イスラエルとハマスの"戦争"は世界経済にどんな影響をもたらすのか(写真:Kobi Wolf/Bloomberg)

国際通貨基金(IMF)は10月10日、世界経済の回復ペースが鈍化していると発表した。世界経済はすでに何年にもわたる度重なる危機でよろめいているが、中東の新たな戦争がそれに拍車をかけるおそれがある中で発せられた警告だ。

先週末にイスラエルとハマスの間で戦闘が勃発し、地域全体に混乱が広がる可能性がある。頻発する予測不可能な世界的ショックから経済を守ることがいかに困難となっているかを示す出来事であり、IMFと世界銀行の年次総会のためにモロッコに集まった最上層部の経済政策担当者に暗雲を投げかけた。

パンデミックとロシアのウクライナ侵攻による長引く経済影響への対処を計画していた当局者らは、新たな危機に直面することになったわけだ。

紛争が広がれば「想像を絶する危機」に

「経済はデリケートな状態にある」。世界銀行のアジェイ・バンガ総裁は年次総会の合間にインタビューに答え、「ようやく軟着陸への道筋が見つかりそうだった中央銀行にとって、戦争は何の役にも立たない」と語った。景気後退を引き起こすことなく急速なインフレを抑えようとする、西側諸国の政策当局の取り組みに関する発言だ。

バンガ氏は、これまでのところ中東での戦闘が世界経済に与える影響は、ウクライナにおける戦争よりも限定的だと述べた。ロシアが世界有数のエネルギー生産国であり、ウクライナが穀物と肥料の主要輸出国であったことから、ロシアがウクライナに侵攻した当初は石油と食料の価格が高騰し、世界市場が混乱した。

「だが、今回の(ハマスとイスラエルの)紛争が何らかの形で広がるようなことがあれば、危険な状況になる」とバンガ氏は付け加え、そのような展開は「想像を絶する規模の危機」をもたらすと述べた。

石油市場はすでに神経質な動きを見せている。ヨーロッパ中央銀行の元調査局長で、現在はロンドン・ビジネス・スクール教授のルクレツィア・ライヒリン氏は、「一番の疑問はエネルギー価格がどうなるかだ」と話した。

ライヒリン氏が懸念するのは、原油価格の新たな高騰が、アメリカ連邦準備制度理事会をはじめとする各国の中央銀行のさらなる利上げ圧力となる展開だ。ライヒリン氏によれば、金利の上昇はすでにあまりに大きく、あまりに速くなりすぎている。

エネルギー価格については、「ロシアに加え、今では中東という、2方面の問題に私たちはさらされている」と言う。

多重危機で足を引きずる世界経済

IMFのチーフエコノミスト、ピエール・オリヴィエ・グランシャ氏は、足元で起きている原油相場の上昇が続くかどうかを判断するのは時期尚早だとしながらも、高騰が続いた場合は、原油価格が10%上昇すると世界経済は圧迫され、来年の経済規模は0.15%縮小し、インフレ率は0.4%上昇することが研究によって示されていると語った。

 IMFは最新の世界経済見通しで景気回復の弱さを強調。今年の世界成長率見通しを3%に据え置く一方で、2024年の見通しを2.9%に若干下方修正した。アメリカの今年の成長率見通しは上方修正した反面、ユーロ圏と中国の成長率見通しは引き下げ、中国の不動産部門の苦境が悪化していると警告した。

「世界経済は足を引きずっており、なお全速力にはほど遠い」。グランシャ氏はそう語り、気候変動によって自然災害が大規模化していく可能性など一連のリスクに言及、中期的に「状況はさらに悪化する」と付け加えた。

中でもヨーロッパ経済は、世界的な緊張の高まりのあおりをもろに食らっている。2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以降、ヨーロッパ各国政府はロシア産天然ガスへの過剰依存から脱却しようと躍起になってきた。

そうした取り組みは、中東の供給元を頼ることでおおむね成功を収めている。

ヨーロッパ連合(EU)は先週末、速やかにイスラエルとの連帯を表明し、ガザ地区を支配するハマスの奇襲攻撃を非難した。

ところが、石油供給国の中にはそれとは違う立場をとるところもある。たとえば、イタリアへの天然ガス輸出を増やしているアルジェリアは、ガザ地区の空爆で対抗したイスラエルを非難した。

先週末の戦闘が起こる前から、エネルギー転換はヨーロッパ経済に打撃を与えていた。IMFは、ユーロ圏20カ国の成長率は2022年の3.3%から今年は0.7%に鈍化すると予測している。ヨーロッパ最大の経済大国ドイツに至っては0.5%のマイナス成長という予想だ。

金利上昇、長引くインフレ、エネルギー価格高騰の余波によって、イギリスの成長率も2022年の4.1%から今年は0.5%に鈍化すると予想されている。

サハラ以南のアフリカ各国も景気減速に陥っている。来年の成長率は4%に好転が予想されているとはいえ、今年の成長率は3.3%に縮小する見通しだ。

これらの国々の多くには、巨額の債務がのしかかっている。債務レベルは平均して同地域のGDP(国内総生産)の60%に達しており、10年前から倍増。金利の上昇が返済コストの増大につながっている。

債務、気候、中国失速も絡む複雑方程式

こうした次世代のソブリン危機(公的債務危機)ともいえる状況は、地政学的な対立の激化に加え、グローバルなサプライチェーン(供給網)の見直しに世界が直面する中で起ころうとしている。

また、開発途上国における壊滅的な気候変動の影響を緩和するには、今後10年以内に数兆ドル規模の資金が新たに必要になるという試算もあり、状況を一段と複雑なものにしている。

政策立案者が直面する最大の疑問の1つは、中国経済の低迷が世界にどのような影響を与えるかだ。IMFは、中国の成長見通しを今年2度下方修正しているが、10日には中国の消費者信頼感は「低迷」し、鉱工業生産も鈍化していると発表。アジアの産業サプライチェーンを構成する国々が、中国経済失速の影響にさらされる可能性があると指摘した。

(執筆:Alan Rappeport記者、Patricia Cohen記者)
(C)2023 The New York Times

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