ビッグモーターは、当初、内部通報のもみ消しを図った(撮影:今井康一)

社会を揺るがしているビッグモーターでは、辞任した兼重宏行前社長と息子で前副社長の宏一氏の異常な経営の実態が次々と明るみに出ています。

同社は、売上高約5800億円(2022年9月期/帝国データバンクの調査による推定値)という大企業でありながら、非上場です。一連の事件は、非上場企業のオーナー社長のコーポレートガバナンス(以下、ガバナンス)という問題を提起しています。

オーナー経営者のガバナンスという課題

今後のガバナンスのあり方を考える前に、これまでのガバナンス論の経緯を簡単に確認しておきます。ガバナンス論の起源は、バーリ=ミーンズの『近代株式会社と私有財産』という1932年の論文です(「ガバナンス」という用語が使われるようになったのは1960年代から)。

アメリカでは1920年代、企業が巨大化し、資本金額が大きくなり、創業者・創業家の出資比率が低下しました。多くの企業でオーナー経営者が退場し、代わって経営管理の知識を持つ専門経営者、つまりサラリーマン経営者が経営を担うようになりました。「所有と経営の分離」と言います。

「所有と経営の分離」の状況で、サラリーマン経営者が株主の利益に反するひどい経営をしても、株式所有が分散しているので、株主は経営者を簡単にはクビにできません。そのため、ほとんど株を持たないサラリーマン経営者が実質的に会社を支配し、好き放題に振る舞うようになります。「経営者支配」と言います。

「経営者支配」の状況で、株主にとっては、サラリーマン経営者が株主の利益のために経営するよう、どう規律づけるかが課題になります。これが、ガバナンスです。このように、伝統的なガバナンス論では、上場企業において株主がサラリーマン経営者をどうコントロールするかが課題で、非上場企業のオーナー経営者は議論の対象外でした。

しかし、サラリーマン経営者であれ、オーナー経営者であれ、経営者がひどい経営をしたら従業員・顧客・取引先・地域社会などさまざまな利害関係者に悪影響が及びます。近年、株主だけでなく、広く利害関係者を意識したガバナンスが求められるようになっています。

日本では、上場企業は3901社(8月10日現在、日本取引所グループ公表)で、全国の企業368万社(「令和3年経済センサス‐活動調査」)の0.1%にすぎません。99.9%を占める非上場企業(オーナー経営者が大半)のガバナンスが、日本では重要かつ未対応の課題と言えます。

社外取締役は解決策にならない

では、非上場企業では、どういうガバナンスが適切でしょうか。現在、上場企業では、社外取締役の設置が義務づけられています。株主の代理人である社外取締役が経営者を監視するという仕組みです。

今回の事件を受けてビッグモーターは、社外取締役を導入することにしました。マスメディアやネットでも、「一定以上の売上高の企業は、非上場であっても社外取締役を義務付けるべきだ」(評論家・杉村太蔵氏)といった意見が出ています。

しかし、社外取締役を非上場企業のガバナンスの主役に据えることに、筆者は懐疑的です。非上場企業の会社数が多く、社外取締役のなり手がまったく不足するという問題もありますが、社外取締役には実効性のあるガバナンスを期待できないからです。

まず、社外取締役は、詳しい内部事情を把握しておらず、会社側から与えられた情報と本人の知識・常識に基づいて取締役会で発言するだけです。一般的に経営者は、自分に不都合な情報を隠そうとします。社外取締役が経営者にとって不都合な情報を入手し、経営者を正すというのは、極めて困難です。

しかも、非上場企業では、社外取締役はオーナー経営者の一存で選任されます。選ばれるのは、たいてい経営者のお友達です。仮に社外取締役が経営者にとって不都合な内部情報を入手したとしても、お友達である経営者を厳しく諫める、場合によっては辞任を迫るというのは、まったく現実的ではありません。

最近は、上場企業でも「社外取締役はお飾りにすぎないのでは?」という疑念が強まっています(社外取締役が自ら語る「報酬と実効性」のバランス参照)。ましてや非上場企業で社外取締役にガバナンスの中心的な役割を期待するのは、的外れとしか言いようがありません。

内部通報制度の改善を

ガバナンスの「伝家の宝刀」とされる社外取締役が役に立たないとすれば、もはや処置なしでしょうか。そうとは限りません。従業員の内部通報が、ガバナンスに大きく貢献すると期待されます。

ビッグモーターの保険金不正請求では、2021年秋に従業員から損害保険の業界団体に内部通報がありました。近年問題になっている他の不祥事も、多くが内部通報によって発覚しています。

当然ながら、経営者の問題を正すには、社内の情報が必要です。社内の情報を持たない社外取締役よりも、社内事情を精通した従業員のほうが、はるかにガバナンスに有効な役割を果たせるはずです。

ただし、内部通報にも課題があります。大半の非上場企業では、内部通報の社内体制が整備されていませんし、経営者が不都合な内部通報をもみ消そうとします。“裏切り”をした告発者を探し出し、閑職に追いやるといった報復行為が横行しています。

ビッグモーターでは、2021年秋の内部通報を受けて、2022年夏に損保会社から自主調査の依頼がありました。調査の結果、経営陣は「連携不足やミスが原因で、組織的な不祥事ではない」と処置しました。その後、兼重前社長にも不正の告発がありましたが、会社側はもみ消しました。ようやく2023年1月、マスコミ報道を受けて第三者による特別調査委員会を設置しました。

こうした経緯を受けて消費者庁は8月3日、ビッグモーターに対し公益通報者保護法に基づく報告を求めました。2022年6月に改正された同法では、従業員300人以上の企業は内部の公益通報体制を構築することなどが義務付けられていますが、ビッグモーターでは未整備でした。

国は「公益通報者保護制度相談ダイヤル」を設置するなど、この問題への対応を強化しています。ただ、通報の対象となる法令違反の範囲が狭い、取引先や1年以上前に退職した従業員は保護の対象外になっているなど、まだまだ通報者の保護よりも企業側への配慮のほうが濃厚です。

アメリカでは罰金の一部を通報者に還元

アメリカでは、不祥事などで企業に課せられた罰金の10〜30%を通報者(ホイッスルブロワー)に報奨金として支払う制度があるなど、内部通報を奨励しています。わが国でそこまでやるべきかは議論が分かれるところですが、企業の告発者探しへの厳罰化などを含めて一層の改革が必要であることは間違いないでしょう。

今回の一連の事件は、ビッグモーターというブラック企業で起こった特殊な出来事でしょうか。そうではなく、非上場企業ならどこでも起こりうることです。筆者が知る範囲でも、「小さなビッグモーター」「少しマイルドなビッグモーター」がたくさんあります。

ガバナンスというと「堅苦しい」、内部通報というと「密告の横行で組織風土が荒む」といった経営者の反発があります。しかし、適正なガバナンスによって経営者が襟を正して良い経営をすれば、企業が発展し、最終的に経営者にとってプラスになるはずです。

今回のビッグモーターの事件をきっかけに、非上場企業のガバナンスという問題に政府も経済界もしっかり取り組み、日本企業が健全に発展することを期待しましょう。

(日沖 健 : 経営コンサルタント)