現代ではプレゼン力がますます重要視されるようになっています(写真:cba/PIXTA)

ビジネスでは、営業提案や会議報告にはもちろん、ちょっとした自己紹介にもプレゼンの能力が必要とされている。

しかし、こうした状況にあっても、プレゼンに対して苦手意識を持っている人は少なくない。

そこで、経営学者にしてYouTuberでもあり、起業家でもある中川功一氏が、科学的に実用性の高いプレゼンの方法論を平易に解説した『一生使えるプレゼンの教科書』を出版した。

本記事では、本書からなぜ全ビジネスパーソンにとってプレゼン力が、キャリアを向上させるうえで重要なのかを紹介する。

コミュニケーション弱者は、機会を取りこぼす

近年、世界的にSTEM:Science、Technology、Engineering、Mathematics――すなわち理系的思考力の重要性が強調されるようになっている。皆さんは、このSTEM能力と、コミュニケーション能力とで比較したとき、どちらがどれだけ稼げるか、ご存じだろうか?


アメリカで、このことを検証した30年分のデータベースを用いた大規模な調査が行われたのだが、その結果は衝撃的なものであった。コミュニケーション能力のほうが、数学的思考力よりも、はるかに時間当たり賃金の上昇に寄与していたのである。

自然に考えれば、両方の技能が高い「高コミュ力・高数学力」な仕事についている人が、最も賃金アップしているはずである。が、実際のところは、1990年・2000年はむしろ「高コミュ力・“低”数学力」な仕事をしている人のほうが、賃金上昇率が高かったのである(その後、2005年、2010年では「高コミュ力・高数学力」が逆転している)。

注目すべきは「低コミュ力・高数学力」の仕事の賃金上昇度である。両方のスキル要求度が低い「低コミュ力・低数学力」より高いのはよいが、「高コミュ力・低数学力」に比べるまでもなく賃金は低迷してしまう。数学力よりも、コミュ力だという厳然たる事実が、ここで示されてしまっているのである。


※画像は東洋経済オンラインに掲載。
注:縦軸は1980年を基準とした賃金上昇率。
出所:Deming, D. J. (2017) “The Growing Importance of Social Skills in the Labor Market.” Quarterly Journal of Economics 132(4): 1593-1640.

これがよいことなのかどうかは、また別の話として。

皆さんの実感も、その通りだと思うのではないだろうか。上手にコミュニケーションが取れる人が出世するし、会社で重宝されている。

私自身もつくづくそれを実感している。私はもともと学者としてキャリアをスタートして、近年はスタートアップ経営者に転じているが、その間、一貫して私を支えているのは、コミュニケーション能力のほうであったと確信している。

大学の先生で人気講師として活躍していたときも、国際カンファレンスで座長をつとめることができたのも、多数の著作を出せたのも、転じてYouTuberとして一定の成功を得られたのも、スタートアップとして資金調達に成功したのも、クラウドファンディングで3000万円を集められたのも――すべて、私がコミュニケーションに秀でていたからだと確信している。

コミュニケーション力があれば、人生とキャリアが、明るい方向に開いていく。

コミュニケーション力がないと、人生とキャリアで、つまらない損をしてしまう。

他者とのコミュニケーションを苦手としている方々に強調したい。皆さんは、そろそろ、事実から目を背けるのをやめた方がいい。コミュニケーションが上手ければ、確かに皆さんはより多くの機会を得ることができるようになる。データを、歴史を、理論を紐解けば、コミュニケーション能力が、社会・組織の最重要スキルであることは明白なのだ。

アメリカ経済の25%が「説得」でできている

まずは、コミュニケーションをめぐる「データ」から見ていくことにしよう。

喋りの上手さというものをめぐっては、多くのビジネスパーソンに誤解されているきらいがある。「喋りだけ磨いても、薄っぺらい人間になる」「意識の高い、世の道理が見えてない若造のやること」「喋りなどより中身で勝負しろ」「プレゼンなどしなくても、正しいことをしていれば必ず気がついてくれる」などなど。

だが、現実に目を向けてみてほしい。皆さんの職場で、果たしてどれだけの割合が「相手を説得すること」に使われているだろうか。営業現場、求職活動、新人教育、部下への指導、提携先との交渉、投資家へのプレゼン、メディア対応……。現代では、私たちの社会活動のかなりの部分を、誰かが誰かに説明・説得する行為が占めるようになりつつある。

ここに、驚くべきデータがある。イリノイ大のマクロスキー教授の推計によれば、2005年のアメリカで行われた労働の約19%が説明・説得行為であり、国民所得の少なくとも25%が説得行為から発生したものであるとされる。マネジャーともなればその業務の75%までが他者を説得することであり、アメリカの全雇用1億4200万人のうち、2300万人以上が、業務の75%以上を人に説明・説得する仕事をしていると推計されている(1)。

私たちの産業社会は、相手への伝達・説得で成立しているのであり、それに長じるものがトップ営業マンとなり、慕われる職場のリーダーとなり、マネジャーとなり、弁護士となり、インフルエンサーとなり、政治家となる。説得の技能に長けたものが、この社会で様々に活躍をする機会を得ているのである。

2000年前から、コミュニケーション技術は最重要教養である

哲学者アリストテレスの名は広く知られていると思う。だが、氏が後世に残した主著のひとつが「弁論術」であることは、あまり知られていない。諸学の父と呼ばれ、人類史上最高の頭脳の一人と呼ばれる氏が、もっとも重視した基本素養(教養)のひとつが、弁論術なのである。

その理由は明快である。自分がものごとを知ることと、他人がものごとを知ることは等価である。さらには、正しく伝えられないことは、内容そのものが正しくないことと等しく問題だからである。だとすれば、自らが学んだことを万人に正しく伝えられることは、自らが学ぶこと自体と同じかそれ以上に、価値があることとなる。だからこそ、社会のリーダーたるべき人は、よく学び、そして、よくそれを伝えることが求められる。これが、アリストテレスも所属した当時の大学「アカデメイア」の基本姿勢なのである(2)。

アカデメイア―アリストテレスの時代以降も、説得の技術は最重要の教養という地位を譲ることはない。中世には大学における自由七科(リベラル・アーツ)、すなわち基礎的な学芸7つの1つに修辞学が位置づけられている。

現代産業社会においては、経営学の父・ドラッカーにより、他者に正しく伝え、その心を動かす、コミュニケーションの技能こそが、企業のリーダーが修めるべき技能のひとつであると位置づけられている(3)。人類史上、コミュニケーションの力が軽視されていた時代などないのだ。

コミュニケーション力とは「喋りの上手さ」ではない

プレゼンが上手いとは、科学的にはどういう現象なのか。最後に、理論の側面から、プレゼンを考えていこう。そこからは、プレゼンは単に喋りが上手いという以上の、はるかに大きな意味を持つことだということが見えてくる。

よいプレゼンとは、どういうものか。それは、分かりやすく構成が組み立てられており、エビデンスが提示されており、理屈も納得的で、資料は見やすく、場の空気も上手に作って、何より内容が充実していて、そして話もたくみであること。それはまさに、ビジネスパーソンとしての総合力である。

舞台袖からパッと出てきて、数分間の漫才をしてみせるお笑い芸人さんを見て、私たちが感じる「話が上手い」にしても、同じこと。その場での喋りも凄いけれども、練り込まれた構成、吟味された内容、自分たちをどう見せるかまで徹底的に分析し、数百回では済まないリハーサルと本番がなせる総合力で、私たちを魅了しているのである。

そろそろ「コミュニケーション能力」の学術定義をいいかげん開示しよう。コミュニケーション能力とは「ある特定の文脈において、メッセージの伝達や解釈、意味の交渉ができる能力」を意味する(4)。

コミュニケーション研究における日本の重鎮・大坊郁夫たちは、このコミュニケーション能力について既存研究の整理・統合を行い、ENDCORE(エンドコア)モデルを提唱している(5)。ENDCOREとはすなわち、Encode:自己を表現する能力、Decode:他者の発言を受け止める能力、Control:自己を統制する能力、Regulate:他者との関係を調整する能力の4要素のこと。「上手な喋り」の背後では、これらの力がフル動員されているのである。

コミュニケーションの力を磨いていくとは、これらの総合的な能力を高めていくことである。表現する力、他者を理解する力。自己を統制する力。そして、上手に関係をつくる力。これらはまさに、ビジネスパーソンとしての基礎力である。コミュニケーションに長じるとは、人間社会でよく生きるための多種多様な能力が総合的に高い状態なのである。

まずは練習すること

現代社会では、残念ながら、「愚直に頑張っていれば、いつかは気づいてくれる」という、薪を背負って勉強する二宮尊徳や、慎ましくも心清らかに暮らすシンデレラのストーリーは通用しなくなっている。情報過多で、アテンションエコノミー(注意を惹けるかどうかが経済的価値をもつこと)である時代、あなたは、ちゃんと他者にアピールができなければ、人生で大きく損をしてしまうことになる。

では、どうやってコミュニケーションの力を磨いていくのか。詳細は次回以降にお伝えしていくとして、皆さんにはまず、「それは単に練習の産物である」ことを強調しておきたい。ボールの投げ方、ピアノの演奏の仕方、水泳のやり方と同じ。相手に伝えることも、身体運動のひとつであり、脳の働きなのであるから、毎日ちょっとずつでも練習すれば、確かに昨日よりも上手くなるのが「伝える」ということなのである。引っ込み思案でも、静かな人でも、吃音症の人でも。先天的な条件の違いはあれども、誰しも、練習すれば確かに自己の中で前進していくのがコミュニケーションである。

社内会議、営業現場、クライアントの前で、取引先地の調整で、投資家・株主の前で、SNSで。この社会の、あらゆるシーンで、コミュニケーション能力の重要性が高まっている。だからこそ、それを苦手として、悩む人も増えている。コミュニケーションが前よりもちょっと上手くできるようになったら、様々な場面で、皆さんはもう少しずつ、得をするようになれるはずだ。自分に、自信もついてくる。だとすれば、今、皆さんが今年あたりやっておくべきことは、コミュニケーションを得意科目にしてしまうことではないだろうか?

(1)McCloskey, D. (2007) "How to Buy, Sell, Make, Manage, Produce, Transact, Consume with Words." University of Illinois mimeo.
(2)Herrick, J. A. (2020). The History and Theory of Rhetoric: An Introduction. Routledge.
(3)P・F・ドラッカー(2001)『マネジメント(エッセンシャル版)基本と原則』上田惇生編訳、ダイヤモンド社。
(4)日本語での解説としては、齋藤孝(2004)『コミュニケーション力』(岩波新書)に詳しい。学術用語として初めてコミュニケーション能力を定義したのは、Hymes, D. (1972). "On Communicative Competence." In J. B. Pride and J. Holmes (eds), Sociolinguisitcs: Selected Readings, Penguin Books。
(5)藤本学・大坊郁夫(2007)「コミュニケーション・スキルに関する諸因子の階層構造への統合の試み」『パーソナリティ研究』15(3):347-361。

(中川 功一 : 経営学者、やさしいビジネスラボ代表取締役)