かつて首狩り族だった先住民の奇祭インバヤー。木製のスクーターで坂道を一気に駆け抜ける競技も。もちろんノーブレーキだ(写真:筆者提供)

白砂ビーチやダイビングスポットに恵まれた南洋の島国フィリピンには、1995年にユネスコ世界遺産に登録されたライステラス(棚田)のある山岳地帯も存在する。

首狩り族だった「イフガオ族」

その山の中に、かつて首狩り族として恐れられた「イフガオ族」という山岳先住民がいる。もちろん21世紀の現在では首狩りは行われていないが、彼らは今なお独自の文化を紡ぎ続けている。

そんな彼らの風習が色濃く出るのが「インバヤー」と呼ばれる奇祭。今から9年前、筆者が衝撃を受けた祭りが、今もなお続いているというのだ。

摩訶不思議な風習が次から次へと披露される様子は、まさに衝撃のひと言だ。世界100カ国以上の現地在住日本人ライターの集まり「海外書き人クラブ」の会員が紹介する。

「インバヤー」が行われるのはフィリピン最大の島、ルソン島の北部にあるイフガオ州バナウェ町。棚田のあるような山間部なので当然空港はなく、首都マニラからは夜行バスで約10時間かかる。祭りは9日間ぶっ続けて行われるが、観光客に公開されているのは5日間のみだ。

では、さっそく奇祭インバヤーで数あるメインイベントの1つ、「パレード」について紹介しよう。

インバヤーは収穫祭である。周辺の村人たちは赤や黒を基調とした伝統衣装に身を包み、村ごとに隊列を組んで順番にバナウェ町のメインストリートを練り歩く。古老たちは家に伝わる米の神様の像「ブロル」を持ち出してパレードに参加する。このあたりは村ごとや集落ごとに山車や神輿を中心にして隊列を組む日本の祭りと似ている。


パレードの様子。先頭の2人の男性は頭にそれぞれ猿とワニの頭蓋骨をかぶっている(写真:筆者提供写真)

男たちは木製の槍やゴング(銅鑼)を持ち、頭には大きな羽根やくちばしで作った髪飾りをかぶる。なかには猿や猪、そしてこんな山奥のどこで手に入れたのか不思議だが、ワニの頭蓋骨を冠のようにかぶっている猛者もいる。そのあたりの荒々しさは「元」とはいえ、さすが「首狩り族」だ。

一方、女性たちの伝統衣装はというと、刺繍の入った白い上着に赤い伝統織物の腰布からなる。頭には野菜や籾米などの収穫物を入れたザルを載せている人が多い。

青年の多くは、豚の木彫りの置物に本物の豚のシッポだけを巻いたものを肩に担いでいる。この地域では、儀礼の際によく子豚を生贄とし、村の人にふるまわれる。木彫りの置物もまた豊穣を感謝するためのものだ。

ブレーキなしの坂道下りレース

この祭りのもう1つのハイライトは、木製スクーターによる「坂道下りレース」だ。イフガオの人々は、木彫り技術の高さでよく知られている。祈祷で使う道具や米の神様の像、一族の権威の象徴とされる巨大な木製テーブルやイス、そして木製スクーターなどを、切り出した1本の材木からうまく作り上げている。

木製スクーターは坂道で薪などを早く運べるように使っているもので、動力も、ブレーキも、ペダルもない。また、日本でもよく子どもがバランス感覚を身につけるため、親から自転車に乗る練習を手伝ってもらうが、ここの子どもたちも坂道で木製スクーターに乗る練習をしているのをよくみかける。子どもの成長に欠かせないおもちゃでもあるのだ。

インバヤーで行われる木製スクーターによるレースはかなりスリリング。入賞者には賞金も出るとあって、参加する民族衣装を着けた男たちは開始前から競争相手をにらみつけるなど、やる気満々だ。

スタートすると減速やブレーキも使えないスクーターで、曲がりくねった山道を急スピードであっという間に降りていく。どこかで転倒し、ケガ人が出ているのではないかと、見ている者をハラハラ、ドキドキさせるレースだ。


山の上の展望スペースからバナウェ町の中心部まで木製スクーターで一気に駆け下りる(写真:筆者提供)

祭りのもう1つのメインイベントは、町の中心部の体育館で行われるイフガオ各地の伝統競技や儀礼の踊りだ。伝統競技の出し物では、子どもたちによる竹馬や吹き矢、こまを回してぶつけ合う遊びなど、日本人にもなつかしいゲームが次々と紹介される。

腕相撲や足相撲などに参加する子どもや大人は必死の形相で、地元の人たちも応援に力が入る。

日本の相撲とそっくりの四つ相撲競技も披露されたほか 、「カッカイット」と呼ばれる、片足を両手でつかんで引き上げたまま、もう一方の足で立ってお互い相手にぶつかり、土俵から押し出すというイフガオ独特の片足相撲も紹介された。

これは土地や水源を巡って村で争いが起きたときに、村の長老が当事者の家長らを呼んで、お互いの主張にけりをつけさせるために行った儀礼の1つだったという。相撲で負けた家長は素直に要求を引き下げたという。

呪いをかける「戦争の舞」

儀礼の踊りを紹介するプログラムでは、まず各村の老若男女たちがゴングの奏でる賑やかなリズムに合わせ、両手を広げて輪になって踊る、お祝いのダンスが披露される と、観光客や住民から大きな喝采が起きた。女性の踊り子だけで頭上に野菜などを入れたザルを載せて踊る舞踊も、茶目っ気があり歓声が飛ぶ。


「戦争の舞」を踊る男たち。体育館の中が静まり返った(筆者提供写真)

奇祭の最後を締めくくるのは、不思議な儀礼の舞だ。木片を不規則に打ち鳴らし、静かな音が響くなか、これまでのパレードや祝祭のダンスでは着用されていなかった大きな黒っぽい羽根でできた冠をかぶった男たち が、槍と盾を持ち、ゆっくりと、しかし、厳かに舞いながら、1人ずつ入場してきた。

お互いに顔を向けたり、背を向けたりして、細切れのスローモーション映像のように舞う。同胞が殺された時に踊る「戦争の舞」だ。

観客席の子どもたちも真剣な表情に変わる。イフガオの人々は昔、仲間が殺されたときに、犯人が別の戦争で討たれたり、自ら命を絶ったりするように、呪いをかける儀礼を行ったという。 その儀礼の踊りは、復讐を誓う戦士の怒りが、見る者にも伝わってきた。

宿泊は断崖絶壁に建つ民宿で

バナウェ町にはバナウェ・ホテルと呼ばれる政府観光省が経営するコンクリート製の立派なホテルが建っている。だが、老朽化が進み、値段も高いため、バックパッカーたちの多くは断崖絶壁の急斜面に建てられた宿舎に向かう。

宿舎の入り口にはたいてい食堂が設けられており、宿泊者は食堂の脇にあるレセプションを経て、地下(というか崖下)に増設された、極めて質素な部屋を借りることになる。共同トイレ・シャワーしかない宿舎も多い。


崖にぶら下がるような民宿が集まる地区。大きな地震が来たら宿舎ごと渓谷の川に崩れ落ちそうでちょっと緊張する(写真:筆者提供)

町の中心部から乗客用3輪オートバイのトライシクルで20分ほど舗装された山道を登ると、展望台に着く。木彫りや伝統織物などの土産物屋が立ち並ぶ一角を通り過ぎて、展望台の1つに到着すると、眼前に整備されたライステラスの群れが目に飛び込んでくる。

8月や12月ごろの収穫期(場所によって違う)に行くと、ライステラスが黄金色で染まる。3月や9月ごろの田植え前後の時期には泥色の棚田がそれぞれ太陽に反射し、6〜7月ごろには緑色の成長した稲が風に一斉になびく。これらの眺めも見事で、どの季節に訪問しても絶景が楽しめる。

世界遺産に登録されていない棚田でさえも見事なのだが、バナウェ町のさらに山奥にあるバタッド村と、隣のフンドゥアン町ハパオ村、そしてマヤオヤオ町などには世界遺産に登録された独特の棚田群が広がっている。
特にバタッド村のライステラスは高い山の斜面がほぼ頂上から麓にいたるまで一面に棚田で埋め尽くされており、そのスケールの大きさには息をのむばかりだ。

不思議な奇祭と世界遺産のライステラス。セブ島などのビーチリゾートとは一味異なるフィリピンをぜひ味わっていただきたい。

(澤田 公伸 : フィリピン在住ライター 海外書き人クラブ会員)