崖っぷち芸人・TAIGAが一世一代の大チャンスを振り返ります(写真:©︎吉場正和)

崖っぷち芸人・TAIGA。今年で48歳。芸人の仕事だけでは暮らしていけず、アルバイトで生計を立てる彼にも、一世一代の大チャンスが訪れました。「R-1ぐらんぷり2014」にTAIGAはどのように挑み、どのように散ったのか。芸に生き、芸人仲間に愛された男が、一発逆転を賭けた戦いを振り返ります。

※本稿は『お前、誰だよ! TAIGA晩成 史上初!売れてない芸人自伝』から一部抜粋・再構成したものです。

R-1ぐらんぷり2014決勝への道

2011年のR-1ぐらんぷりで準決勝まで進むも、翌年からはまた2回戦落ちが続いた。金がなくなると地元の先輩に電話して、日雇いのバイトを紹介してもらって、なんとか食いつないでいた。

37歳のときだったと思う。地元の同じ小中学校の同窓会があると連絡があった。久しぶりに同級生たちと会いたかったが、会費の7500円が払えなかった。みんなには「仕事があって行けない」と嘘をついて、二次会の安い居酒屋から合流した。かつての同級生たちはみんな、立派な社会人になって再会を喜んでいたが、心の底からは楽しめていない俺がいた。37歳にもなって7500円が払えない自分がみじめだったからだ。

学生時代に仲が良かった友人の結婚式を、「仕事だ」と嘘をついて断ったこともあった。ご祝儀を包みたい気持ちは山々だったが、どうしても金がなかった。

そんな日はショーパブに行くのも憂鬱だった。出演時間より早く行って、近くにある川の土手で夕日に染まる川をじっと眺めた。

金に困ると人は弱気になるというが、それに追い打ちをかけるような事態が起こる。

当時所属していた事務所が、ある芸人コンビに突然、力を入れ始めたのだ。悔しいから名前は書かないが、M-1グランプリは毎年一回戦敗退。ネタ番組にもほとんど受からず、周りの芸人から評価されていなかった。だが、会社側が「あいつらを売るぞ!」と一致団結したらしい。

事務所に目をかけられるようになったそのコンビは、お偉いさんたちが他の芸人に目移りして仕事が流れないように、さらに媚びへつらった。「ステージで評価されてなんぼ」という、芸人としてのプライドのかけらも感じられないその振る舞いを目の当たりにし、俺をはじめとする所属芸人はみんな荒れた。

一方、そのコンビは、あっという間にイベントの司会や深夜番組のMCに抜擢されていった。俺は愕然とした。

「事務所の中で一番結果を出してる俺が適任だろ!」

その怒りも次第に虚しく思えてきた。事務所を挙げて猛プッシュされる彼らとは対照的に、俺たちの扱いはそれ以降も変わることはなかった。

人生を変えるネタづくり

とはいえ、そこで腐ってばかりいても始まらない。俺は2013年の4月から、毎月新ネタ3本作るライブを主催することにした。面白いネタが思い浮かばない月もあった。自分の実力のキャパをオーバーしてるんじゃないかと落ち込んだ。だが、毎月のライブが終わると、心が晴れやかだった。終わったあとはゲストやぺこぱと一緒に朝まで痛飲した。

何ヶ月か経った頃、ベタなショートコントを、ツイストを踊りながらやったら面白いんじゃないかと思いついた。すぐに近所に住んでいた松井(現在はぺこぱ・松陰寺)を呼び出す。

「お前ギターできるだろ?この音出せるか?」

そうして、松井と一緒に音楽アプリを使って曲を打ち込んだ。

「オチは全て『お前、誰だよ!』。それをこのロックンロールに乗せてやるんだ!」

「いいっすねー!」

ふたりで大爆笑をしながらネタを練り上げた。これは売れるネタができた、と初めて思った。長く暗いトンネルの出口が見えたかもしれない。

渾身のネタで、3度目の挑戦

それから1年。練りに練った「お前、誰だよ!ロックンロール」は、元旦の『新春レッドカーペット』で満点大笑いを取る。そしてR-1ぐらんぷり2014の予選が始まった。

「お前、誰だよ!ロックンロール」は、本当に自信作だった。R-1には、もちろんこのネタで挑むつもりだったし、このネタと心中するつもりだった。だが、予選のウケはそこまでよくない。「これは当落線上ギリギリかな……」という反応で、そのたびに冷や汗をかいた。

審査員をやっていた作家さんからは「他にもいいネタあるんだからネタ変えたら?」と言われる始末だ。3回戦の会場は、新宿のルミネtheよしもと。後半ブロックのトップバッターだったが「ほら見たことか!」と言いたくなるほど爆発的にウケた。袖で見ていた松井も「絶対受かってますよ!」と興奮気味だった。

迎えた準決勝。出番表を見て俺は小さくガッツポーズをする。出番はCブロックのトリだった。ブロックのトリでウケれば、経験上、決勝に行けることを知っていたからだ。ようやく訪れた勝負のとき。

「落とせるもんなら落としてみろ」

そうつぶやいて、俺はステージに向かった。

結果発表は翌日だったが、受かった人にだけR-1の密着カメラが来るらしい。当時よく飲みに連れていってくれたマネージャーと飲みに行くことになった。22時を過ぎた。残り2時間で今日が終わる。さらにグラスを重ねると酔いも回り、気がつけば時刻は23時になろうとしていた。

あれだけ頑張ったけど決勝には行けなかったのか。これだけやってダメだったのだから、もう辞めどきなのかもしれない。マネージャーが「結果はしょうがないよ。また頑張ろう」と励ましてくれたと同時に、誰かが俺の左肩をポンポンと叩く。カメラを回しているスタッフの姿が目に飛び込む。

「決勝進出が決まりましたよ、おめでとうございます!」

これまでのことが走馬灯のように蘇り、俺は人目をはばからず号泣してしまった。すぐ若林に電話して決勝進出を伝える。その日のことは、それからあまり覚えてない。だが、これで人生が変わる、そんな気がした素晴らしい夜だった。

結局、何ひとつ変わらなかった

決勝当日までの1週間はまるで夢のようだった。ライブに行くと芸人仲間からは「決勝おめでとう!」とヒーロー扱いされる。準決勝までは「これでダメなら本望!」という気持ちで強気に攻めていた俺だったが、いざ決勝直前になると、弱気になっていたのも事実だ。「トップの出番だったら嫌だなぁ。あの人と同じブロックは嫌だなぁ」

決勝当日のリハは早い時間からだったので、本番の19時までかなり時間が空いた。俺が入ったAブロックは、レイザーラモンRGさん、ヒューマン中村、スギちゃん、そして俺というメンバーだ。

リハが終わるとRGさんが「本番まで時間あるから、お台場の大江戸温泉に行かないか」と誘ってくれた。スギちゃんは別の仕事があったから、俺とヒューマンと3人で大江戸温泉に向かった。温泉に入りながら俺は、「今日で人生が変わる」としみじみ感じていた。

人生を変えるはずの決勝戦は重苦しい立ち上がりだった。雨上がり決死隊のおふたりの司会で幕を開けるが、芸人はもとよりお客さんも緊張していて厳しい雰囲気だった。俺はセット裏で「俺以外の芸人はウケないでくれ」と願っていた。

いざ本番を迎えてみると…

俺の祈り(呪い)が通じたのか、トップのRGさんが爆発的にウケてる感じはしなかった。次のヒューマン中村も、さほどウケなかった。俺の祈り(呪い)はなかなか効くらしい。

だが、迎えた三番手の俺が出ていっても、準決勝ほどの爆発的なウケはなかった。俺はステージからはけると呆然としていた。自分まで呪ってどうする。最後に出たスギちゃんは、すでにお茶の間の人気者だったので、お客さんの緊張もほぐれたのがわかった。

審査員の桂文枝師匠が俺に2票入れてくれたが、喜べたのは一瞬だった。その他の審査員からは1票も入らず、Aブロック敗退が決まった。やっとたどり着いた夢の舞台で早々に敗退。そのあとの記憶はほとんどない。

R-1ぐらんぷり決勝戦のあとのことを話そうと思う。ブロック敗退でも、仕事は増えると思っていた。お笑い後発事務所ではあるが、初のファイナリストとして、いよいよ俺を売ろうと力を入れてくれるに違いない。そんな期待に胸を膨らませていた。

決勝後に事務所に顔を出したときは、英雄が凱旋するくらいの気分だった。だが、事務所の面々の反応は、俺の思っていたものとはまったく違った。のっけから「あれじゃあダメだな〜」とダメ出しされたのだ。俺は目の前が文字通り真っ暗になった気分だった。

実際、俺の仕事はまったく増えず、事務所が推していたコンビは深夜番組のレギュラーが決まった。相撲芸人あかつのように、事務所を辞めてしまう芸人もちらほら現れた。もしかすると、神様はこれ以上の結果を出せということか。俺は決勝に行けたことに満足して、実は3度目のチャンスも逃してしまったのではないか。

決勝まで行ったことを誰かに認めてほしかった

そんな悶々とした思いで過ごしていた矢先、家が近所ということもあり、昔からお世話になっていた先輩、飛石連休の藤井さんから結婚式の招待を受けた。結婚相手は、これまた昔から仲の良かった、モノマネ芸人SHINOBUちゃんだった。


芸人がたくさん集まった結婚式は楽しかった。二次会には、昔からお世話になり目をかけてくれていたブッチャーブラザーズさんもいるのが見えた。

「ご無沙汰しています」と挨拶すると、ぶっちゃあさんは俺の手をしっかりと握って、こう声をかけてくれた。

「決勝おめでとう!俺らがやってた『ビタミン寄席』に出ていたメンバーが活躍してるのはうれしかったわ。仕事が増えるといいな!」

俺は不意に目頭が熱くなった。そして気がついた、ああ、俺は誰かに褒められたかったんだ。決勝で結果を残せなかったことではなく、決勝まで行ったことを誰かに認めてほしかった。そしてそれを糧に、もっともっと頑張りたかったんだ。

(TAIGA : 芸人)