そごう・西武労働組合の寺岡泰博委員長(中央)だけでなく、クレディセゾン労組や高島屋労組なども会見に参加した(撮影:風間仁一郎)

「現時点ではあくまで『予告』だが、状況に変化が見られないと判断した場合は(ストライキを)実行することを宣言する」(そごう・西武労働組合の寺岡泰博委員長)

セブン&アイ・ホールディングス(HD)傘下の百貨店、そごう・西武。同社の労働組合は8月28日、ストライキを31日に実施するとセブン&アイHD経営陣に通知したと発表した。大手百貨店労組によるストは1962年の阪神百貨店が最後。そごう・西武のストが実施されれば、大手百貨店のストとしては約60年ぶりとなる。

本当にストを実施するのか

そごう・西武労組はセブン&アイHDとの団体交渉を継続するが、妥結に至らなければ8月31日から西武池袋本店(池袋西武)でストを実施する。31日以降も継続するかどうかは未定。池袋西武の従業員約1万人のうち、同店で働く組合員は約900人。スト実施中は、そごう・西武の直営売り場が休業となる見込みだ。

池袋西武でのストについて寺岡氏は、「組合員なしでの営業は不可能ではないかもしれないが、レジ業務などで無理が生じるだろう。通常の店舗オペレーションを維持するのは難しい」と語った。小売業のストは、消費者への影響が不可避。企業側も店舗のイメージ悪化や顧客離反を引き起こしかねず、ダメージは大きい。

そのリスクを負ってまで、池袋西武でのスト通知に踏み込んだのはなぜか。それは無期限延期とされていたそごう・西武の売却について、セブン&アイHDが「9月1日までに売却を完了させる」という観測が出てきたためだ。

8月1日、セブン&アイHDはそごう・西武の林拓二前社長を解任する人事を発表。林前社長は現行の売却案に反対していた。そごう・西武の新社長には、同社の取締役常務執行役員だった田口広人氏が昇格。田口氏は西武百貨店出身で、セブン&アイHDでもIT関連事業子会社の社長を歴任した。セブン&アイHDは社長交代と同時に取締役3名を送り込んだ。

セブン&アイHDによる「唐突人事」は、それだけにとどまらない。8月25日には、そごう・西武の取締役をさらに3人増員する人事を発表。そごう・西武の取締役は合計13人となり、うち8人がセブン&アイHDとの兼務者。そごう・西武労組はこうした動きを見て、早急に売却を進めようとするセブン&アイHDへの警戒感から池袋西武でのスト通知をするに至った。

そごう・西武売却をめぐっては、紆余曲折が続いてきた。セブン&アイHDは2022年2月にそごう・西武の売却を決断、同年11月にアメリカの投資ファンドであるフォートレス・インベストメント・グループに2000億円以上で売却する契約を締結していた。

フォートレスは家電量販大手ヨドバシホールディングスと組み、ヨドバシカメラの西武池袋への入居を計画。だがその条件交渉が難航し、売却実行の時期は2度の延期を経て、現在は「無期限延期」状態だ。

セブン&アイHDが売却完了を急ぐ理由

ここにきてセブン&アイHDが9月1日までに売却を完了させようと前のめりになっているのはなぜか。セブン&アイHD関係者によれば「(西武鉄道などを傘下に持つ)西武ホールディングス(HD)が売却に対する姿勢を軟化させた」ことがあるようだ。

西武HDは池袋西武の地権者。そごう・西武の売却に関しては、そごう・西武労組、地権者である西武HD、地元の豊島区、それぞれの同意を得ることが条件だ。この関係者によれば、フォートレスはヨドバシの出店計画の一部を変更、低層階への出店は変わらないものの、西武鉄道の改札付近は西武百貨店のままにするなど、当初よりも西武HDが許容しやすい案になっているもようだという。

セブン&アイHDの井阪隆一社長にとって、そごう・西武の売却完了にようやく進展が見えてきたタイミングを逃すわけにはいかない。そう考えると、8月に入ってからのそごう・西武の社長更迭や役員人事からも、焦りが見えてくる。

しかしながら、セブン&アイHDとそごう・西武労組間の労使協議はまだ妥結していない。百貨店の事業継続やそごう・西武社員の雇用維持に関する協議がまとまらないままでセブン&アイHDが売却を決議すれば、そごう・西武労組はストライキに踏み切る構えだ。

セブン&アイHDは2006年に、そごう・西武の前進となるミレニアムリテイリングを2000億円超を拠出して子会社化。だが、コンビニやスーパーのように低価格で食品などを提供する小売業と、高付加価値サービスが売りである百貨店業の両立は容易ではなかった。百貨店業界の構造不況も追い打ちをかけ、そごう・西武の業績は不振が続いていた。

そごう・西武は2019年2月期に最終利益で3.3億円を出したのを最後に、近年は前2023年2月期まで4期連続の最終赤字を計上している。

ハードルの高い買収案件

業績不振にとどまらず、そごう・西武は多額の負債を抱えていることもセブン&アイHD内で問題視されている。そごう・西武のバランスシートに計上されている流動負債は2996億円(2023年2月末時点)。そごう・西武の幹部によれば、「約3000億円の負債のうち、1000億円程度はセブン&アイHDがそごう・西武に貸し付けている」という。

そごう・西武を買収するには、買収金に加えて約3000億円の負債を背負うことになる。ハードルの高い売却案件であり、フォートレスが提示した2000億円超で買収するという条件は魅力的だった。

だが池袋西武へのヨドバシカメラ出店をめぐり、労組のみならず、地権者である西武ホールディングスや豊島区との調整に難航したことで、泥沼にもつれこんでしまった。通知された池袋西武のストを目前に控え、神経戦が続く。日本の小売業で異例のスト実施となるか。そごう・西武売却の行方は混迷を極めている。


(山粼 理子 : 東洋経済 記者)