っていたが、2~3日に1回にするか、一週間に1回にするか。毒風呂じゃけ」。
そう話すのは、東広島市八本松町の住民。
住宅と畑が点在する地域を揺るがしたのは、目には見えない物質だった。
地下水から検出されたのは、身体への影響が指摘されている有機フッ素化合物「PFOS」「PFOA」。
今も対象地域の住民へのペットボトルの配布が続く中、取材を進めていくと、汚染源の特定を阻む「ある壁」が見えてきました。
■飲用水としては国内でも最悪クラスの汚染
4月5日、東広島市八本松町で、市が購入した飲料水の配布が行われた。配布は週に2回、1日1人あたり3リットル。この光景は、既に2カ月以上続いている。受け取りに来た住民からは、「早く普通の生活に戻りたい」との声が聞かれた。
日常の生活に欠かせない水の問題。異変が分かったのは、去年12月のことだった。
下流にあたる「広島市安芸区の川の調査」から、水質汚染が発覚。東広島市の臨時会見で、高垣広徳市長は、「最も高い濃度は1万5千と、300倍くらいの汚染が見つかっていた」と発表した。
検出されたのは有機フッ素化合物のうち、「PFOS」と「PFOA」と呼ばれる物質で、発がん性など身体への影響が指摘されている。飲用水としては国内でも最悪クラスの汚染だった。
■汚染範囲は?地下水では最大300倍
実際に汚染が確認された家を訪ねた。取材に応じてくれた家の井戸からは、国の暫定指針値(1リットルあたり50ナノグラム)の90倍が検出されたという。地下水では最大300倍の汚染が、そして河川などでは、最大80倍の汚染が広がっていた。
住民「不便だよね。風呂に毎日入っていたが、2~3日に1回にするか、一週間に1回にするか。毒風呂じゃけ。今はそんなこともないけど、だんだんと入るのも嫌になるよね」。
住民の生活を一変させた水質汚染。どこまで水が汚染されているのか。
汚染範囲の特定のため、県と東広島市が合同の調査を実施。最初に検出された川から、
黒瀬川水系にも広げ水を採取した。井戸水なども調査をした結果、黒瀬川水系では暫定指針値を超える数値は検出されず、汚染されていないことが分かった。
■汚染源は?その中心には米軍の弾薬庫
数カ月にわたる調査の結果から徐々にわかってきたのは、「汚染源」ともいえる有害物質の出どころだ。調査地点を順番に配置してみると、その中心には、アメリカ軍の川上弾薬庫がある。260ヘクタールの広大な敷地には、土に覆われた数多くの倉庫があり、弾薬の保管や処理もしているという。
市が汚染の原因の一つとして泡消火剤を挙げた。泡消火剤の中には、水をはじく界面活性剤としてPFOSを含むものがあり、全国的に設置されているという。自衛隊では、2023年度末にPFOSを含む泡消火剤をすべて廃棄する方針を打ち出し、去年3月には、呉基地に全国最多となる約1万7千リットルが残されていたが、3月末には、廃棄のためすべて運び出されたという。
3月、高垣市長自ら中国四国防衛局に足を運び、川上弾薬庫内での調査を訴えた。
高垣広徳市長「(特定調査で)残っているのが、後は米軍の基地内。その調査は、我々がストレートにするわけにはいかないので、防衛局にお願いをしたい。我々が入手できた情報を提供して、米軍内での調査をお願いできたら」。
市として、なぜ直接調査ができないのか。そこには高い壁が存在した。
■アメリカ側から回答「漏出の事実はなく、使用歴もない」
高い壁として、1960年に結ばれた日米地位協定がある。アメリカ軍が国内で、円滑な行動を確保するための規定が並ぶが、外務省は他の国にも同様の規定があるため、必ずしも不利なものではないと説明している。
ただ2022年12月、アメリカ軍の横須賀基地で泡消火剤が漏れ出て、市と国が立ち入り調査に入ったケースもある。この調査が実現した背景には、2015年に締結された日米地位協定の環境補足協定の存在だ。環境被害が確認されアメリカ軍が認めた時には、日本側による立ち入りなどができるとされる。
東広島市が防衛局を通じて行った問い合わせに、アメリカ側から回答が届いた。
回答は、①広島県内の在日米陸軍基地の施設では、これまで泡消火薬剤をいかなる消火活動及び訓練においても使用したことがない。②基地内外においてPFOSなどの漏出を確認したことがない。③泡消火薬剤については、2020年に約2,200ガロン(約8,300L)を処分した。④泡消火薬剤は一切保有していない、という内容だった。
アメリカ軍は漏出の事実はなく、PFOS含有の泡消火剤の使用歴もないとの回答だったため、環境補足協定の対象にはならず、現時点で市などによる立ち入りは実現していない。
3月末には、市は、地元住民などを対象とした臨時の健康診断を実施。希望した住民が、がん検診などを行ったものの、住民が望む血中の汚染物質の濃度検査は、「健康被害との直接的な関係が明らかになっておらず、無用な心配をあおる」として採用されなかった。
井戸水が使えない世帯を対象に、水道への接続手続きが進められている。水が自由に使えることで、日常生活を取り戻すことにつながるが、汚染源の特定と除去には、まだまだ時間がかかりそうだ。