自動車の販売現場では活用されている残価設定型ローン。価格の張る住宅ローンにどのようにして応用しているのか(写真:千和/PIXTA)

自動車の購入時に「残価設定型ローン」を利用したことがあるだろうか。同ローンは、数年後の残価(車両の価値)を決めて購入額から差し引くことで、月々の返済額を軽減する効果がある。決められた年数が経過すると、購入者は車を返却するか、残りのローンを自己資金で完済して車を買い取るかを選ぶ。

今、この仕組みを住宅に応用した「残価設定型住宅ローン」の取り組みが始まっている。住宅購入から一定の年数が経過すると、そのままローンを返済し続けるか、ローンの残額(残債)と同額で自宅を売却して完済するかを選べるのだ。一生で一番大きい買い物と言われる住宅。ローンとの付き合い方の選択肢の広がりは、消費者のライフスタイルはもちろん、銀行やハウスメーカーのビジネスモデルにも影響をもたらす可能性がある。

定年後もローン返済のリスク

「50代後半で役職定年を迎えれば給料は大幅に下がる。定年退職すれば給料は途絶える。そんな中で、住宅ローンを払い続けることはリスクとなる可能性がある」。残価設定型住宅ローンを開発・展開する、一般社団法人移住・住みかえ支援機構の大垣尚司代表理事は力説する。

残価設定型住宅ローンの基本的な仕組みはこうだ。住宅ローンの条件にもよるが、対象となる住宅には借り入れ時点からおおむね20〜30年目に残価が設定される。年数が到来すると、住宅購入者はそのまま住宅ローンを払い続けるほか、2つの選択肢をいつでも行使できる。

残債と同額で住宅を機構に売却してローンを完済するか、返済期間を引き延ばして月々の返済額を圧縮し、死亡時に一括して返済するリバースモーゲージのような形式に転換するかだ。


なぜ2つの選択肢が必要なのか。役職定年ないし定年退職を迎えて収入が減少すると、住宅ローンの返済が家計を圧迫しかねない。ローン負担に耐えられず住宅を手放すにせよ、不動産市況が悪ければ売却額が低く抑えられ、残債を完済できない可能性がある。「予期せぬ収入減に備えて”保険”を用意しておこう」というのが残価設定型住宅ローンの狙いだ。

国も残価設定型住宅ローンに期待を寄せている。2021年3月に国土交通省が公表した住生活基本計画には、「健全なリースバックの普及、リバースモーゲージや残価設定ローン等の多様な金融手法の活用を進め、住宅の資産価値の合理化・明確化を推進」と明記されている。

残価設定型住宅ローンを通じて中古住宅の売却や住み替えを促し、中古住宅流通の活性化を通じてスクラップアンドビルドを抑えたい考えだ。

ところで、同じ残価設定でも不動産は自動車より高額なうえ、流動性も高くない。機構はどのようにして、数十年後の残価を保証しているのか。

1つは残価設定型住宅ローンの対象となる住宅だ。数十年後の残価を保証すべく、現状は100年間の耐用年数を持つとして国の認定を受けた「長期優良住宅」の戸建てのみを対象とする。加えて、自動車が車検を受けるように、残価設定型住宅ローンを利用する場合も定期的に点検や修繕を受け、住宅の価値を保つ必要がある。

もう1つは残価の決め方だ。購入者が買い取りを希望した場合、移住・住みかえ支援機構が残債と同額を支払って住宅を引き取る。ハウスメーカーから引き合いがあれば機構は引き取った住宅を転売するが、原則は自ら賃貸して資金を回収する。そのため、土地の価格ではなく好不況に左右されにくい賃料を重視し、将来得られるであろう賃料の総額を基に残価を算出する。

本来、戸建ての賃料は試算が難しい。アパートやマンションに比べて賃貸事例が乏しく、賃料相場が見えにくいためだ。この点、機構はオーナーが住まなくなったマイホームの借り上げが主業務で、全国の戸建ての賃料データが蓄積されている。これを基に弾いた住宅の価値が残債を上回る時期に残価を設定しているため、住宅を買い取った場合に機構の財務が毀損されるリスクを抑えている。


あのメガバンクが参入

購入者にとっては返済の選択肢が広がる残価設定型住宅ローン。だが、返済期間や返済額が変動することから、金融機関にとっては扱いが難しい商品だ。2022年10月の残価設定型住宅ローン開始当時は、大手ハウスメーカーが共同で設立した日本住宅ローンでしか受け付けていなかった。

そんな中、2023年3月に一般の金融機関で初めて取り扱いを始めたのが三菱UFJ銀行だ。「中古住宅を循環させる理念に共感した」。デジタルサービス推進部業務開発第二グループの小林武調査役は話す。2020年10月、国が残価設定型住宅ローンの開発に乗り出すという報道を見て関心を抱き、機構に問い合わせたのがきっかけだ。

むろん、通常の住宅ローンよりも複雑なスキームゆえ、商品開発は容易ではなかった。住宅ごとに残価設定月がバラバラなうえ、一括返済ないし返済期間延長を要請された場合の対応など「銀行としてどこまで対応できるかが一番の論点だった」(小林氏)。返済期間を延長した場合に団体信用生命保険がその時点で切れてしまい、遺された家族がローン返済に苦しむ懸念もあった。

そこで、残価設定型住宅ローンの手続きは各営業店ではなく本部の「ダイレクトローン推進部」に集約した。全国どこの住宅でも申し込みをネット上で完結させ、手続きの相談や融資後のやり取りも原則ネットや電話で行うことで、管理の煩雑さを乗り越えた。「住宅ローンの非対面契約を推進してきたことが役立った」(小林氏)。生命保険会社とも交渉し、返済期間を延長しても満70歳までは団体信用生命保険が適用されるよう取り計らった。

住宅ローン顧客を囲い込む

商品設計に苦労してでも三菱UFJ銀が取り扱いに動いたのは、旧来の住宅ローンビジネスを一変させる可能性を秘めているためだ。

通常の住宅ローンでは、条件さえ合えばどの金融機関でも利用できる。対照的に、残価設定型住宅ローンの場合、ハウスメーカーごとに提携した金融機関がローンを審査・実行する。

三菱UFJ銀が組んだ相手はミサワホームだ。同社が販売する戸建てを購入する顧客が残価設定型ローンを希望した場合、三菱UFJ銀がローンを審査・実行するため、他行との金利競争を避けられる。不動産会社に見込み客を紹介するよう依頼する旧来の住宅ローン営業とは一線を画し、住宅が売れれば自動的に金融機関に送客がなされる。


三菱UFJ銀に続いて、楽天銀行も4月から残価設定型住宅ローンの取り扱いを始めた。こちらは8月時点で大和ハウス工業と旭化成ホームズの戸建てが対象だ。大手ハウスメーカーの戸建てを買える顧客は信用力が高い。住宅ローンを通じて関係を築けるメリットは金融機関にとって無視できない。

残価設定型住宅ローンによって営業体制が変わりうるのは銀行だけではない。「住宅を販売した後も、ハウスメーカーと顧客との関係が続く」と機構の大垣氏は指摘する。

前述の通り、残価設定型住宅ローンを利用するには定期的に点検を受ける必要がある。ハウスメーカーからすれば定期点検を通じて顧客との接点を維持でき、修繕やリフォーム、住み替えの営業機会を得られる。

残価設定月到来後に顧客が自宅の売却を選択した場合、ハウスメーカーがそれを買い取って再販することも可能だ。100年の耐用年数を持つ長期優良住宅を20〜30年ごとに買い取って再販すれば、戸建て1件あたりで何度も収益を上げられる。

中堅ハウスメーカーへ裾野を広げる

2022年10月から始まった残価設定型住宅ローン。現状は大手ハウスメーカーの戸建てに限られ利用実績も多くないが、機構は今後中堅ハウスメーカーにも提携を広げて、住宅業界での普及を後押ししたい構えだ。

野村総合研究所の推計によれば、2022年度に86万戸だった国内の新設住宅着工戸数は、2030年度に74万戸、2049年度には55万戸にまで減少する見通しだ。新築市場の縮小と対照的に、中古住宅の流通強化はますます重要になっていく。

残価設定型住宅ローンの登場は、消費者にとっては定年後のライフスタイルに応じた住み方の転換を、銀行やハウスメーカーにとってはビジネスモデルの変革をもたらす可能性を秘めている。

(一井 純 : 東洋経済 記者)