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ジャニーズ事務所が10月2日、開いた記者会見を専門家はどうみたのか。

企業会計やコンプライアンスが専門の八田進二・青山学院大学名誉教授は、評価できないポイントとして「被害者に対する補償の進め方、新会社の経営陣、新会社の名称」の3点をあげる。前半に続き、八田名誉教授に詳しく聞いていく。

●3点目「新会社名、ファンから公募もおかしな話」

--被害者に対する補償の進め方、新会社の経営陣に続く、3点目の評価できなかったポイントは何でしょうか

3点目は、新事務所の名称ですね。

そもそも、旧事務所のジャニーズの名称を変える必要はありませんでした。事務所の最後の仕事は、そのジャニー氏による被害者への救済を行うこと。いわば“敗戦処理会社”として機能するわけですから、事務所名を変える必要はなかったのではないでしょうか。

また、新会社の名称をファンから公募するというのもおかしな話です。関ジャニ∞やジャニーズWESTのファンからグループ名を募集するのはまだわかりますよ。

しかし新たに会社を立ち上げ、新しく一歩を踏み出そうとする今、なぜ社名すら自分たちで決めなかったのか。

会社を設立する際は、どのような事業目的で、社会にどのような貢献をするのかなどを決め、株主を募り、その意向を反映させていくわけです。そこに関わった人たちの思いやビジョンをもとに会社の名前を検討する。それだけ大事なプロセスです。

それを公募にするのは、ファン重視と考えているのかもしれませんが、経営執行サイドとして主体性や統率力がないからだと思います。これでは、重要な事項に対して責任を持たずに人任せ、丸投げする姿勢があらわれたと思われても致し方ないのではないでしょうか。

同様に、今回の会見をコンサル会社に丸投げしていたことで、言論封殺にも通じる「NG記者」リストの作成問題が顕在化しています。そのため、せっかく誠意をもって回答を行っていた東山さんと井ノ原さんの立場に対して水を差す結果になってしまいました。この点は、東山社長として、コンサル会社に対して説明責任を果たすよう厳しく迫るべきでしょうね。

●スポンサー離れで、対応が変わった

--前回の会見(9月7日)では、新会社設立や名称を変更するとの方針は示されていませんでした。この1カ月で大きく動いたのは、どのような理由があったのでしょうか

BBCが今年(2023年)3月に性加害問題を報じた後も、当初は取材にも応じず、声明も出しませんでした。会社の権利や利益を守ったまま、逃げ切ることができるという姿勢だったと思います。

ジャニーズ事務所は過去何度となく、性加害問題が報じられたり、裁判で事実認定されても逃げ切ってきた実績があります。一部のメディアをのぞいては、新聞やテレビなどのマスコミによる追及はないと甘く見ていた面もあったでしょう。実際、過去はそうだったわけですからね。

それが今回、マスコミも報じるようになり、企業スポンサーも離れていった。どんどん外堀が埋められて行き、さすがに対応せざるを得なくなったのでしょう。

大きく潮目が変わったのは、先月の会見後、9月12日に経済同友会の新浪剛史代表幹事が「真摯に反省しているのか大いに疑問だ」「(企業の広告起用には)毅然とした態度」を求めると厳しい姿勢を見せたことだったと思います。

新浪氏はこの会見で、「チャイルド・アビューズは絶対にあってはならない」とも言っています。新浪氏は国際経験も豊かで、ビジネスと人権の重要性をよく知っているからこそ毅然とした姿勢を示せたのでしょう。

国際的にも人権問題を度外視した経営は成り立たないということをよく知っている。新浪氏のこの発言で、企業は雪崩を打ったように、厳しい姿勢をとるようになったのです。

ビジネスと人権の観点では、問題があったから直ちに契約を破棄するのではなく、まず取引相手に最初は是正措置を求め必要な関与を行っていき、その上での対応となります。ところが、事務所からは明確な説明がない、改善がみられないから我々は継続できません。その代わり、しっかりした対応策やタレントとの直接契約ならば可能だという話が提示されていったのでしょう。

事務所にとって、ここまで厳しい展開は予想していなかったのではないでしょうか。

●「一つだけ前途に光明を見出すならば…」

--この問題を通して、「ビジネスと人権」という観点にも注目が集まりました

ジャニーズ性加害問題というのは、非常に不幸な事案であることは間違いないのですが、一つだけ前途に光明を見出すならば、この事案によって日本人全体に人権の重要性を広く知らしめることになったということでしょう。

夢を売るタレント事務所で、長きにわたって、子どもたちが性虐待、性被害にあってきた。この事実と取引先はどう向き合うかという問いが突きつけられているわけです。

海外ではどのように対応しているのか。

たとえばイギリスでは、2015年に「現代奴隷法」という法律が施行されています。非常にインパクトのある名称ですが、簡単に言えば、一定金額以上の売り上げがある、イギリス経済に影響を及ぼしているような企業は、取引先を含めたサプライチェーンで人権侵害がないか確認し、奴隷的な強制労働や差別がないように取り組むことを要請するものです。人権侵害が認められた、あるいは疑いのある場合には、相手取引先に何らかの制裁をかける。

すべての過程で、人権問題については問題ありませんと明らかにする必要があるわけですね。日本企業でも国際対応してる会社は、この点に留意してやってきたわけです。

日本でもイギリスの奴隷法から遅れること7年、2022年9月、企業向けの「人権デューデリジェンス」を策定しましたが、今回の問題で改めて重要性が伝わったと思います。

〈前編・「ジャニーズ新会社社長は『東山氏ではなく、稲盛氏のようなプロ経営者の招聘を』 ガバナンス専門家が指摘」を読む〉

【プロフィール】 八田進二(はった・しんじ) 会計学者。青山学院大学名誉教授、大原大学院大学教授、金融庁企業会計審議会委員、第三者委員会報告書格付け委員会委員など。著書に『「第三者委員会」の欺瞞 報告書が示す不祥事の呆れた後始末』(中公新書ラクレ)など多数。