“2000万円”以上の損失 うつ病&ひきこもり46歳兄を説得できなかった妹の悔恨&強い決意
筆者のファイナンシャルプランナー・浜田裕也さんは、社会保険労務士の資格を持ち、病気などで就労が困難なひきこもりの人を対象に、障害年金の請求を支援する活動も行っています。
浜田さんによると、障害年金の場合、法律上は原則として、その障害で初めて医療機関を受診した日である「初診日」から1年6カ月が経過しないと請求することができないといいます。無職・無収入でお金に困っていても、障害年金を請求するのに1年6カ月は待つ必要があるのです。
そのため、気になる症状が出たらできるだけ早く受診した方が望ましいとのことですが、なかなかうまくいかないこともあるようです。浜田さんが、ひきこもりの兄を持つ妹をモデルに解説します。
家族の説得に応じなかった兄
うつ病の兄(46)の障害年金を今すぐにでも請求する方法はないのか。そのような内容で相談に訪れた妹(43)から私は事情を伺いました。
兄は高校2年生の頃から朝起きることが難しくなり、次第にひきこもるようになっていったそうです。高校に行かなくなってしまったことで父親と大げんかをすることもありましたが、ひきこもりの状態が改善することはありませんでした。当時、母親や妹が病院を受診するよう、兄を説得したこともあったそうです。
しかし兄は首を縦に振ることはなく、病院を受診することはありませんでした。その後、妹は結婚して兄と別居するようになり、病院を受診するよう説得する機会は徐々に失われていきました。
兄がひきこもり状態にあることがもはや日常となってしまったまま、月日は流れ、両親は共に80代となりました。身体機能や認知機能の衰えが目立つようになっていき、兄本人も将来への不安や焦りを口にするようになったそうです。
これを機会と捉えた妹は、実家に戻り兄を説得。兄は46歳を過ぎた頃に初めて精神科を受診しました。今まで受診も治療もしてこなかったためか、兄は医師から「抑うつ状態が重くなっているようです」と言われたそうです。
兄の今までの年金加入状況を確認したところ、20歳当時から国民年金の保険料を納付しており、親が年金生活に入った後は免除になっているとのことでした。以上のことから、兄は障害基礎年金を請求することになります。
障害年金は初診日から1年6カ月が経過しないと、原則として請求することができません。よって、兄は48歳になる少し前になって、ようやく障害基礎年金を請求できることになります。
早期に請求していれば2000万円以上の障害年金が得られた可能性
ある程度の確認が取れた後、妹は私に窮状を訴えました。
「兄は無職で収入がなく、お金に不安があります。今すぐにでも障害年金が欲しいのです。1年6カ月が経つ前に障害年金を請求することはできないのでしょうか」
「残念ながらそれはできません。障害年金は、原則、初診日から1年6カ月を過ぎたときに請求することができるという法律があるからです。1年6カ月より前に請求できる例外もありますが、それは、例えば心臓にペースメーカーを入れる、人工関節を入れるといったものになります。精神疾患の場合、例外というものはないので、請求後、1年6カ月間待つ必要があります」
「やっぱり駄目ですか…。もし兄が10代の頃に受診していたら、障害基礎年金はもっと早くもらえていたということですよね。今さら聞いても仕方がないとは思いますが、兄がもらいそびれた金額はどのくらいになるのでしょうか」
「障害基礎年金は最も早くて20歳のときから受給できます。これは国民年金の加入が20歳からになっていることと連動しているからです。仮にお兄さまが20歳から48歳までの28年間に障害基礎年金が受給できていたとすると、合計額は次のようになるでしょう」
■障害基礎年金2級の場合
年額79万円とする。
20歳から48歳までの28年間分で79万円×28年=2212万円
■障害年金生活者支援給付金
障害年金生活者支援給付金は2019年10月から運用開始。
年額6万円とする。
2019年から48歳まで7年間分とすると6万円×7年=42万円
合計約2254万円
「2000万円以上!」
あまりの金額に、妹は大きな声を出しました。
「確かに2000万円は大きな金額ですね。仮に2000万円の貯蓄ができていたとすると、ご両親亡き後のお兄さまの一生涯の生活費がほぼまかなえる金額ですので」
「なんてもったいない。私がしっかりしていれば、兄はもっと早く受診していたかもしれないのに…」
妹は自分で自分を責めるような様子で力なくつぶやきました。
「確かに早めに病院を受診してもらう方が望ましいのですが、なかなかうまくいかないことも多いようです。病院を受診することは、ご本人にとってかなり心理的なハードルが高いことでしょう。受診に乗り気ではない本人を説得して受診してもらうのは容易ではありません。何かよい方法あるわけでもなく、どのご家族も苦慮されているようです」
私はこう説明した上で次のようにアドバイスしました。
「遅くはなってしまいましたが、妹さまが諦めずに説得したことにより、お兄さまが受診してくれただけでもよしとしましょう。障害年金の請求の2カ月くらい前から書類をそろえていくことになりますから、それまで極力通院を続けるようにしてもらってください」
「分かりました。時期が来ましたら、こちらから再度ご連絡します。兄の通院が続けられるように、私もできるだけのことはしようと思います」
妹は後悔の気持ちを振り落とすように頭を左右に軽く振り、覚悟を決めた目でそう言いました。