さくらんぼの収穫作業(写真:やまがたさくらんぼファーム提供)

今、山形の農業法人でもっとも注目される「やまがたさくらんぼファーム」。果樹の生産、販売、観光、加工、飲食の5本の柱で持続可能な農業経営を目指しながら、先駆的な取り組みで12期連続黒字を達成しています。

本稿では、やまがたさくらんぼファームを率いる矢萩美智氏の著書『さくらんぼ社長の経営革命』より、多くの農家が後継者不足に悩む中で、次世代が「継ぎたい」と思える農業になるために自身が掲げている8箇条を紹介します。

農業従事者の平均年齢は67.9歳

私が就農した2000年頃は、農地の規模拡大をしようとしても農地を貸したいという人がほぼいませんでした。しかし現在は、「もう農家を辞めたいので農地を借りて欲しい、買って欲しい」というお声がけをいただくようになりました。

なぜ、このように変化してきたのでしょうか?

理由はさまざまですが、一番大きいのは「後継者不在」です。2021年の農林水産省の調査によると農業従事者の平均年齢は67.9歳で「農業従事者の高齢化」が着実に進んでいます。さらに、肥料や農薬、ハウスやビニールなどの資材費の値上がりを価格転嫁できず、農業経営で収益を確保することが難しい時代になっていることも「農家を辞める」一因だと思います。

私が考える農業経営の基本は経営理念にあります。

「全従業員とその家族の幸せを追求すると同時に、美しい園地を守り、継承し地域の発展に貢献すること」

これが当社の経営理念です。一緒に働く仲間が満足しなければ、お客様が満足する商品やサービスを提供することはできません。農業は地域を支える基幹産業です。これからの日本では、農家の高齢化が進み、後継者不在により耕作放棄地が増えることが推測されます。

日本の人口は減り続ける一方、世界の人口は増え続けている現実を踏まえると、食料生産を担う農業には大きな可能性があります。私たちは、地域の担い手不在農地の受け皿になるべく、人材育成や設備投資を進め、生産量日本一のさくらんぼ産地を守り続けます。

1986年に農業経営を法人化し、2012年に農地所有適格法人に認定され、2014年に総合化事業計画認定、2020年にJGAP、2022年にノウフクJAS認証。もしかしたら、私たちは日本国内の農業経営体の中では、少し先を走っているのかもしれません。

私が就農した20年前、農業経営は法人化されていたものの、実際は法人と個人の境界がないどんぶり勘定でまさしく家族経営そのものでした。そうした経営をあらため、法人と個人のお金を原理原則に基づいてしっかり分けるようにしました。

月次決算で現状を数字でつかみ、黒字決算を目指しました。売り上げを増やし利益を確保して一緒に働く仲間に分配しています。父所有の農地や土地建物を借りる場合には賃借料を支払っています。

以前は、法人にお金がなくなると個人である代表やその家族から代表者借入れを繰り返していました。それが積もり積もって2500万円の債務超過になっていました。現在は、父母からの借入れはすべてなくなり債務超過を解消し、資産超過になりました。

「お互いの妻を会社に入れない」兄弟経営

兄弟でやっている会社はうまくいかない。そんな話をよく聞きます。しかし、私たちは15年以上兄弟で会社を経営してきました。私たちは、「お互いの妻を会社に入れない」というルールを決めています。繁忙期などの手伝いはOKですが、役員や常時雇用はNGです。

兄弟で会社を経営して失敗したケースを聞くと、兄弟同士はうまくいっていても、妻同士がぶつかって、その争いに兄弟が巻き込まれていくというパターンが多いようです。兄弟同士は血を分けた仲ですが、妻同士は他人で争いだすと家庭だけでなく、会社の中までおかしくなってしまいます。

個人的なことは会社に持ち込まず、法人と個人をしっかり区別し、お互いに不満を持たないように気をつけています。父、私、弟はそれぞれ会社から離れた場所でそれぞれの家族と暮らし、仕事とプライベートを分けられていることもいい関係を維持できている要因です。

さくらんぼの収穫期間を大幅に拡大

「矢萩式農業経営とは?」と問われれば「外部環境と自社評価を客観的に判断し、強みを最大化するため、変化と工夫を繰り返し、よりよい仕組みを構築すること」とこたえます。そして、農業経営で日頃から特に気をつけていることが次の8カ条です。

1. 固定観念や既成概念を打ち破る

果樹農家、さくらんぼ農家の常識や固定観念を壊してきました。

当社の栽培面積は約10ヘクタールですが、その6割の6ヘクタールがさくらんぼです。1300本30品種のさくらんぼを育てています。早く収穫できる温室栽培をはじめたり、遅くまで収穫できる品種を導入したりして、通常30日だった収穫期間を60日にしました。また、結実不良の原因になる晩霜からさくらんぼを守るため、散水氷結法というシステムを取り入れています。

収穫期が短く、収穫量が不安定で、しかも日持ちがしないさくらんぼ栽培。あえてそこに特化することで経営の強みにしています。

2. ヒントは顧客の中にある

顧客分析を行ってから次の一手を打ちます。評価は内部でするものではなく、外部がするものです。SNSなどのクチコミを定期的にチェックしてお客様の生の声を仲間と共有し、商品やサービスの改善につなげています。

3. アンテナを高くして最新情報をいち早くキャッチする

知らないと損をする時代です。農業や観光など自社に関連する情報はいち早くキャッチできるようにしています。国、県、市の政策や補助金など自社にプラスになる情報をキャッチして適切に処理できる能力を養っています。ボトムアップで情報や意見を集め、素早く判断し、トップダウンでチームを方向付けしています。

4. +(たす)じゃなく×(かける)こと

多くの方と連携して商品をつくったり、事業を行ったりしています。連携することは「たす」ことではなく「かける」ことです。「かける」ことで思いもよらぬ結果が出ることがあります。「農福連携」は、農業×福祉の連携です。

当社では3人の障がい者が働いています。農業には単純作業の繰り返しが多く、彼らが輝ける場所がたくさんあります。きっかけは、義弟が障がい者だったことですが、山形県の農福連携推進員より近隣の就労継続支援B型施設と自立訓練・就労移行支援施設を紹介していただき連携が深まりました。私が農福連携技術支援者(農林水産省認定)になり、社内に障がい者を受け入れる環境をつくりました。

5. ブルーオーシャンを探し、自らブラックオーシャンを創り出す

自分でつくったものは自分で決めた価格で自ら販売します。レッドオーシャンから抜け出し、ブルーオーシャンを探し、自らブラックオーシャンを創り出す努力を重ねてきました。あえてライバルができないことにチャレンジすることもあります。

自社の武器を見つけ、磨き極めることが付加価値となり、差別化できると考えています。王将果樹園に来ないとできない体験や、「oh!show!café(オウショウカフェ)」のパフェは価格競争に入らない代表的な商品です。

現金残高をつねに気にする

6. 現金の動きを手帳に記録する


会社に現金がどのくらいあるのか、自分がイメージしている状況と照らし合わせています。決算書を確認しなくても、現金残高を確認し、直近の収支を思い返すことで、今月は売り上げが足りないとか、経費を使いすぎたなど気づくことがあります。修正できる点はすぐに対応します。私は手帳に収穫量などの農業生産データと現在の現金残高を書き残して、前年同期と比較するようにしています。

7. 50歳で社長をやめる

経営者の大事な仕事は、後継者を決めて育てることです。私は50歳で社長を退任します。理由は、「死ぬまで社長」が当たり前である農業界の悪しき慣習を変えたかったからです。私は34歳で父が60歳になったタイミングで代表権を引き継ぎました。後継者には後継者なりの農業経営に対する考え方があります。

次期社長は、現在専務として支えてくれている4歳下の実弟です。一般的な退任年齢である60代まで社長を続けることもできますが、そうすると彼は50代から60代になっています。できれば40代で社長に就任させたいと考えました。それは年代によってチャレンジできることが違うからです。

長期的な視点で持続的な農業経営を行うには、後継者を若返りさせる必要があります。社長の退任時期を明確にすることで、後継者は社長になるために準備を重ねますし、私は残りの時間を意識して自分のやりたいこと、やるべきことを実現しています。

8. 自分の子どもたちが継ぎたくなるような農業経営

私と弟、2人とも継いだ農業経営。祖父母や父母の積み重ねてきた農業に魅力があったから、こうして引き継いでいると思います。その魅力とはいったい何だったのか。答えはまだ見つかっていません。ただし、一つだけ言えることは「楽しく前向きに仕事をすること」です。「つらい」とか「儲からない」などのマイナスワードは使わず、農業の楽しさを自然に伝えるようにしています。

自分の子どもが継ぎたくないような経営は、他人は絶対に継がない、と思います。

(矢萩 美智 : やまがたさくらんぼファーム代表)