インバウンドが本格回復し、書き入れ時となった今夏に支払いトラブルが発生していた(記者撮影)

日本を訪れるインバウンド(訪日外国人)が本格的に回復する中、ホテルや旅館などの予約をめぐり思わぬ支払いトラブルが発生していた。震源地はオンライン旅行予約サイト(OTA)世界最大手のBooking.com(ブッキングドットコム)だ。

「2023年7月1日〜7月11日にかけて、弊社が提供するプロダクト及びサービス強化の一環として、財務システムのメンテナンスを実施しますことをご連絡申し上げます。この期間中は、弊社の財務関連サービスに一部影響が発生いたします」

2023年6月、ブッキングドットコムは自社のサイト上で契約をしている宿泊施設に対してこのような通知を出した。同サイトは世界中の宿泊施設の予約はもちろん、航空券の予約なども可能だ。現在、世界での登録宿泊施設数は2800万軒に上る。日本では3万6249施設が登録をしている。

支払いがシステムメンテナンスによって遅延

多くの宿泊施設は自社サイトからの予約では客室が埋まらない。そのためJTBやエイチ・アイ・エスなどの旅行代理店、ブッキングドットコムやじゃらんなどのOTAからの予約を受け入れ、客室を埋めている。宿泊施設は一般的にはその対価として、代金の2割程度を販売手数料として支払っている。

ブッキングドットコムではサイトを通じた予約の場合、現地での決済と事前決済の2つに支払い方法が分かれている。同サイトと契約しているあるホテルチェーンでは、毎月月初に前月分の事前決済分の売上が入金されていた。

前述の通知では6月1日〜25日分の予約は6月26日に処理され、26日〜30日、7月の売上は8月2日までに処理されるとしている。一部支払いがシステムメンテナンスによって遅延するということだ。ブッキングドットコムジャパンの大畑智美広報部長によれば、7月初旬から8月初旬までアムステルダム(オランダ)の本社で決済システムの更新を行う予定だったという。

だがあるホテルチェーンの一部店舗では8月2日になってもブッキングドットコムからの入金がなく、29日現在でも入金がない。ブッキングドットコムからは「順次対応しており入金日についてはお答えできません」と回答されたという。

今回の件を宿泊施設はどうみているのだろうか。「われわれは宿泊以外にも宴会やレストラン部門の売り上げがある。ブッキングドットコムからの支払い遅延は確認しているが、影響はない」と大手ホテルの幹部は指摘する。一方で、「インバウンド比率が高い宿泊特化のペンションや旅館は影響が大きいのではないだろうか」とみる。


世界での登録宿泊施設数は2800万軒、日本では3万6249施設が登録(画像:ブッキングドットコムのHP)

「システムメンテナンスをすることはあるが、宿泊施設への支払いが遅延するという話は聞いたことがない」と、ある日系の大手OTAの幹部は指摘する。なぜブッキングドットコムの支払い遅延が発生したのか。

資金ショートなどの経営難の可能性は?

支払い遅延と聞くと、資金ショートなどの経営難の可能性がまず想起される。だが、同社の決算書類を見るとそれはなさそうだ。ブッキングドットコムを運営するBooking Holdingsが8月3日に発表した決算によれば、6月30日時点での現金及び現金同等物は、2兆1400億円ほど。手元資金は潤沢といえる。

業績も好調だ。同社の1〜6月の売上高は約1兆3500億円(前年同期は約1兆円)、純利益は約2300億円(同約230億円)と前年同期を大きく上回る。

資金面で不安のない、ブッキングドットコムが支払い遅延を起こした理由について、「メンテナンスが伸びたことで、支払いの遅延が発生した」と大畑氏は説明する。今回行った決済システムメンテナンスは、同サイトで最大の規模だったことも、想定外の遅れが生じた要因だ。現時点では、メンテナンスは終わり、順次支払いを進めているという。

入金対応にも問題があった。支払いが遅れている施設に対して、ブッキングドットコムは個別の支払い対応を行っているが、日本の宿泊施設は漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字など表記が複雑だ。アムステルダム本部の従業員や現地の銀行員は日本語に不慣れであるため、表記・確認ミスなどのヒューマンエラーが発生し、その結果、入金が遅れたという。

8月30日の時点では、ブッキングドットコムは割合などは明かせないとしつつも、大半の宿泊施設で支払いが済んでいるという。

今回のような事案は初めてであるとはいえ、周知不足だった点は否めない。ブッキングドットコムが事前に行った対応は、サイト上での告知のみ。サイトの問い合わせフォームや専用の電話番号を設置していたが、公式のリリースなどは出していない。

コミュニケーション不足を反省

「(宿泊施設との)コミュニケーションを丁寧にすればよかった」と大畑氏も反省の弁を口にする。

とくに個人経営の小規模施設となれば財務基盤は大手と比べると脆弱。「支払いが遅れたことで取引先が不渡りを起こし、取引先と一緒に銀行へ事情を説明しに回った」。大手EC(ネット通販)サイトの元幹部はこう語る。業界は違えど、今回の件は同様の問題を起こしかねない事案だった。

インバウンドが増える今後、ブッキングドットコムをはじめとした海外OTAの存在感がさらに高まっていくことは間違いないだろう。それだけに今回の教訓を生かした再発防止策が求められる。

(星出 遼平 : 東洋経済 記者)