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1965年設立の長期婦人保護施設「かにた婦人の村」(千葉・館山市)。性暴力の被害者、知的障害や精神障害のために性的な搾取から抜け出せなくなってしまった人。日本で唯一の長期婦人保護施設として、行き場のない女性たちに身を寄せる場を提供してきた。

かにた婦人の村の施設長・五十嵐逸美さん、創立当初から仕える天羽道子名誉村長の2人に話を聞いた。(取材・文:遠山怜)

●日常への復活を妨げるもの

長い間、困難を抱えた女性たちの支援をする中で見えてきたものがある。それはPTSDの存在だ。彼女たちの日常生活を脅かし、深刻な生きづらさにつながっている。

「フラッシュバックの症状を抱える利用者さんは、少なくないのです。何気ない日常生活の中で、かつて暴行されたり暴力を振るわれたことを思い出し、体が固まってしまう。悪夢を見たら一日中動くことができない。就労の大きな妨げになっていることに加え、歯を磨いたり着替えたり、食事を取ったりといった日常的なことさえできなくなってしまう」(五十嵐施設長)

「退所して地域で就労している利用者さんから電話がかかってきて、『手首切っちゃった』って。入所している頃からリストカット行為はあったけど、ごく薄く切るだけだった。でも退所して生活する中で、フラッシュバックに一人で対応しなければならない。

解離した精神状態を現実に戻すために自傷したが、思い出す記憶の侵襲度が高いほど、強い痛みが必要になる。その時はかなりひどく手首を傷つけていて、傷が深いあまり、しばらくは就労できなかったと聞きます」(五十嵐施設長)

●求められるトラウマインフォームドケア

近年、北米を中心に「トラウマインフォームドケア」という概念が広がりを見せている。

問題行動を起こす児童や家族の背景にはトラウマがあり、トラウマの存在に気がつかないために、情緒的な問題や行動障害がなかなか解決せず、長引くことが指摘されている。そのため、福祉や教育、医療などの場を中心にPTSDの兆候やトラウマの影響に関する知識を持ち、利用者に関わることを推奨する概念だ。

「10年ほど前は福祉施設の関係者であっても、利用者さんに上から目線の人もいました。たとえば、利用者さんは何度もひどい暴力を振るわれていたにもかかわらず、暴力をはたらく夫の元へ戻ってしまう人が少なからずいます。

『私たちが支援して、戻っちゃダメだって何遍言っても言うことを聞かない。あの人たちは本当にどうしようもない』との発言を研修会のグループワークで、他所の地域の支援者から聞いたことがあります。

この仕事をしていて、徒労感や燃え尽きを経験する人は少なくありません。でも、DVの被害に遭っている人の傾向として、過剰適応はよくあることなのです。支援者の無自覚な一言がトラウマを呼び覚まし、PTSDを再受傷することだってあるのです」(五十嵐施設長)

「トラウマに関する知識を得ることで、混乱の原因がわかり、適切な声掛けができるようになります。例えば暴力被害に遭った経験があるために、支配的な人や管理者には従順になり、逆らわず自分の意思を押し殺すのが過剰適応です。再び暴力を振るわれないように、相手の神経を逆撫でしない行動を取ってしまいます。

暴力を振るわれた人になぜ逃げなかったの、抵抗すればいいのにと心無い声をかける人がいますが、それにはこうした理由があるのです。または逆に、支配的な人の言動や指示に、ものすごく混乱したパニック状態になる人もいます。これもトラウマから来るフラッシュバックだと言われています」(五十嵐施設長)

●求められるトラウマケアと高齢化への対処

売春防止法の改正に伴い、2024年には女性支援新法(「困難な問題を抱える女性への支援に関する法律」)が新たに施行されることとなった。

長年、婦人保護施設の目的が「売春をした、またはその恐れのある女性(要保護女子)に対する更生と指導」となっていることについて、支援現場や知識人からは人権意識の欠如であると指摘されてきた。加えて、婦人保護施設を含む福祉施設ではDV、性被害、貧困、虐待など売春防止法のもともとの立法事実とは異なる課題を抱えた女性たちが混在しており、法の改正が急務だった。

「実は婦人保護施設での支援期間は各県が決めていて、県によって入所の要件も退所への道筋もバラバラです。いる県によって救済の対象となるかさえ変わります。結果的に女性支援の国としての基準が無いのが現状です。対応する問題が複雑化し管轄の窓口も一本化されないのも、一律の支援を提供できない要因です。DV問題は内閣府の管轄ですし、女性の相談窓口は厚生労働省です。今回の法改正を機に整理することが必要です」(五十嵐施設長)

女性支援法制定の運動は、関係機関が連携して各地でできるだけ同じ質の支援を提供できるようにすることも狙いの一つとしていた。

かにた婦人の村では、女性支援新法の制定を前にして、大規模な改修と増築工事を行っている。個室化整備と、PTSDの症状へのケア、高齢化対策が、今回の改修の大きな目的だ。トラウマへの対処については、専門家によるケアが欠かせない。現在は利用者の方は外部の医療機関を受診することで対応しているが、今回の改築で心理療法室を設置し、心理職を配置する予定である。

利用者の方の高齢化対応としては現在、館山市と国の調整により、長年暮らしている施設を住居とみなし、介護保険制度を利用して在宅利用したりヘルパーを利用するケースが増えている。しかし利用者の高齢化を想定して、1970年代後半に建てられた高齢者棟は、現在の利用者の身体状況には合っていない。筆者が取材に伺った際も、寝所から1階に降りる階段の急さや玄関の段差が気になった。

「20年ほど前には、施設になぜ60代の人がいるのか国の調査が入ったこともあります。2012年に婦人保護施設の要項が一部改正されて、終生利用の施設ではないという一文が加えられました。しかし、利用者さんに一定の年齢になったら施設を出ていけと言うことはありません。

本人さんの希望や、措置元との毎年のケア会議の同意のもと入所を延長し、重度の要介護状態でなければ長く居られるようにしています。高齢の入所者には、長くいられるように元気でいてくださいねとお願いしています」(五十嵐施設長)

社会から追い出されてきた人たちがたどり着いた終の住処でも、高齢化の問題が起こっていたのだ。

●婦人保護施設の利用が低迷している理由

かにた婦人の村の本来の収容可能人数は100名だが、現在は43名の利用に止まっている。かにた婦人の村は、90年代まではほぼ入所率が100%だったが、全国の婦人保護施設の入所率は今や全体で20%台にまで落ち込んでいる。中長期的な利用を望む人は少なくないと聞くが、なぜ利用率が上がらないのか。

「婦人保護施設は県の相談窓口である婦人相談所に相談申し込みして、そこの許可が出ないと入所できない仕組みになっています。加えて、現在の婦人相談所はDV問題に特化しています。緊急性があり暴力など被害が明確なDV被害者が主な保護対象になっているのです。

利用者さんの中には、交際時からデートDVに遭っている人がいます。あるいは、強引に入籍させられた人もいます。そういう人の中には、障害のためにきちんと言語化して相談する力が弱く、保護につながらない人もいます。また、『あなたよりもっと大変な人がいる』と、相談者を否定するような言葉を相談員からかけられて、相談に行くことをやめてしまう人もいるのが現実です」(五十嵐施設長)

県の婦人相談所を通さなければ利用できない婦人保護施設のアクセスの悪さに比べて、救護施設や更生保護施設などの生活保護の施設は、市町村区の福祉事務所から直接入所できるため、DVや虐待の被害女性が入所してきて支援に苦労していると五十嵐施設長は話す。

性的搾取の被害、DV被害、虐待経験などによる生きづらさを抱える女性など、本来は婦人保護施設での、回復支援を含めた中長期の支援を必要とする女性達が、生活保護の施設で、期限を切った支援を受けている実態がある。

「女性支援法制定とその運用に伴い、女性支援事業を統括するために新しく割り当てられた厚労省の職員は10人足らずと聞いています。全国規模で起きている問題に対応するのに、10人。支援現場から問題をボトムアップで洗い出していって、要望を出していかなくてはいけないと思っています」(五十嵐施設長)

問題含みの状態は続くが、「それでも一人一人を大事にする支援をしていきたい」と語る。改築工事は2024年秋の開設を目指して進捗を急いでいる。

「かにたの婦人村」公式サイトでは、一般からの寄付も募っている。

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