ポーランドの駅に停車するチェコからの国際急行列車。このような写真撮影ができなくなるかもしれない(撮影:橋爪智之)

ポーランドの老舗鉄道雑誌Świat Kolei(シヴィアット・コレイ)はSNSを通じ、同国の国民議会で採択された鉄道撮影禁止に関する刑法改正に対し、深い懸念を表明するとの声明を発表した。

ポーランドはウクライナの隣国であり、ロシアのウクライナ侵攻が始まった当初は避難民を真っ先に受け入れた国として知られる。また一方で、西・中欧諸国からウクライナへ向けて大量に提供されている兵器や支援物資などの輸送経路にも位置しており、これらを輸送する貨物列車が多く通過する。一方で、親ロシアのベラルーシとも国境を接している。

すでに警察や軍に拘束された事例も

ウクライナは戦争の真っ只中で、ポーランドもそこへ深く関わっていることを考えれば、軍事に関連すると思われる貨物列車の撮影は当面自粛するべき、とは思われるだろう。

だが先述の鉄道雑誌Świat Koleiは、この新しい法律が国家の安全にとって何のメリットももたらさないどころか、鉄道ファンのみならず一般の乗客であっても、列車内外で写真撮影や録音、録画といった行為が制限され、それはスマートフォンでの撮影などにも及ぶ可能性があることを危惧しており、こうした法律は、すべての乗客に対して不当な弾圧を加えるための口実となる可能性がある、と深い懸念を示している。

実際に、この数カ月間に列車を撮影していた鉄道ファンが、警察や軍によって拘束されるという問題がすでに発生している。

現在は衛星写真やドローンなどで撮影した画像を解析することによって、こうした貨物列車やトラックの車列などの位置情報は丸裸の状態であろうから、鉄道ファンが写真を何枚か撮影したからといって、それが戦況に大きな影響を与えることはなさそうだ。21世紀の戦争は情報戦と言われているが、撮影した画像データをファンがSNSなどにリアルタイムで投稿しない限り、脅威になるものではないだろう。


ポーランド国鉄の列車。駅ホーム先端からの撮影はできなくなるかもしれない(撮影:橋爪智之)


法の拡大解釈次第では市街地でのトラム撮影も難しくなるかもしれない(撮影:橋爪智之)

Świat Koleiは頭ごなしに撮影の法的規制を否定しているわけではない。同誌が懸念を表明しているのは、一般に公開されている区域・場所における鉄道や、そのほかのインフラなどの撮影を禁止するという問題に対してのみであり、発電所や燃料基地などといった戦略的に重要な施設の撮影規制に反対を表明するものではないと説明している。同誌はこの訴えに政治的な意図はなく、明らかに行き過ぎと思われる法的規制についてのみに言及していることを強調している。

鉄道雑誌が猛反発する理由

同誌の主張するとおり、明確な規定を設けない撮影禁止法は、拡大解釈することで一般国民の生活に大きな影響を与えることにつながりかねない。前述の通り、一般市民が駅でスマートフォンのカメラを触っていただけで拘束することも可能になる恐れがあるからだ。

一方、同誌は撮影への法的規制に反対しつつ、鉄道ファンに対してはとくに貨物列車の撮影などには注意を払い、国家の安全や軍事機密を少しでも脅かすような資料(写真や動画)については公表することがないよう、強く自制を促している。政府や世論を敵に回せば鉄道ファンの立場は悪くなる一方である。自分たちの立場を守るためにも、疑わしい行動によってそのような刺激を与えないことが重要と考えている。

しかし、言ってしまえば「たかが鉄道写真」、ポーランドにとって今は準戦時体制であることを考えれば、写真撮影を禁止することはやむをえないと考えてもおかしくない。なぜ同誌はかたくなに拒否の姿勢を貫いているのだろうか。


ウクライナ国境の街、プシェミシル駅に着いたウクライナからの避難民たち(撮影:橋爪智之)

ポーランド人は、過去に苦い経験をしている。何十年も前、まだ社会主義国家だった1980年代、同国には鉄道の撮影を禁止する法律があった。架線柱や建物の壁、時にはトイレの中にさえ撮影禁止という看板が掲げられ、列車にカメラを向けているところが見つかればたちまち拘束されるというのが日常だった。


ポーランドの特急列車EIP(撮影:橋爪智之)


ワルシャワ郊外を走る急行列車(撮影:橋爪智之)

だが、その後民主化されたポーランドでこの忌まわしい法律は廃止され、人々は駅構内でも自由に撮影することができるようになった。今回の新たな法的規制は、30年以上にわたって手にしてきた自由を再び奪い、拡大解釈すれば市民生活すら脅かす可能性もある悪法である、というのが同誌の主張で、刑法改正に関連する修正案を提出するよう、上院議員に訴えるように呼び掛けている。

鉄道撮影という「自由」を守るために

このポーランドの話を知った一部の人からは、昨今の「撮り鉄」の暴走を引き合いに出して、日本も鉄道の撮影を禁止するべき、というような声も上がった。だが、そのような法案がもしも正式に成立すれば、鉄道ファンのみならず駅や車内でスマートフォンのカメラをいじっているあらゆる人を違法として扱うことができてしまう可能性が出てくる。準戦時体制下で一定の情報保護はやむをえない環境と、趣味人の暴走では測る物差しが異なる。決して同列に語れる話ではない。


ロシアのウクライナ侵攻開始直後に見られたウクライナ避難民を運ぶ救援列車(撮影:橋爪智之)

ポーランド人は、法律によって写真撮影など個人の自由な表現や行動が禁止されることの重みがどれほどのものか、過去に自分たちが歩んできた歴史の中で十分に味わっている。だからこそ、例え今が準戦時体制という状況下であっても、全面的な撮影禁止という法律だけは何としても避けたい、というのが偽らざる心境なのだ。


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(橋爪 智之 : 欧州鉄道フォトライター)