2022年5月から運休が続く陸羽西線。並行しているのは“あつめて早し最上川”(撮影:鼠入昌史)

スタジオジブリの映画に『おもひでぽろぽろ』という作品がある。同名の漫画を原作に、1991年に映画化された。どんなお話なのか、については見ていただければいいとして、問題はこの作品の舞台だ。『おもひでぽろぽろ』の主な舞台は、山形県である。

1992年に新幹線開業

作中で、主人公は寝台特急「あけぼの」に乗って東京から山形に向かう。山形新幹線が開業したのは1992年で、映画公開の翌年である。それ以前は東京から山形に行くためには寝台特急に乗るか、福島駅で東北新幹線から在来線特急「つばさ」に乗り継ぐか。

特急乗り継ぎの場合、山形まで3時間ちょっとかかっていた(ちなみに『おもひでぽろぽろ』は東北新幹線開業直後、1982年夏という時代設定である)。映画では、そんな新幹線以前の時代の山形が活写されている。

もちろん、いまでは山形新幹線が通り、東京から2時間30分ほどで結ばれている。山形新幹線は山形県内においても米沢・山形・天童・村山・大石田・新庄といった内陸部の主要都市をつなぐ。


山形新幹線「つばさ」はE3系のみだが、2024年度に新型E8系が登場(撮影:鼠入昌史)

まあ本来、山形新幹線は新幹線といいつつも実態は在来の奥羽本線に新幹線列車が直通運転をしているというだけのこと。だから、東北地方の大幹線の1つである奥羽本線が山形の主要都市を結んでいるのも当然のことである。そして山形県の鉄道ネットワークは、この東京直結、山形新幹線・奥羽本線を軸として形作られているといっていい。

山形新幹線・奥羽本線は、福島駅から奥羽山脈を越えて、まず米沢盆地に入る。江戸時代には上杉氏が治めた城下町で、米沢牛もよく知られるところ。

明治時代にこの地を旅したイギリス人旅行家のイザベラ・バードは、米沢盆地をして「東洋のアルカディア」と評したという。なかなか過大評価にも感じられるが、最上川の上流域で周囲を朝日山地や奥羽山脈に囲まれたこの盆地は、確かにほかの盆地とは違う空気を持っている。

新潟県へ抜ける路線

その米沢盆地には、山形新幹線・奥羽本線以外にも2つの鉄道路線が通っている。1つは、JR米坂線だ。米坂線はその名の通り米沢駅と坂町駅を結んでいるローカル線。朝日山地に分け入って日本海沿いを目指し、小国―越後金丸間で県境を跨いで新潟県に入る。

終点の坂町駅では、日本海縦貫線の羽越本線と結んでいる。地図を見れば一目瞭然、冬場になると豪雪の中に埋もれる路線だが、2022年夏の豪雨災害で運休が続く区間がある。存廃を巡る今後の動向も気になるローカル線の1つだ。

米坂線とは今泉駅で、そして山形新幹線・奥羽本線とは赤湯駅で接続しているのが、第三セクターの山形鉄道フラワー長井線。もともとは国鉄長井線で、1988年に第三セクターに転換された路線だ。うさぎ駅長だとか、2004年公開の映画『スウィングガールズ』に登場したとか、いろいろと見どころも多く、ほぼ全線にわたって最上川に沿う。

最上川はフラワー長井線の終点・荒砥駅からさらに山を越えて山形盆地に入り、左沢(あてらざわ)線という山形盆地内のローカル線の沿線を流れる。もともと荒砥駅と左沢線終点の左沢駅の間を最上川に沿って結ぶ計画もあったようだ。が、それが実現することはなく、ともに終点で線路が途切れる盲腸線のままである。


沿線に花の名所が多い「フラワー長井線」。車両にも花のラッピング(撮影:鼠入昌史)

すなわちフラワー長井線とつながる可能性もあった左沢線は、県都・山形のターミナルである山形駅の1つ北、北山形駅から西に分かれて寒河江を経て左沢までを結ぶ。「フルーツライン」の愛称を持つ通り、山形名産のさくらんぼをはじめ、多くの果樹園を車窓から望むことのできる路線だ。

また、寒河江市の玄関口である寒河江駅を中心に、朝夕には通学需要も実に旺盛。ピーク時には気動車のキハ101形が6両連なって走ることもあるというからなかなかのものだ。

仙台と結ぶ路線

山形盆地からは、もう1つ山越えの路線も延びる。仙台と山形を結ぶ仙山線だ。『おもひでぽろぽろ』には、奥羽山脈越えの手前に控える小駅・高瀬駅が登場するし、山寺駅は松尾芭蕉が「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」と詠んだ立石寺の最寄り駅。いまでも観光客の絶えない駅だ。


山寺駅近く、立石寺の根本中堂を見ながら走る仙山線。日本初の交流電化路線だ(撮影:鼠入昌史)

米沢盆地の米坂線や山形鉄道、また山形からの左沢線などはいずれも非電化路線だが、仙山線はさすが2つの県都連絡路線、ちゃんと電化されている。奥羽山脈の急勾配を越えるため、特に勾配のキツい県境の作並―山寺間は、1937年の開業当時からの電化区間だ。さらに1950年代には日本初の交流電化試験路線にもなった。1968年には全線が交流電化され、いまは交流車両のE721系の独壇場である。

南北に細長い山形盆地をさらに北に進む。新幹線も停車する大石田駅は、かの銀山温泉の玄関口。といっても、駅前に温泉街があるわけではなく、バスに乗り継いで山に分け入った先である。大石田駅から少々山を抜けると新幹線の終着・新庄駅へ。山形盆地よりはだいぶ小さい新庄盆地の中核で、東に陸羽東線、西に陸羽西線が分かれる山形県北部の交通の要衝である。


陸羽東線は鳴子温泉へのアクセス路線だが、山形県側は運転本数が少ない。写真は宮城県内(撮影:鼠入昌史)

東北本線の小牛田駅と結んでいる陸羽東線は途中にこけしでおなじみの鳴子温泉などがあり、陸羽西線は「五月雨を あつめて早し」の最上川沿い。芭蕉気分の最上川下りを楽しめるのも陸羽西線の沿線だ。どちらもいかにも東北の山中らしい車窓が楽しめる絶景路線である。

……などといいつつも、どちらも超のつくローカル線。陸羽東線は鳴子温泉へのアクセスも宮城県側がメインになっていて、奥羽山脈を跨ぐことになる鳴子温泉以西は運転本数がぐっと少なくなる。

道路整備のために運休

陸羽西線に至っては、並行する高規格道路整備のために2022年5月から長期運休中だ。2024年度中に道路の工事が終われば運転を再開するそうだが、明らかに“ライバル”である道路整備のために運休するあたり、ローカル線の置かれている苦境が象徴されているといっていい。

陸羽西線は日本海側に出ると、余目駅で羽越本線と接続する。余目駅から北に行けば酒田、南に行けば鶴岡だ。山形県内でいちばん人口が多いのは県都・山形市で、それに次ぐのが鶴岡市。さらに第3位に酒田市が入る。

鶴岡・酒田の両都市は江戸時代には譜代の重臣・酒井氏が治めた庄内藩の領内で、日本屈指の米どころとして栄えた。鶴岡が城下町で行政の中心、最上川河口の酒田が北前船の寄港する商業の中心だった。そうしたわけで、県都の山形に次ぐ規模の都市圏をいまも形作っているというわけだ。陸羽西線が余目という中途半端なところで羽越本線に接しているのは、酒田・鶴岡の中間、という思惑があったのだろうか。

酒田・鶴岡一帯は、日本海側を縦貫する羽越本線の沿線では最大規模の都市といっていい。山形県内において、羽越本線は南側ではあつみ温泉という温泉街を持ち、北側では庄内平野の酒田・鶴岡。それを過ぎると、東側に鳥海山を見ながらほどなく秋田県に入る。


鳥海山をバックに山形県北部の庄内平野を走る羽越本線特急「いなほ」(撮影:鼠入昌史)

庄内平野は東京からのアクセスがやや不便だ。飛行機ならば庄内空港があるが、鉄道だったら上越新幹線で新潟まで行き、そこから羽越本線の特急「いなほ」に乗り継がねばならない。東京―酒田間の所要時間は、ざっと4時間30分近く。

乗り継いで行く価値はある

なので、東京の人たちはあまり縁を感じることがないかもしれない。しかし、古くからの大穀倉地帯である庄内平野は酒もうまいし鳥海山のそびえる風景も一級だ。わざわざ鉄道を乗り継いで行くだけの価値がある。

そして、山形県の鉄道はとにかく最上川と深い関係にある。鉄道以前の時代、最上川は山形県内の物流を支えていた大動脈だ。山形特産、『おもひでぽろぽろ』にも出てきた紅花は、最上川舟運を通じて酒田から北前船で京の都に運ばれて、貴族たちに好まれた。

庄内平野が穀倉地帯、そして商業地として反映したのも、最上川と北前船の結節点だったから。せっかく山形を訪れたならば、新幹線はもちろんのこと、山形鉄道や左沢線、そして陸羽西線などを乗り継いで、最上川沿いの旅をしてみたいもの。そのためには、やっぱり陸羽西線の運転再開、待ち遠しい限りなのである。


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(鼠入 昌史 : ライター)