写真はイメージです(写真:yosan/PIXTA)

「個人でも会社を買える」と言われたとき、「そんなことはできない」と思う理由の一つに、「会社を買えるほどのお金は持っていない」というものがあります。しかし、個人が会社を買えるようになる環境を整えるため、オンラインサロンを始めた三戸政和氏は、「そうした懸念は杞憂」と断言します。本稿は、三戸氏の著作『いますぐサラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』より一部抜粋・再構成のうえ、サラリーマンが買収を通じて会社のオーナーになる方法をご紹介します。

起業よりも買収のほうが成功しやすい

どうすれば普通のサラリーマンが資本家(=株主)になれるのか。

自分の親が会社のオーナーであるとか、オーナーの息子・娘と結婚するといったことでもない限り、サラリーマンが資本家になる方法は二つしかありません。一つは会社を作ること。もう一つは会社を買うことです。

こうした考え方はアメリカでは一般的になっており、1980年代、のちにスタンフォード大学の教授となるアーヴィング・グラウスベックが、ハーバード・ビジネススクールで「サーチファンド」という概念を発案しました。

これは、アントレプレナーシップは「ゼロイチ(何もないゼロの状態から会社を作ること)」の起業だけではなく、買収を通じた起業( ETA:Entrepreneurship through Acquisition)も有効だということをベースに生み出されたファンドです。サーチファンドはETAを目指すMBA生を中心に資金提供をしており、長年にわたり高いパフォーマンスを上げています。

今後は日本でもサーチファンドを活用した企業買収が増えるとみられ、2019年に山口銀行を中核とする山口フィナンシャルグループが参入したのを皮切りに、2022年には福井県が自治体として初めてサーチファンドの活用を始めました。

私が起業よりも会社を買うことをお勧めする理由はごくごくシンプルです。起業して成功できる人はほんのひと握りです。断言しますが、起業して成功するノウハウを、ほとんどのサラリーマンは持っていません。まったくの未経験からのスタートです。

しかし、もともとある会社を買って経営するノウハウは、もしあなたが大手・中堅企業のサラリーマンだったとしたら……すでに持っているのです。自分がノウハウを持っていることに気づいていないサラリーマンがいかに多いことか。私にはみすみす資本家になるチャンスを逃しているようにしか思えません。

そんなうまい話があるわけがない、成功するのはごく一部の人だけだろう。そう考えている人もいると思います。しかし、私の周りには会社を買ってオーナー社長になり、成功している人が次々と登場しているのです。元サラリーマンの方もいれば、副業としてオーナー社長になった現役サラリーマンもいます。

パーソナルジムを買ったMさん(30代)の告白

大学を卒業して衆議院議員の私設秘書を4年したのち、ITベンチャーの経営管理の担当を経て、家具メーカーの大塚家具に転職しました。そこで社長秘書兼経営企画を担当した私は、同社が大手家電販売チェーンのヤマダホールディングスに買収されたことで転籍。今はIRやESG関連の施策を行っています。勤務先が群馬県高崎市にあるので、私も2022年3月、そちらに移住しました。

また私はサラリーマンをしながら、副業として個人事業で、事業計画の策定や補助金・融資の申請書類作成のサポートなどをしていました。

そんな私が個人M&Aに興味を持ったのは、三戸さんの前著『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』に出合ったからでした。

最初は頭のなかが「?」マークでいっぱいでしたが、読み進めるうちに腑に落ちることがたくさんありました。

マッチングサイトを利用する

最初はM&Aマッチングサイトや日本政策金融公庫、事業承継・引継ぎ支援センターに登録し、幅広く会社を探しましたが、仕事をしながらだったので、次第にマッチングサイトを主に使うようになりました。

気になった会社に何件かアプローチしたものの、競争入札に負けてしまったり、基本合意まで行ったけれど事業性に不安があって買収を断念したりといったことがあり、一時は熱が冷め、会社探しをやめてしまった時期もありました。

久しぶりにマッチングサイトを見た2022年1月17日、ちょうどその日に公開された案件が目に留まりました。それが今回購入したパーソナルジムでした。

後で聞いたところによると、関東で6店舗経営しているパーソナルジムで、元K―1選手がオーナーをしていたのですが、オーナーが農業系ベンチャーを始めることにしたため、ジムは売却することにしたそうです。

6店舗あるうちの5店舗は各店舗のトレーナーなどが買い取ることで話がまとまったのですが、群馬県前橋市にある1店舗だけ後継者が決まらない。そこで事業譲渡を考えているとのことでした。

ジムは市の中心地にあり、国道沿いの交差点の角地という好立地。そのわりに家賃は8万円ほどと安く、すでに5年以上の運営実績がありました。会員も40名ほどいて、営業利益もしっかりと出ている。

当時、私は東京に住んでいましたが、本業の関係で移住する予定だった群馬県にあるというのも気に入りました。売却希望金額は300万円。まさに本のタイトル通りだと思い、気持ちが躍りました。すぐに秘密保持契約を結んで実名交渉をはじめ、2日ほどやりとりをして面談のアポを取りました。

なぜこんなに安いのか?

オーナーの方に聞いたところ、最初にアプローチしてきたのが私で、その後すぐに4〜5人続いたそうです。オーナーはそのうち私を含めて3人と会ったそうですが、「最初にメッセージをくれた人にはグッと思い入れができるよね」と言ってくれました。躊躇せず、すぐにアプローチしたのは正解だったと思いました。

面談前に先方から送られてきたP/Lは、前月の単月分のものでしたが、業績は上々でした。単月で25万円ほどの利益が出ていました。そのまま年間に直せば、ちょうど300万円ですから、現在のまま運営するだけで買収金額はわずか1年で回収できることになります。

『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』には「純資産+営業利益の3〜5年分」が買収金額の一つの基準だと書かれていたため、ちょっと安すぎるのではと思いました。話ができすぎている。

また、販管費は家賃とトレーナー1人分の人件費しか書かれていない。「いいな」と思うのと同時に、「怪しいな」という思いも浮かんだ私は、オーナーに1年分のP/Lを見せてほしいとお願いしました。

数日後に1年分のP/Lが送られてきて確認したところ、やはり営業利益が年間300万円近く出ていました。8月の売り上げがゼロでしたが、それはトレーナーが新型コロナウイルスに感染して、1カ月まるまる店を閉めたからだと説明を受けました。私はなぜこんなに安いのかという疑念を拭えないまま、面談に臨むことになりました。

東京から車で2時間かけて前橋市の店舗に行きました。やはり店の立地は最高でした。ロードサイドで視認性がよく、人も車もバンバン通る。そこに駐車場が3台分ついている。これで8万円という家賃は都内では考えられません。

お客様とトレーナーのマンツーマンレッスンなので、店舗にいるのはトレーナー1人でいい。入金はキャッシュレスでレジに現金を取りにいく必要もなく、オーナーの手間もかからない。会員制で固定客はついている。スケジュールを見せてもらうと、予約の枠はまだまだ空いているのに、利益は十分に出ている。スケジュールを埋められれば、さらに利益が上がることもわかりました。

オーナーは私よりも1つ年下で、とてもさっぱりした印象の人物でした。お互いざっくばらんに自分自身のこれまでのことを伝え合い、私は「気が合った」と感じました。そこで私は、なぜこんなにも安いのかを聞き出したくなり、「300万円という価格は、オーナーさん的にはどういう根拠で出したんですか」と聞きました。

すると、「他の店舗もそれくらいの値段で譲渡したので」という答えが返ってきました。どうやらその金額は、自分がこれまでに出したお金と掛けた時間を勘案して、これくらいで譲りたいというざっくりしたもので、純資産+営業利益の何年分といった計算式は知らないようでした。

こっそり店の前に張り込んだ

「なんかこの話、うますぎじゃないか」という疑念は拭えませんでしたが、一方で「こんないい案件はすぐに他の人に取られてしまうかも」という焦りもありました。

実は個人M&Aに興味を持ち、具体的に動き始めたころ、入札である法人に負けてしまったことがあります。その案件こそパーソナルジムだったのです。その時の後悔が蘇りました。

しかし、即決するにはやはり判断材料が足りない。少しでも時間が欲しいと思った私は、「超買いたいです」と意向を伝えたうえで、翌週に体験レッスンの予約を入れ、「オーナーさんが大切に育ててきた事業なので、ぜひ一度体験させてほしい。そのうえで、値段付けも含めて、もう少しこの事業の価値を見させてください」とお願いしました。

翌週、再び前橋まで行き、30分間のキックボクシングの体験レッスンを受けました。とてもいい運動になるし、トレーナーの人格もレッスンも素晴らしい。確かにこれは固定客がつくだろうと思いました。やはり体験してみてよかった。

帰り際、オーナーから「あなたにぜひ売りたい」と言われました。「他に買いたいと言ってくれた人とも会ってみたが、あなたはすぐに会いにきてくれて、体験レッスンも受けてくれた。まったく違う畑のサラリーマンが、ジムをどう経営するのか見てみたい」と言ってくれたのです。

本当は決断を先延ばしにするために体験レッスンを受けたのですが、それで私も決意が固まったし、オーナーとしても私を選ぶ決め手になった。やはり個人M&Aは、人と人との取引なのだなと痛感しました。

とはいえ、事前にやることはやりました。オーナーにある日のスケジュールを確認して、こっそり店の前に張り込んで、スケジュール通りにきちんとお客さんが来ているのかを確認したり。もちろん、お客さんはちゃんと来ましたね。すべて順調に進んでいました。しかし事業譲渡の契約日を2022年3月31日に決め、最終の契約書作りを始めた頃、最初にして最大のトラブルが起きました。

突然の退職申し出に頭を抱える

ジムにただ1人しかいないトレーナーが突然、「退職します」と言ってきたのです。このトレーナーはオーナーチェンジが起こることは知っていて、私も面談をして良好な関係を作っているつもりでした。私がオーナーになった後のことについても確認しており、「ゆくゆくは地元でジムを開きたいが、タイミングはいまではない。しばらくはここのトレーナーを続けます」と聞いていたのです。

しかし、人の心は変わるものです。退職理由を聞いてみたところ、「いまこそ自分の地元に帰って、パーソナルジムを開業するタイミングなのではないか」と思い直したと言います。

私はこの事業の最大の経営資源であり、最大のリスクである「人」を甘く見ていました。トレーナーありきのパーソナルトレーニングジムなのだから、トレーナーがいなくては成立しません。

オーナーに「スタッフが1人もいないのでは売り上げが立たない。これでは買えない」と伝えたところ、オーナーも謝罪するほかなく、2人で頭を抱えることになりました。契約はいったん、ペンディングになりました。

ただし、この問題は乗り越えられることになりました。そのトレーナーに2人で頼み込んだところ、7月いっぱいまでは残ると約束してくれたのです。トレーナーには地元での自分のパーソナルジムの開業を8月以降にしてもらいました。

それと同時に、本業のヤマダホールディングスの後輩で、陸上の世界大会に出たことのある元アスリートに頼み込み、夜だけトレーナーとして来てもらうことになりました。並行して求人広告を出したところ、候補者が何人か応募してくれて、後任のトレーナーを1人、雇用することができました。

M&Aの実行は予定より2カ月延び、最後は本当にバタバタでしたが、2022年6月1日から私がジムのオーナーになりました。

もとからいたトレーナーが退職して、トレーナーが交代した後も会員数は順調に増えています。いざというときのために新しくスタッフを雇ったりもしたので、人件費は上がりましたが、それでも直近の1カ月では営業利益も増えています。いまは近隣に新たな店舗を借りることも考えているところです。

簡単ではないが難しくもない

実際に買収をしてみた感想は、「簡単ではないが難しくもない」というものです。さらに感じたことは、店舗型のリアルビジネスは、固定費が安い地方では本当に狙い目だということでした。私は群馬県にゆかりはなく、たまたま仕事で群馬に移り住むことになりました。

が、それが今回の成功を招きました。UターンやIターンでの個人M&Aはチャンスがあると思います。


(三戸 政和 : 日本創生投資 代表取締役社長)