従業員が声を上げやすい組織づくりが求められています(写真:metamorworks/PIXTA)

アメリカで戦略的組織改革とエグゼクティブ・リーダーシップに関するコンサルティング会社を経営し、15年にわたる研究と3200件以上の企業インタビューを行ってきたロン・カルッチ氏。

氏は著書『誠実な組織 信頼と推進力で満ちた場のつくり方』で、従業員が「権力に対して真実を語る」という動きが注目を集めている、と言及。従業員による活発な議論と、その声に耳を傾けるリーダー側の姿勢が「誠実な組織」を作っていくと説いています。

同書から一部を抜粋・編集し、組織で「活気ある声」と「ウェルカムマインド」を育てる、その具体例やアドバイスをご紹介します。

伝え方の悪さから生じた行き違い

例を1つ紹介しよう。橋やダム、発電所の建設といった大規模な公共事業を手がける、世界的なエンジニアリング企業の話だ。

同社にはヴァネッサ氏という広報部の事業部長がおり、彼女の直属の上司は最高執行責任者であるダーク氏だった。ヴァネッサ氏はこれまで何年間も、ダーク氏をはじめとする経営陣に対し、事業を行う地域における地元住民との関わり方を再考すべきだと訴えていた。

そしてほかの会社がどのように地域に貢献し、会社の評判や地域住民からの信用を向上させているかを示そうと、記事やニュースで紹介された事例をいくつも送りつけた。

地元のイベントに協賛してはどうかという提案も何度か行った。しかしその提案は却下されるばかりで、ついに彼女は自分の落胆ぶりを経営陣の前で露わにした。

するとダーク氏は、ヴァネッサ氏が「与えられてもいない権力を行使しようとしている」と注意し、彼女を「経営チームの前でかばうのがどんどん難しくなっている」と伝えた。

のちに私がダーク氏から聞いた話では、経営陣はもはやヴァネッサ氏の声に何の反応も示さなくなっており、ただ彼女が「個人的な価値観を組織に押し付けようとしている」と憤慨していた。

彼女の動機は、よりパーパスドリブン(目的志向型)な会社をつくること、この会社には建設プロジェクト以上に誇るべきものがたくさんあると示すことだった。

一方、ダーク氏ら経営陣はヴァネッサ氏から送られてくるいくつもの記事は、彼らにとっては自分たちの力不足を突きつけるものに思えた。ヴァネッサ氏はヴァネッサ氏で、提案が却下されたのは女性である自分への当てつけだと捉えた。

心を開いて耳を傾けていなかった

私がダーク氏から連絡を受けたのはこの頃だった。経営陣やヴァネッサ氏本人と話をしたところ、彼らは互いに凝り固まったバイアスを抱いていた。加えて、ヴァネッサ氏のアイデアは戦略として非常に優れていたにもかかわらず、その伝え方があまりに悪かった。

経営陣も経営陣で、彼女の提案に対して反射的に否定するばかりで、心を開いて耳を傾けることができていなかった。ダーク氏もヴァネッサ氏の味方兼仲介役としてうまく立ち回れておらず、どうすれば経営陣の賛同を勝ち取れるかといったアドバイスも与えていなかった。

さらに、同社には優れた側面も多くあった一方で、ジェンダーバイアスも確かに存在していたのである。

とはいえ、決してここで万策尽きたわけではない。ヴァネッサ氏は入念に構成されたワークセッションを通じて、自分の考えを伝える際、明確な理由や根拠を提示できるようになった。

また、経営陣に対してはからずも厳しい批判をしてしまったことを謝罪し、どうすれば自分のアイデアが会社の戦略推進につながるかを考え、自分が提案した取り組みを実施する際には責任を持って先頭に立つと宣言した。

さらに経営陣も、ヴァネッサ氏に対する強い先入観を取り払い、客観的に彼女の意見に耳を傾けられるようになった。

こうしてストーリーは幸せな結末を迎えたが、もしヴァネッサ氏が最初からもっとうまく自分のアイデアを伝え、上司らの考えを変えられていれば、彼女と経営陣のあいだの不必要な仲たがいは避けられていたかもしれない。

伝えづらいことを伝えるスキル

多くの人が、言いづらいことをうまく伝えようとして失敗し、頭を抱えている。こうした状況では、「伝えづらいことを伝えるスキル」の重要性がより一層際立つようになった。


バージニア大学ダーデン経営大学院で教授を務めるジェームズ・ディタート氏は、職場における勇気について、また、従業員が自分の声を活用し、権力に真実を語ることができる環境について、長い時間をかけて調査を行った。

私は彼にインタビューを行い、彼の提唱する「有能な勇者」の概念や、困難な問題に対して効果的に声を上げるために必要な心構えについて伺った。

最初に彼が述べたのは、「勇気とは一握りの特別なヒーローにだけ与えられたものである」という神話的な考えを打破しなくてはならないということだった。

またディタート氏が行った日常生活のなかの「勇者」に関する研究によると、彼らの成功には2つの重要な前提条件が見られたという。

「彼らはすでに有能で頼りがいがあり、信用できる人物だと認識されていました。また、『優しい、感情的知性が高い、判断力が優れている、会社のことを心から考えている』というよい評判もありました。ですから彼らが上げる反対意見は許されるのです」(ディタート氏)

フォローアップが重要

2つ目の前提条件は、「有能な勇者」は片っ端から無益な戦いをするのではなく、もっとも自信と確信を持って対峙できる問題だけを選んでいる、ということだ。この2つが満たされなければ「あなたの問題提起に対して、組織が突然耳を傾けるようになることはおそらくない」とディタート氏は述べる。

ディタート氏いわく、研究結果のなかでもっとも驚きだったことの1つは、問題提起をしたあとのフォローアップがいかに重要かということだった。

「有能な勇者を目指すにあたり、もっとも蔑(ないがし)ろにされがちなのがフォローアップだと思います。覚悟を決めて誰かと対立したり、公の場で大変なプレゼンテーションを行ったりしたあとは、さっさと自分のオフィスに撤退したいと思うものです。

しかし多くの場合、そうして相手の前にもう一度姿を現し、フォローアップを行うことが何より大事だったりします。"自分の主張がうまく伝わった"と思っても、大抵は実際に変化を起こすために必要なコミットメントを相手と交わせていないことが多いからです。

もう1つ重要なフォローアップは、あなたのアイデアや観点に賛成していない人に対するものです。あなたの提案によって、立場が脅かされたり気分を害したりする人がいるかもしれません。その場合、勇気を持って本人に直接フォローアップをする必要があります」(ディタート氏)

「有能な勇者」になるために

さらにディタート氏のアドバイスに以下のことを加えてみよう。

【相手の味方になる】
権力者は敵だ、馬鹿だ、と考えて話してはいけない。彼らに対して厳しいことを言う必要があるときには、ポジティブな態度を保ち、自分は彼らの味方であると示そう。感情に身を任せて怒りをぶつけるのではなく、彼らの役割や状況における困難に寄り添いを示そう。声を上げる動機が、利己心や悪意、怒りになっていないかよく注意しよう。

【より大きな善が危ぶまれていることを伝える】
声を上げる際には、その問題を「彼ら」に限られたものと考えてはいけない。より大きなミッションやバリューが危機に晒されていると考えるべきだ。彼らの行動によって起きる長期的な影響を指摘し、彼ら自身、あるいは組織のバリューにもっと合致した代替案を提示しよう。彼らも自分の選択や行動が広範な影響を及ぼすことがわかれば、過度に自己防衛に走ったり抵抗を示したりする可能性が低くなる。

【説教をしない】
あなたの考えはあなたが普段から口にしている信条に基づくべきだが、声を上げる際には、そうした価値観を相手に押しつけてはいけない。自分の倫理観が相手よりも優れているように思わせたり、相手に「批判された」と感じさせたりしてしまうと、相手はそこで心を閉ざしてしまう。

厳しいことを伝える際には、無理やりアドバイスに従わせようとしてはいけない。あなたの役割は相手に新たな選択肢を与えることであって、最終的な決定権は相手にあるのだ。その点を明確にしつつ、手助けは惜しまないことも伝えよう。

また、こうした話し合いの際には、自分がどんなリスクを負っているか理解しておかなくてはならない。話し合いがうまくいかなかった場合に、その代償を支払うこともいとわない姿勢が大切だ。

私も日々、リーダーたちに厳しいこと、動揺させることを言わなくてはならない場面がある。

自己防衛心から苛立ちを露わにする人もいれば、自分の意図と実際の行動がどれほどかけ離れていたかを指摘されて、ひどくショックを受ける人もいる。仕事柄、私はどうしてもリーダーの心の奥深くにある問題を刺激する存在となってしまう。

だからこそ、どんな反応が来てもいいように心構えをしておかなくてはならない。彼らに怒りを向けられたとしても、私個人への攻撃や批判だと過剰に受け止めず、そうした怒りの感情を活かして彼らがよりよいリーダーになれるよう手助けしなくてはならないのだ。

耳が痛いこともウェルカムマインドで

どうすれば「単刀直入さ」と「寄り添い」を同時に示せるのかと尋ねられるたび、私はこう答えている。


「私にとってもっとも怖いのは、私が言ったことに対するリーダーの反応ではありません。一番怖いのは、本来避けられたはずの大問題に直面したとき、彼らに『こうなることがわかっていたのに何も言わなかったのか?』と言われることです」

同僚や部下の活気ある声を養うことをやめてはならない。彼らの声を促し、その声を待ち望んでいたと言わんばかりに、ウェルカムマインド(受容的な心や思考)で受け止めよう。

私はどの顧客にもこのような至ってシンプルな判断基準を伝えているーー。週に何度かあなたの執務室にやってきて、耳が痛いことを伝えてくれる部下がいないのであれば、あなたのリーダーシップはまるっきり駄目だということです、と。

(ロン・カルッチ : 経営コンサルタント会社Navalent共同設立者)