WBC優勝を果たし、トロフィーを掲げる大谷翔平選手(写真:AP/アフロ)

メジャーリーグでMVPを取り、WBCで世界一になった大谷翔平選手ですが、満足することなく先頭を走り続けています。なぜそれができるのでしょうか。WBC日本代表のヘッドコーチだった白井一幸氏が解説します。

※本稿は白井氏の新著『侍ジャパンヘッドコーチの最強の組織をつくるすごい思考法』から一部抜粋・再構成したものです。

個々人の選手がどれだけ主体的に取り組めるかが重要

チームビルディングとはチームのマインドをつくることです。選手のマインドにアプローチするのはメンタルコーチングです。わたしはチームと選手のマインドそれぞれにいつも意識して関わっています。

チームマインドをいくら醸成しても、最後は個々人の選手がどれだけ主体的に取り組めるかに達成はかかっています。ゴールに到達しようとする際、大事なのはやはり選手のマインドです。どこをめざしているのか? そのために何をするのか? 今していることは効果的か?

人間ですから、怠惰になることもあれば、感情的に他人に当たってしまうこともあります。そんなときでも、どんな成果、結果を出したいのか? そのために何をしたらいいのか? 選手はすべて自分の中で意思決定していくわけです。ゴールに向かっているかどうか。自分がどういうスタンスで生きていくのか。選手一人ひとりのあり方がチームとしてめざすところに向かっているといい関係が築けて、いい結果が生まれます。

では、選手はどういうマインドになればいいのか?

ホームランを打ちたい。完封したい。みんな結果を出すためにがんばるのですが、結果だけを見ていると達成した瞬間に「もういいや」と燃え尽きてしまいます。結果は出たけどいまいち満足感がなくなります。たとえ世界一になったとしても同じです。世界一になれたのはうれしい。でも、なんのために世界一になったのかわからない……。

大谷翔平選手がメジャーリーグでMVPを取っても、WBCで世界一になっても手綱をゆるめずに走り続けているのはどうしてでしょうか?

世界一の選手の定義が、世界一の結果を残すことではないからです。世界一愛される。世界一応援される。野球を通して世界一プラスの影響を与えられる選手をイメージしているからです。

大谷翔平選手は目的達成型なので、目標を達成しても油断しないし、燃え尽きないし、反対に結果が出なくてもぶれません。

大谷翔平選手にとって「目標は通過点にすぎない」

世界一プラスの影響力がある野球選手とは、うまくいかないときにどんな考えや行動をするのだろう? 落ち込むのだろうか? ふてくされるのだろうか? できることに焦点を合わせて、次に向かっていく人が愛され、応援される選手ではないか? ここはマインドの部分です。

目標しか見ていないと、「とにかく数字を上げてこい」という疲弊する組織になってしまいます。目的を掲げると組織は長期的に繁栄し、メンバーも伸びていきます。企業で言えば、志や経営理念と言われるものです。

大谷翔平選手は目的達成型なので、目標は通過点にすぎない。いつでも達成できるものとして取り組むから、前人未到の記録を達成し続けながら、年々更新していこうと燃え尽きることなく行動していきます。

世の中にグッドルーザーは山ほどいます。負けても相手を称えるチームはたくさんいます。反面、勝者は歓喜に浸って、相手のことを忘れてしまいがちで侍ジャパンの目標は世界一でした。目的は世界一観ている人たちに感動を与えられるようなプレーをすること。そのために意識して全力でやれることをやっていこう。凡事徹底していこうと決めていました。

そうやってスタートしたものの初戦の中国戦からつまずきました。四球でランナーがたまるものの、3回まで2安打に抑えられました。4回に大谷翔平選手の二塁打で2点を先制したものの、追加点が入らず、7回まで2点差のシーソーゲームでした。

チェコ戦でも初回から佐々木朗希選手の球を捉えられて先制され、3回までリードを許しました。このとき、アマチュアの選手がどうしてあんなに打てるのか、全員がざわついている雰囲気がありました。

ウサギと亀の話ではありませんが、強いから必ず勝てるわけではありません。ウサギがなぜ負けたのか? 亀を見て、亀が遅いと油断して休んだからです。しかし、亀はゴールしか見ていませんでした。亀は相手がライオンでもトラでも関係なかったでしょう。もし相手がライオンだったら、ウサギはそもそもスタートラインにも来ていなかったでしょう。

日本はウサギになってしまった

中国やチェコは亀で、私たちはウサギになっていました。戦いとは相手を負かそうとする行為ではありません。自分がゴールに向かってできることを全力で凡事徹底することなのです。

中国の選手もチェコの選手も必死に食らいついてきているからバットにボールが当たるのです。デッドボールを受けてもすぐに立ち上がって、戦おうとしている。走っている。そこで自分たちに足りないものを教えてもらいました。

これまで全力全力と言いながら、中国やチェコを見ていなかっただろうか? 全力とは相手ではなく、自分たちのできることをすることではないだろうか? これに気づかせてもらったからこそ、整列して感謝を伝えたあと、チェコの選手を拍手で称えたのです。試合には勝ったけれども、心の底から感謝を示して頭を下げました。

侍とは、そもそも命のやり取りをする仕事です。相手を切り殺して、ガッツポーズなんてしません。剣道でも一本が取り消しになります。今日はたまたま自分が生き残ったけれど、明日は我が身なのです。そうやって命を懸けて相手に向かっていったのが侍です。

優勝した瞬間は歓喜しても、アメリカチームにメダルが授与されるときには全員で拍手を送ります。感動しているのは私たちだからです。「あなたたちがいたからこそ、こんな試合ができた。ありがとう」と相手を尊重し、健闘を称えるのが侍ジャパン、グッドウィーナーなのです。

チームビルディングもコーチングもテクニックが取り沙汰されますが、わたしは20年前からすべてあり方に集約されると一貫して伝えてきました。

どういうマインドセットなのか、思考なのか。頂点に立つチームは、頂点に立つマインドをつくり上げていきます。チャンピオンはチャンピオンになってからチャンピオンらしくなるのではなく、チャンピオンになる前からすでにチャンピオンなのです。

頂点にたどりつく前から、チャンピオンらしい考え方をしています。だから、チャンピオンらしい振る舞いをしていますし、チャンピオンらしい取り組みをします。結果、ほんとうにチャンピオンになっていきます。

最強のチームというのは結果

最強のチームになるためには、最高のチームにならなければなりません。戦う前からすでに世界一のチームワークがあった。選手一人ひとりが世界一のチームにふさわしいマインドで一切手を抜いていなかった。そういうチームづくりをしたことで、結果的に頂点に到達できたのです。最強のチーム(優勝)というのは結果で、最高のチームというのは目的です。目的達成型の組織があったから、目標が達成できました。

侍ジャパンのメンバー全員が最高のチームを目的にしていたから、安心安全空間ができて、信頼が生まれて、「すごいね。お前もやっているね。おれももっとできるよ」という空気が醸成されていきました。結果、競合国を次々と打ち倒し、気がついたら世界一に到達していました。

世界一のマインドをもっていて、世界一にふさわしい取り組みをしているから、結果的に世界一になれる。これはどんな分野でも共通だと思います。

私自身も野球では世界一になりました。次は80歳をひとつの尺度として、講師としての世界一をめざして、体力づくりも学びによるインプットもしています。

世界一は「戦う前から世界一」

侍ジャパンがWBCを制して以来、「どうしたら世界一になれるのか?」と、各方面で聞かれました。


世界一になりたければ、まず先に世界一の取り組みをするチームをつくるのです。

エベレストに登れるのはエベレストをめざした人だけです。エベレストに登るためにはいくらかかるのか? どんな装備が必要なのか? どんな人の協力を得る必要があるのか? どれくらいの体力が必要なのか?

今はまだ何者ではなくても、登ると決めた人だけがエベレストを登るために必要な準備ができて、登り切れるだけのトレーニング、マインド、お金、技術すべてをつくり上げていって、登頂した瞬間に「やっぱり登れたね」となるわけです。

だから、決断したとき、すでに勝利は決まっています。世界一は戦う前から、世界一なのです。

(白井 一幸 : 2023WBC侍ジャパンヘッドコーチ)