8月21日に消された「産業医サービス比較.com」のサイト。エムスリーキャリアのサービスがおすすめランキングの1位として、あたかも最も優れているかのように掲載されていた。(筆者が保存していたスクリーンショット)

「先般、当社の提供するサービスについて取り扱った一部ウェブサイトについて、不適切な当社の広告出稿が判明しました」

「当該サイトは、当社から広告出稿がなされたものであり、本来当社が広告出稿していることが明らかとなるように記載するべきところ、あたかも第三者による客観的な評価に基づいているかのように事実誤認をさせる表現になっておりました」

8月23日、医療人材紹介サービスを手掛けるエムスリーキャリアのホームページの「お知らせ」に、このような内容の「当社サービスの広告に関する対応とお詫び」が掲載された。

時価総額約2兆円の優良会社の子会社で不祥事

エムスリーキャリアは、ソニーグループが33.9%出資する医療情報会社のエムスリーが株式の51%を保有する子会社である。東証プライム市場に上場するエムスリーは時価総額が約2兆円、時価総額上位100社にも入る優良会社としても知られる。

その子会社が出した「お詫び」だが、事情を知らずにこれを読んでも何が起きていたのかはさっぱりわからない。具体的なことがまるで書かれていないからだ。

実は、その2日前の8月21日。産業医サービスの紹介会社を比較し、おすすめ順にランキング形式で紹介していた「産業医サービス比較.com」というサイトが、突如として消えていた。

これが、冒頭のお詫びで名前を伏せられていたウェブサイトである。サイトが休止した背景には、エムスリーキャリアが産業医紹介サービスで行っていた、ステルスマーケティング(ステマ)があった。

ステマとは、広告であることを消費者に隠して商品やサービスの宣伝をすることだ。消費者の合理的な判断を阻害し、企業間の公正な競争環境を歪めかねないとして問題視される行為だ。

前述の産業医サービス比較.comでは、サイトの目立つ位置に「産業医紹介会社はどこがオススメ? 産業医選びに最適なサービスを徹底調査!」と記し、おすすめランキングの上位10社が掲載されていた。1位に輝いていたのがエムスリーキャリアだった。

しかし、質の高さで厳選したとうたうこのランキングは、実際には「広告であることを隠した広告」であり、エムスリーキャリアの1位の座は、広告料を支払った対価として得たものだったのだ。

エムスリーキャリアと産業医サービス比較.comのステマ行為はひょんなことから発覚した。

掲載を断られたライバル社

産業医紹介サービスを手掛けるある企業(A社)が、産業医サービス比較.comの運営会社であるユニバーサルメディアジャパンに問い合わせ、自社も掲載するように求めたのだ。A社は産業医の登録者数も多く、費用もエムスリーキャリアと同等であるのにもかかわらず、おすすめランキング10社のどこにも名前がなかった。

その結果、ユニバーサルメディアジャパンからは、掲載には広告料が発生することを告げられたうえで、「掲載企業は一定の期間で契約しており、掲載待ちの企業もいる」「掲載当初からのお取り組みの企業様を優先している」などと説明され、掲載を断られたという。

こうした情報をつかんだ東洋経済が、8月17日、エムスリーキャリアを傘下に持つエムスリーと、ユニバーサルメディアジャパンに対し、「当サイトでやっていることはステマにあたるのではないか」と指摘し、見解を質した。

すると、8月21日に産業医サービス比較.comのサイト自体が、いきなり消えた。

その2日後の8月23日、エムスリーからは、「不適切な広告運用がなされていたことを確認した。チェック体制が不十分だった。広告の閲覧者が十分な情報に基づきサービス選択することを阻害する恐れもあり、当社としても重く受け止めている」という回答があった。

冒頭のエムスリーキャリアのホームページ上のお詫びは、まさにこのタイミングで掲載された。


東洋経済がエムスリーにステマの問題を指摘したのが8月17日。8月23日にエムスリーキャリアのホームページの「お知らせ」にお詫びが掲載された(編集部撮影)

また、同じ日にユニバーサルメディアジャパンからは、「不適切な部分があり、サイトを非公開にした。再発がないように社内の体制を見直していく」という回答があった。両社の間で協議があり、急遽、サイトを非公開にする措置がとられたようだ。

ただし、実はエムスリーキャリアの行為は必ずしも法律に触れるものではない。

ステマは法的にはグレー

まず、これまで日本では、ステマに関する明確な法規制がなかった。だが、10月からようやく、景品表示法に基づくステマの規制が始まる。ステマが発覚した場合、広告を載せる側ではなく、お金を払って広告を出す側が行政処分を課される。

では、10月以降はエムスリーキャリアの行為が処分を受けるかというと、それも違う。このステマ規制は一般消費者向けのサービス・製品が対象で、エムスリーキャリアのような法人向けのサービス・製品は対象外であるからだ。

もとより、景表法自体が一般消費者を保護の対象としており、法人の利用者は保護の対象として想定していない。消費者庁の担当者によれば、「一般の消費者と法人では判断力に差があり、保護すべき度合いは異なると見ている」からだという。

だからといって、法人向けステマに問題がないわけではない。

そもそも、エムスリーキャリアがステマをしていた産業医紹介サービスとは、企業などの法人に対して、医者を産業医として紹介するというものだ。

厚生労働省は、50人以上の労働者がいる企業などの法人に対し、産業医を選任して労働者の健康管理に当たらせることを義務付けている。産業医は、契約先の職場を巡視し、医学的見地から職場環境が適切なものになるように指導する。健康診断で問題があった社員のフォロー、長時間労働者や休職者との面談、社員の健康相談、ストレスチェックなどを行う。

企業などの法人は、自社に合った良質な産業医を選ぶ必要があるが、それは容易なことではない。そのため、法人が求める条件に合う産業医を選んでマッチングさせるという、産業医の紹介サービスには高い需要がある。

ランキングには、評価項目として費用、導入実績、登録産業医の数、付帯サービスの充実度などが載せられ、一見すると客観「風」である。サイトにはコンセプトとして「当サイトでは付帯サービスに関しても着目し、産業医サービスを多角的に比較・厳選して情報を掲載しております」などとも記されていた。


「産業医サービス比較.com」のサイトに掲載されていた「コンセプト」では、産業医選びの重要性や難しさを強調したうえで、閲覧者の選択の助けになる厳選情報を提供しているかのように記載されていた(筆者が保存していたスクリーンショット)

しかし、その中立を装ったランキングが、広告料で決まっていた。直接的に欺かれた法人の中には、中小も含まれる。何より、産業医は多くの労働者が勤務先を通じて関わりのあるものだ。法規制うんぬんの前に許されるべきではない(なお、公正取引員会の関係者によると独占禁止法違反の「ぎまん的顧客誘引」にあたるおそれはある)。

法人向けサービスでもステマ規制は必要

今回のエムスリーキャリアの問題では関係者からの確かな証言があった。加えて、東洋経済の指摘を受けたエムスリーは信用が重要な医療系のサービス業者であり、かつ、機関投資家からもガバナンスを厳しく問われる東証プライム上場企業であったことから、迅速に非を認めて対応したとみられる。

ただし、これはまれなケースだ。インターネット上では比較サイトや紹介サイトがあふれている。だが、それが何らかの合理性のある評価によるものなのか、広告料によるものなのかは、外部からははっきり判断することは難しい。

10月以降、一般消費者向けのステマが規制されることが、どこまで実効性を持つかはまだわからない。まして対象外となる法人向けは野放し状態が続く。

法人向けのサービスや商品でも、ステマが利用者の判断に大きな影響力を与えているのは事実だ。そうでなければ、エムスリーキャリアなどの企業が、広告料を支払ってランキングの掲載枠を取るはずがない。広告であることを隠して、おすすめランキングの形をとっているのも、こうした誘導に効果があるからにほかならない。

エムスリーキャリアと競合する前出のA社によると、産業医サービス比較.comのサイトが消えて以降、サービスの利用を検討する企業からのアポイントが2倍に増えたという。これまではそれだけ、ステマのサイトによって顧客を奪われていたということだろう。

法人向けサービスや商品のステマに対しても、発覚した場合には厳しい行政処分を課すことを規制として明確化し、抑止力にすべきではないか。あらゆる商品やサービスがネットを通じて取引される時代に、「景表法では、一般消費者以外は保護の対象外」などと言っている場合ではない。公益を守るためのルール整備を怠る政府にも、大きな責任がある。

(奥田 貫 : 東洋経済 記者)